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■■■ 「古事記」解釈 [2022.6.22] ■■■
[537]姓氏の大陸との違いを示せたか
一番大事な酷暑である筈の最初の国史は、すべての系譜を詳細に記録したと考えられる1巻だけが、一カ所たりとも残存していない。抹消の意思決定がなされたが、中華帝国から歴史の偽造とされかねないから、それを記録として残すのを躊躇したとしか思えない。膨大な記録を収録した「唐書」が諸侯から不評を買い、新版編纂を余儀なくされた事績は有名であるが、日本国では、系譜だけを抜本的に改訂するのは無理がありすぎるとの判断がなされたのであろう。
ただ、しかるべき部署で厳重に秘匿されていたと思われる。そうでない限り、その後、氏族の出自一覧を作れるとは思えないから。ただ、この完成を以て、系譜情報の一元化がなされたということで安堵して原本は良きに至ったと考えるのが自然だ。

「古事記」のもともとの目的は、皇統譜及びそれに連なる臣下の血脈を整理し、皇族の上層部に示すことにあった。国家の一大プロジェクトとしてではなく、古い血筋を有する1専門官僚によって作成された書である。従って、朝廷の公的な書として扱うことはできない。
太安万侶はその辺りの設定に関しては巧者。内容はすべて天武天皇のご指示に従ったもので、今上天皇から、倭語をどのように漢字表記すべきかの仕事を命じられただけと公言しているようなもの。このため、改変や抹消を図りたくても、この書には手を出ししにくい。

しかし、系譜を示した書であることは間違いないから、それなりの政治的配慮が必要になるのは当たり前。その場合、現代人が読む際に一番わかりにくいのが、臣下の称号である。どうしても、現代組織構造からピラミッドのどの一を意味するのかという発想が先に立つのだが、解説や注記はそれに答えてくれるものではないため、素人は、そこらをわからないままホッタラカシにして読むしかないことになる。

ただ、「古事記」はそこらを避けることができるように工夫がなされているようだ。
おそらく、天武天皇代に一気に進んだ、かばね制度の大改訂を踏まえているからだろう。

先ず、<姓><氏>記載部分を見ておこう。・・・
  序文
   [⑲天皇] 正姓撰氏 勒于遠飛鳥
   …歴代下賜されてきた【姓】と地域独自の【氏】。
   時有舍人 姓 稗田 名 阿禮
   …舎人の出自を示すのが【氏→姓】。それに個人の【名】。
   亦 於姓<日下>謂"玖沙訶"於
     <帶>字謂”多羅斯” 如此之類隨本不改
   …【姓】地名  【名】慣用
   正五位上 勳五等 太 朝臣 安萬侶
   …【官位】【勳等】【氏】太=多 【姓】【名】
  ⑩天皇段
   有麗美壯夫 不知其姓名
   …御諸山の"意富美和"之大~の話。
     地名の【姓】おほみわ大三輪はこの時点で
     まだ誰にも下賜されていないことになる。
     後世、祭祀役の【姓】として登場するのが
      大神朝臣(大和国神別地祇[大国主神系])。

  ⑯天皇段
   是以百姓之榮 不苦役使 故稱其御世 謂聖帝世也
   …伝統読みがあるそうで、<百姓おほみたから>。
     倭国内で姓を有する人々を指す。(上流層)
     漢語で普通の人々(非奴婢)という意味。

   將爲豐樂之時 氏氏之女等
   …各地の【氏】の妻・娘が宴席に参集したことになる。
   自取大御酒柏 賜諸氏氏之女等
   …〃
  ⑰天皇段
   亦此御世 於若櫻部臣等 賜若櫻部名
   又比賣陀君等 賜姓 謂比賣陀之君也
   …要領を得ない文章である。
     現時点の○○部臣はこの時点で部名を賜ったという意味か。

  ⑲弟 男淺津間若子宿禰命/允恭天皇段
   於是天皇 愁天下 氏氏名名人等之 氏姓忤過 而
   於"味白檮[=甘樫]"之"言八十禍津日前"
    居玖訶[くが][=探湯瓮[くかべ]]
   定賜天下之八十友試$ゥ也

ここらの文章には注意が必要である。

中華帝国では、原則的には、姓は天子から賜って獲得するようなものではないからだ。特別拝受し改姓したり、通称名として新しい呼び方をすることはあるが、<姓>こそが宗族のIDそのもので、心底から貴族している言葉と考えるべきモノ。祖から綿々と血脈を守っていることを示すからで、ここ抜ければ社会から放逐されるのと同義。だからこそ、官僚統治が個人の精神レベルにまで入り込むことができることになる。(漢姓由来…來自地/部族称・先人名/爵位・職業・賜姓 [氏は姓のなかの社会的特定分野の集団。])従って、漢語の百姓とは、奴婢を除いた、宗族に属しているすべての人民を意味する。

一方、倭には、血族としての氏族観念があり、祖を敬うので宗族信仰に似た印象を与えるが、正確には氏族神=土着神信仰。と云うのは、支配下の非血脈層の信仰対象化されることも多く、実態的には、地域祭祀の神だからだ。非血脈排他的な宗族祖尊崇とは根本から概念が異なっているからこそ、こんなことが可能なのである。それに、宗族社会では、そもそも同姓婚が絶対禁忌であり、倭の氏族制度との両立は不可能である。

