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■■■ 「古事記」解釈 [2022.3.22] ■■■
[445][安万侶サロン]愛の概念
膝枕が愛情表現であるのは倭の坐文化に由来するとの話をしたので、もう少し"愛"について検討しておこう。
それに意味があるのは、太安万侶が注意深く"愛"文字を使っているからだ。

例えば、膝が格別な感情=情緒的表現としても散られることは、皇嗣2王子発見シーンでも描かれているが、そこには"愛"の文字は無い。
  爾 卽 小楯連聞驚 而
  自床墮轉而
  追出其室人等
  其二柱王子 坐 左右
膝上
(くどいが、座して、子供を乗せる場所は太腿である。そこは立てば膝の上部になる。)

いかにこの文字に関心があるかは、冒頭の男女対偶神登場シーンの記載で一目瞭然。・・・
---伊邪那岐命&伊邪那美命---
◆八尋殿◆
伊邪那美命 先言:「"阿那邇夜志 上声袁登古袁" 」
後 伊邪那岐命 言:「"阿那邇夜志
上声袁登賣袁"」
 :
於是
伊邪那岐命 先言:「"阿那邇夜志
袁登賣袁" 」
後 妹 伊邪那美命 言:「"阿那邇夜志
袁登古袁"」
≪あやによし[]をとめを≫+≪〃[]をとこを≫という話言葉の掛け合いのみで、素晴らしさの感嘆表現だけの構成。漢語の音韻である四声用語が振ってあり、歌舞のシーンを彷彿させるように筆記したのだろう。
すでに触れたが、"愛"の音と訓の基本は<アイ>と<いと-し かな-し おし-む めで-る>であり、"え"は呉音での例外的発音だが、訓化しているようにも見える発音である。従って、単なる音素表記だから、わざわざ"愛"を用いる必要は無いと云えよう。にもかかわらず使用したのは、この部分は極めて古い"え"音なので、それがわかるようにしたかったのかも。
◆国生み◆
伊豫國謂"上声比賣"
この後、やむなく別離となるシーンでは、音素読み指定が解除されるので、訓読みせざるを得なくなる。しかし、読み方は幾通りもあり得るので確定は難しそう。<め-でる いつく-しむ お-しむ いと-しい かな-しい う-い etc.>
「万葉集」から来たのだろうか、"[うつく]し"が多いようであるが、その選定の理屈は調べていない。
現代人としては、"[いと][]が"がしっくりくるが、条件で読み方が変わるのか、現代感覚で妥当そうな読みを選ぶことでも良いのか、考え方は色々ありそう。尤も、儒教型帝国化を走っていた時代はそう昔のことでもないから、"[いと]しい人"と言うことが非倫理的に映る人も大勢いそうだからなんとも言い難しである。
◆神生み◆
故 爾 伊邪那岐命 詔之:「我"那邇"妹命乎」
◆黃泉國◆
伊邪那岐命 語詔之:「我"那邇"妹命・・・」
 :
爾 伊邪那美命 答白:「悔哉 不速來 吾者為黃泉戶喫 然
我"那勢"命」
 :
度事戶之時 伊邪那美命言:「
我那勢命 爲如此者 汝國之人草 一日絞殺千頭」
伊邪那岐命 詔:「
我那邇妹命 汝爲然者 吾一日立千五百產屋 是以一日必千人死」
ここからは、フツーの男女間の"愛"から離れ、義理の息子との愛の表現に入る。可愛い輩との表現だが、試練を与えて亡き者にしようとの意向があるのだから、えらく複雑な感情が示されていることになる。
---須佐能男命&大穴牟遲神---
◆根堅州國◆
其大神 以爲咋破呉公 唾出 而 於心思 而 寢
続いては、血縁者感情での、悲しいと愛しいの2つの感情の近さが示されている。さらに、"愛友"という表現がされており、現代語ならさしずめ親愛なる友の弔いに来ただけと言い放ったことになろう。
---阿遲志貴高日子根神&天若日子縁戚---
◆喪屋◆
自天降到 天若日子之父 亦 其妻 皆哭云:
「我子者不死 有祁理」
「我君者不死 坐祁理」 云
取懸手足 而 哭
也 其過所以者
此二柱~之容姿甚能相似 故 是以過
於是 阿遲志貴高日子根神 大怒曰:「我者
友 故 弔來耳」
何といっても圧巻はもつれあった三角関係。
---伊久米伊理毘古伊佐知命&沙本毘古命+妹佐波遲比賣命---
◆三角関係◆
📖沙本毘賣命譚は大衆路線的
さらには、子息への"愛"も取り上げられている。
---品陀和氣命&3皇子---
◆輕嶋之明宮◆
於是 天皇 問大山守命與大雀命詔:
「汝等者 孰
兄子與弟子」
 〈天皇所以發是問者 宇遲能和紀郎子 有令治天下之心也〉
爾 大山守命白:
兄子」
次 大雀命 知天皇所問賜之大御情 而 白:
「兄子者 既成人 是無悒 弟子者 未成人 是

爾 天皇詔:
「"佐邪岐阿藝"之言 如我所思」
即詔別者:
「大山守命 爲山海之政
 大雀命 執食國之政以白賜
 宇遲能和紀郎子 所知天津日繼也」

最後には、容姿其麗な童女への愛の存在が示されている。后妃の血縁関係樹立のために蠢く状況に嫌気がさし、政治的無垢を求める余り少女性癖に走ってしまったと示唆しているようにも思える。しかし、とある事件から、そこに潜んでいた<愛>の本質を見つけ出したのかもしれないという、なかなかに鋭い提起がなされているとも云えそう。
---大長谷若建命&赤猪子---
◆長谷朝倉宮◆
天皇大驚曰:
「吾既忘先事 然汝守志待命 徒過盛年
 是甚

 心裏欲婚 憚其極老 不得成婚 而・・・」


・・・「酉陽雑俎」で言えば、「愛」を章立てして、それぞれの譚を紹介してもよさそうな程、整った編纂がなされている。

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