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■■■ 「古事記」解釈 [2022.5.15] ■■■
[499]拗呉音から見えてくる知恵
「古事記」には、撥音(ん) 促音(〇) 拗音(〇ゃ/ゅ/ょ)が無い。
このことは、倭語には、もともとこの様な発音は無かったが、外来語の読みでこれらの音が不可欠とされるようになって、かなり後世になってから、新たに表記することになったと考えるしかなかろう。

たいていの解説にはこのことが記載されており、これとは異なる見方はなさそう。素人からすれば、まことに残念至極。天邪鬼だからではないので、そこらをとりあげてみたい。・・・
「古事記」成立時、渡来漢籍文章を現地語で読むと、<撥音・促音・拗音>があったのかなかったのか?(普通は、存在していたと考える。)
存在したとすれば、その音を日本列島の知識人は聴いたことがあったのか?(当然ながら、聴いていた筈となろう。)
漢語の音を<撥音・促音・拗音>として認識できたのか?(常識的には、このような概念はなかったが、発音の違いには気付いたと想定する。)
そのような、知らない発音を真似しただろうか?(現代でも、指導と訓練無くしては、rとlを区別して発音できないのだから、<撥音・促音・拗音>は極めて難しかった筈である。しかし、"その気になれば"行なうことになろう。)
漢語読みに、<撥音・促音・拗音>を用いていたのか?(Key question. 用いている訳がなかろうと見るしかなかろうが、呉音は、あくまでも現代表記ではあるものの、<促音・拗音>が記載されていたりする。「音」とは、日本列島で使われる発音という定義ではないのか。呉國の発音などわかる訳もないし、そもそも呉音自体が何を意味するか定義できないのが現実だろう。)

おわかりになれるだろうか。
・・・ただただ<撥音・促音・拗音>は無かったと云うだけでは、どのような主張なのかさっぱりわからないということ。おそらく、恣意的にそのように書くことにしているのであろう。

実は、このようなことが大いに気になるのは、「古事記」での表記方法は、<安万侶五十音図>をベースにしていると考えているから。

現代で言えば、この表記方法とは、"This is a pen."を"デスイズアペン。"と書いているようなもの。倭語の母音は8つで音素は87がすべてという文法を制定し、これで倭語を記載したことになる。

この手法だとすると、呉音とは、呉の時代の漢字の音と考えてはいけない。「古事記」成立時の中華帝国公用語の音でない古い時代の大陸の発音に似せているのは確かだが、あくまでも、87音素に"無理矢理"当て嵌めたというか、倭語化させた音である。現代で言えば"ビニール"と云うようなものである。(発音真似ではないからだが、まるっきりの日本語。)
呉音とは、そのような倭語を意味しているのではなかろうか。入って来た渡来の漢字用語の発音を倭の87音素で読むことにしたということ。

つまり、呉音=漢音の場合は、当該文字の呉音は定められていなかったことになる。
従って、呉音が<撥音・促音・拗音>ということはあり得ず、それは後世の作と見なしてかまわない。

・・・いかにも強引な異端的な言い草だが、そうとでも考えなければ、「古事記」の文字用法はまったく出鱈目としか思えない音素漢字があるから、致し方ない。

と言っても、それは生半可な知識があるだけのことかもしれぬ。
現代中国の若者が直感的にわからない日本語音があるらしいのだが、それが<ザ>だという。理解に苦しむところがあるが、<ジャ>と同じ音に聞こえるらしい。

驚かされるのは、「古事記」の時代にその感覚は倭国にすでに伝わっていたようなのだ。拗音は無かったから、「古事記」に<ジャ>の記載は無いが、濁音の<ザ>はある。その<ザ>の音素文字と目される漢字を見ると、呉音・漢音には濁音は無く、あるのは拗音。呉音は<ジャ>である。

・・・と、云うこと。

小生は、この<ザ>文字を見て、太安万侶の凄さに触れた思いがした。
いまだに、疾病の"かぜ"を風邪フウジャ感冒カンボウと記載するが、太安万侶は割注でかぜの訓読み音素文字をわざわざ"加邪"としているからだ。
すでに述べたが、呉音で<ゼ>とされる文字は"是"であり、"邪"は<ジャ>。しかも、歌では、かぜ=加是である。 📖「古事記」是とは

≪邪[牙+阝/邑]
 【語源】不正当/迷信的奇怪@琅邪郡⇒邪気
  [呉音]ジャ ヤ
  [漢音]シャ ヤ
  [訓]よこし-ま (助辞:か や)
[神名等]伊邪那岐神/命・伊邪那美神/命 无邪志國造 牟邪臣 袁邪本王 伊邪能眞若命 "阿邪美能伊理毘賣"命 "阿邪美都比賣"命 袁邪辨王 大江之伊邪本和氣命
[地名]故其猿田毘古神坐"阿邪訶" 春日之伊邪河宮 伊邪河之坂上
[地文]
<訓風云加邪かぜ
  ⇔「古事記」加是かぜ 「萬葉集」可是かぜ 📖「古事記」是とは
よこしま(な)心>…訓
  速須佐之男命答白:僕者無邪心
  或有邪心者天若日子 於此矢麻賀禮
  我之庶兄建"波邇"安王 起邪心之表耳
  答白:僕者無穢邪心
  還爲有邪心乎

佐邪岐さざき =雀(大雀命)
爾天皇詔:"佐邪岐阿藝"之言
[音素]ざ>
[歌44]伊邪佐佐婆[いざ挿さば]
[歌48]意富佐邪岐 意富佐邪岐[大雀 大雀]
[歌53]久漏邪夜能[黒ざやの]
[歌69]佐邪岐登良佐泥[雀獲らさね]
[歌77]波邇布邪迦[埴生坂]
[歌91]多知邪加由流[立ち栄ゆる]
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[「萬葉集」巻十三#3226]沙邪礼浪[さざれ波]
[「萬葉集」巻十三#3239]嶋之埼邪伎[島の崎々]
[「萬葉集」巻十三#3295]阿邪左結垂[あざさ結ひ垂れ]

さらなる駄目押しも。
訓読みがなされている文字を、呉音・漢音では拗音しかないことを知りながら、濁音の音素文字としてわざわざ用いている。
≪奢[大+者]
 【語源】誇大/浪費
  [呉音・漢音]: シャ
  [訓]おご-る おご-り
[神名等]
天之久比奢母智神・國之久比奢母智クヒザモチ神 伊奢沙和氣大神之命 "伊奢"之眞若命/伊奢能麻和迦王 奧疎~<訓疎云奢加留ざかる
[地文]
於是倭建命 誂云:伊奢いざ合刀
おご-り(て)詈妻
…訓
[歌39]伊奢阿藝いざ吾君
[「萬葉集」]n.a.(用例が無い。)

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