当然ながら、倭での百姓の意味は根源的に異なっており、天皇がお墨付きを与えた人民という意味にならざるを得ない。換言すれば、天皇が、皇族外の上流階級の身分(クラス)を示す姓を"授与"することでまとまりが生まれる社会ということになる。
(このため、日本国では、原理的には、皇族は姓を持てない。奴婢および出家した仏僧を除けば、天皇の一存で姓を下賜されれば、誰でもが臣下となれる仕組みである。但し、皇族が多くなりすぎた平安期には皇子・皇孫にも朝臣が与えられた。中国仏教の流れで、僧侶は島嶼から姓類似の仏籍呼称が付けられた。)
倭の各氏族は、少数(中華帝国では敗戦部族や支払/税未納者が奴婢化するので極めて多い。)の奴婢と、独自の土着部民(中央部民化の"奉納"はあり得る。)を大勢抱えていたことになる。

ここで、重要なのはインプリケーション。・・・

小生は、日本の皇族は無姓であるから、倭には姓がなかったと見る。華帝国圏との交流上の必要性から生まれたのでは。アジア域で見れば宗族信仰=儒教圏外の、中華帝国・朝鮮半島の隣接地域はおしなべて無姓文化が見られるからでもある。
しかも、倭国は、雑種の集合的風土であり、地勢的にも箱庭の如くに地域特性が多様。血族云々の前に、居住域と地域言葉で部族が定義されて当然であろう。しかも、近親婚は多いし、地域の土着神信仰でまとまっているから、氏族定義が最初に生まれて当たり前。このような地に、宗族概念第一主義は定着しがたいものがあろう。姓ではなく、氏族ありきである。
この風土だと、それこそアフガン的ノンヒエラルキーの全氏族合同会議体制の国になりがちだが、天皇が、各氏族に「姓」というヒエラルキー、つまり身分を与える仕組みを採用したことで、国家統治が機能するようになったとも云えるのでは。ただ、武力制覇による絶対服従が表に出ないだけでなく、中央と地方の2重統治構造という曖昧さが残る仕組みではある。(姓を頂戴すると、各氏族がヒト・モノを朝廷に提供する義務を負うことになる。)
(中華帝国は、武力平定ありきで、逆らう部族は抹消と一部奴婢化が基本姿勢となる。上首尾に行けば独裁者と官僚による統治体制が確立されるが、各宗族はそのシステムを利用しながら自己の合理的判断で動くだけなので、早晩、革命は避けられない。)

おそらく、かばねとは、朝廷内で用いられていた尊称:ヒコ・ネコ・ワケスクネ宿禰を捨て、儒教型国家体制の取り入れを図ったのだろう。(孔子對曰:「君君 臣臣 父父 子子」[「論語」顔淵])

−−−中央エリートクラス−−−
【臣】…皇別
  [意味]貴人前での伏目(竪立眼睛)屈服姿勢(戦争奴僕)。⇒君王の官吏
  [呉音]ジン
  [漢音]シン
  [当て訓]やっこ[家ッ子/家来]
  [訓]まくら たか ととみ
   おみ…大身おおみ
  中央統治機構役位
    (大臣おおおみ)
    (朝臣あそん[あさおみ])…684年制定の八色の姓
     "真人"-朝臣-宿禰-忌寸-"道師"-臣-連-稲置
     📖[私説]"朝臣"称号人気を予期していたか
大和盆地に本拠地がある氏族が選定されたようである。
 平群・葛城 ・蘇我  多(太)

【連[辶+車]…神別
  [意味]人拉車⇒姻戚関係・排他的軍事組織
  [呉音・漢音・唐音:] レン
  [訓]つら-なる/つら-ねる/つ-れる
  [慣用訓]むらじ[邑主]
  地方経営機構役位
    (大連おおむらじ)
天皇親衛部隊の氏族が選定されたようである。
 大伴・物部・忌部・(中臣)

−−−上流クラス−−−
【君】…天皇家縁戚
  [意味]重臣称号⇒王・諸侯称号
  [呉音・漢音]クン
  [訓]きみ

【直】【値】…新規服属氏族
  [呉音]ヂキ/ヂカ
  [漢音]チョク
  [訓]すぐ なほ-す/なほ-る ひた ただちに
   あたひ(あたひ)

【造[辶/辵+告]=艁[舟+告]
  …朝廷から派遣された組織の一員としての管轄者
  [意味]天子造船-就到⇒建立・制定
  [呉音]ソウ ゾウ
  [漢音]ソウ
  [慣用音]ゾウ
  [訓]つく-る/つく-り/づく-り/づくり
    み いた-る な-る
  [慣用訓]みやっこ
  伴造…職業・専門機能集団
  国造…テリトリー統治者
📖天孫を祖とする国造を眺めてみた 📖中巻冒頭で記載される国造の祖 📖大和地区制圧期に登場する国造の祖 📖9代天皇皇子系譜に記載の国造の祖 📖上中巻に記載の国造の祖 📖下巻に記載の国造の祖
 (下位職位)
   県主
   稲置
…稲税管理現地官吏
   蒲生稲寸(近江国蒲生郡の氏族名化)
     [@伊賀・名張・美濃]伊賀須智稲置 那波理稲置 三野之稲置
     [@但馬]葦井稲置 [@尾張]稲木之別


−−−実務レベル−−−
【部[⻏/邑+咅]
  [意味]分別居⇒服務組織単位(部署)
  [呉音]
  [漢音]ホ ホウ
  [慣用音]
  [訓] へ/べ わける
  [慣用訓]つかさ
おびと…特定一地域(&渡来人割譲地)首長
ふひと…文書専門職能氏族
村主すぐり/勝】…渡来優れ者集団(邑)のリーダー

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