「古事記」解釈[422](20220227)

■■■　「古事記」解釈 [2022.2.27]　■■■

[422]「古事記」の神婚は昔話とは違う

意富美和之大神と陶津耳命の娘活玉依毘売の神婚譚は太安万侶編纂の切れの良さを物語る。📖
この話は、意富多多泥古に三輪山で大物主大神の祭祀を行わせるという詔の信用性を示す以上の役割は無いのであり、歴史書として読むなら、どこの輩かわからぬ者を伝統的信仰対象の山神祭祀者に任命するなどもっての他という反対者が多かったことを示すと解釈することになりかねない。
それを嫌うなら、挿入コラムということで、よくある神婚昔話の一種が語られているだけ、とすることになろう。
・・・なにげなく目を通していると、こんな風に通り過ぎてしまう箇所であるが、これでは折角のご指摘を読み飛ばしているようなものでは。

「古事記」譚がよくできているのは、大物主神を蛇体としていない点。そうすると、昔話の異類婚姻譚の類に思われてしまうので、避けたということ。娶ったら、鰐体や蛇体だったとの話は収録しているから同様でもよかったのだが、それだと話の本質が伝わりにくいので避けていると考えた方が太安万侶の考え方を読み取り易くなる。
というのは、「今昔物語集」を読めばすぐわかることだが、異類婚姻譚には基本モチーフがあり、＜助けられ⇒自ら嫁入り⇒素性探索せずの約束⇒恩返し⇒約束反故⇒破綻＞というもの。類似に見えないが、これと同次元なのが、性が違う＜婿にする約束で騙して利用した上で捨て去る＞という残忍性が目立つ話。
この系統を整理しても、おそらくたいした意味はないと思う。基本思想は明確で、異類の胤を人の生活圏に留めるべきでない、というに過ぎないからだ。要するに説話であり、聴衆に合わせたバリエーションはいくらでも生まれる。
ところが、この感覚とは全く無縁な異類婚姻譚が存在する。海という交流障壁のある島国で自然発生的に生まれたと思われるモチーフで、異なる血統を取り入れることで超能力獲得というもの。これが、所謂、神婚始祖神話であり、トーテム樹立の原点だと思う。
しかし、ジャータカで示されるように、トーテム併存は難しい。孔雀はコブラを喰らうし、猛禽と家禽的鶏が仲良くとはいかないからで、せいぜいのところ寄せ集めの龍のようなコンセプトで統合するくらいしか手がないからだ。
そんなことを考えると、トーテム的対立を止揚できても、婚姻に関して、抜き差しならぬ対立軸が残っていることに気付かされる。

三輪譚はいみじくもそのような状況に於ける習俗を顕著に示している。針と糸で夫の衣に呪印を縫い付ける行為が行われた訳で、通い婚を正式な婚姻と認知した証そのもの。これにより、御子は夫の血筋を受け継いでいることになる。
皇位継承儀式の原点的なものと見て間違いなかろう。(初代天皇は大物主命の娘を通して国魂を受け継いだことになる。)

もともと、婚姻習俗は権力と財産の所有権問題が絡むので極めて複雑にならざるを得ない。しかし、ルールが動揺していると社会も不安定化し生活しにくいから、枠組みが決められることになる。儒教的合理主義では、宗族第一主義とし、男系長子の独裁を絶対的規範として、その問題を克服したが、倭国はそれに乗る訳にはいかなかった。その結果が、現代人にはよくわからない、「神婚」、つまり男神と巫女的女性の通婚で始祖誕生との観念の確立と云えよう。トーテム脱皮の異類婚姻譚の成立である。

そんなことを考えさせる仕掛けが、"初国知らしし"天皇段に組み込まれている訳だ。この天皇代に脱トーテムの宗教改革が行われたことを語っているようなものでは。

要するに、地祇の神婚由来の神主系の公認を行ったのである。当然ながら、天孫系の祭祀も制度的に整えられたはずである。その根底にはおそらく、神婚がある。

そうだとすれば、この天皇によって前方後円墳化が推進されたと云うことになろう。
おそらく、複雑な意味などなく、祖霊の扱い方と、祭祀上の結界設定方法が整えられただけ。

例えば、結界は柱/垣から、異界を明確化するため周濠造成が必要とされるようになる。墳形は丘から人工的な方墳に代わっていった頃だと思うが、これを方墳+円墳の形状にしたのでは。その意味は始祖霊場と王陵の合体化。もちろんのことだが、祭祀行儀とは始祖の神婚再現であり、とりしきるのは天皇かその代理者となる。各氏族の祖は皇統譜につながっている以上、それは当然のこととされたであろう。