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■■■ 「古事記」解釈 [2022.2.4] ■■■
[399]膳夫の扱いを見ておこう
<膳夫>は"かしわで/槲葉手"と訓じるらしい。酒食を盛る葉器を提供するとの意味だろうが、運び屋ということではなく、宴会ディレクターだったようだから、拍手をすることで膳を出させる役割を担っていたと解釈することになっているようだ。
律令体制下で、大膳職・内膳司に属しており、膳部という職業部は相当古くから存在していたのは確実。
ちなみに、「古事記」では、膳臣の祖は大毘古命の子比古伊那許士別命と記載されている。

「古事記」初出は"国譲り"完了の宴。・・・
水戸神の孫 櫛八玉神<膳夫>が天御饗を獻上@天之御舎[於:出雲國 多藝志之小濱]する。
引き続いて、"神武東征"に登場するのいが<八十膳夫>による不意打ち。[生尾土蜘蛛]八十建への饗宴@忍坂大室でのこと。

これだけで紹介は十分かと思いきや、12代天皇段の最後の方で、脈絡もなく記述がなされる。
  凡此倭建命平國廻行之時
  久米直之祖 名"七拳脛"恒爲<膳夫> 以從仕奉也

ここで、<膳夫>の果たす役割がなんとなくわかってくる。征伐軍糧食のロジスティクを行っていたことになろう。武力的威嚇による現地調達をいかに質量ともに高水準にできるかという点で、見知らぬ人々と接し続けた経験に基づく鋭い勘と機敏な戦闘能力でピカ一人材が起用されるのだろう。

それが、久米と呼ばれる人々なのだろう。・・・
📖久米部歌謡こそ和歌原型 📖中巻初代天皇段所収歌13首検討
騙し討ち成功を廻る久米歌
  [11]敵を騙し討ちにする合図
  [12]戦いに当たって気勢を上げる
  [13]我慢
  [14]神風をめぐって気勢を上げる
  [15]兵士空腹
初代天皇が伊須氣余理比賣と結ばれる仲介役に関係する歌
  [16]【大久米命】地場婚姻推奨
  [17]【天皇】(皇后)選び
  [18]【伊須氣余理比賣】大久米命の目の入墨の珍奇性
  [19]【大久米命】回答
  [20]【天皇】伊須氣余理比賣との夜を懐かしむ
ただ、全国平定に漕ぎ着け、人々の交流が進み、文書管理の仕組みができてしまうと不要の人材になってしまう。
膳部は、朝廷服属の証として、御食を提供する職業部になり、食材(贄)納入監督と料理次第管理の仕事に特化せざるをえまい。

「古事記」成立時、すでにそのような状況に入りかけていておかしくなかろう。

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