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■■■ 「古事記」解釈 [2022.2.8] ■■■
[403]皇統譜非記載皇女が何を意味しているのか
Delete皇統譜に、明らかに恣意的な不明瞭感を醸し出す効果を狙っている非記載部分があるので、改めて触れておこう。

「古事記」中・下巻は、天皇代の33段構成になっており、段頭には名前と、通常は名前として使われていた宮地が示され、次に婚姻と御子の一覧が示される体裁になっている。皇統譜であるから、書き間違いが許される筈もなく、そのように見えるとしたら当時の人々にとってはそれが何を意味しているかは常識の範疇に入っていると考えるべきだろう。

そのような例として、いかにもあからさまに記載されているのが、24代と28代の皇后。それぞれ、21代と24代の天皇の御子と書かれているのに、当該天皇の皇女とされている訳ではないのである。そして、この両者は血族的につながっており、母系を示している。しかも、この母系は実力者の手白髪郎女を含んでいる。
このことは、当該天皇が自らの子として認知することを拒んだか、母親の氏族と倦厭な関係になり絶縁を余儀なくされたことを意味していよう。どちらにしても、母親の氏族を余り信用していないことを意味していることになる。

婚姻関係がありながら、皇統譜に記載しないということは、隠然たる力を持っていることを意味しており、儒教の王朝転換是認主義者である可能性が高いから、渡来系ではなかろうか。記載が憚れるのだから、他書にまともに書かれているとも思えず難題である。
あてずっぽうの推定だがワニ氏系。(皇女 春日山田郎女の場合、母は糠若子郎女だが、丸邇日爪臣の女であるし。)ここでの春日は大和国ではなく、瀬田川(淀川)流域の地名と見て。ワニ優勢だったが、鯉が守り抜いたという、訳のわからぬ譚が「今昔物語集」に収録されているからだが。📖鯉と鰐

㉑大長谷若健命/雄略天皇
└┬△若日下部王(大日下王の妹)

└┬△韓比売(都夫良意富美の娘)
│├㉒白髪大倭根子命/清寧天皇
││└┬
││
│└△若帯比売命
└┬△
│└▲非記載(春日大郎女)
[婚約未履行]△引田部の赤猪子@美和河
└┬△吉野川の浜に居た乙女@吉野宮行幸時

㉔意祁命(袁祁命の兄)/仁賢天皇
└┬▲春日大郎女(大長谷若健天皇の御子)
│├△高木郎女
│├△財郎女
│├△久須毘郎女
│├△手白髪郎女⇒[26] 皇后
│├㉕小長谷若雀命/武烈天皇
│└□真若王…男女無記載
│└▲非記載(橘中比売命)
└┬△糠若子郎女(丸邇日爪臣の女)
└△春日山田郎女
㉘建小広国押楯命/宣化天皇
└┬▲橘之中比賣命(意祁天皇の御子)
│├△石比賣命⇒次代[29]の皇后
│├△小石比賣命⇒次代[29]の皇妃
│└□倉之若江王
└┬△川内之若子比賣
├□火穗王(祖:志比陀君)
└□惠波王(祖:韋那君,多治比君)

見方によっては意祁命の姿勢が倭的であることを強調しているとも読める。父を惨殺された"仇"を果たすのが、宗族主義の儒教では子孫の第一義的な勤めだが、弟の天皇が志向していた墓暴きを上手に止める算段をしているからだ。そして、大長谷若健命が御子として認めなかった皇女を皇后にすることで、皇族関係の対立を和らげることを狙ったと考えることもできそう。
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