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■■■ 「古事記」解釈 [2022.7.9] ■■■
[554]"佐"文字の音訓感覚について
太安万侶が選んだと思われる<さ>の仮名文字は<佐>。歌を眺めてみると、完璧な一元的役割を果たしている音素文字であり、代替文字は無い。
   (散の初画)(左) [萬]
散 柴 草 積と相樂ザガラカ[略音]
但し、[㊣音]として使われている文字は少なくない。
・・・左 佐 沙 紗 作 者 社 射 {身+矢}
この他に、<佐>は、[借訓]佐守布 佐檜乃熊 [約訓]佐青として使われている。・・・<佐>の訓は"(た)すけ"と習うので(<佐>の形聲文字<>は、意味的には助ける["(た)すけ"]という文字。)、その手の記載は無く、違和感を覚える訓の見方だ。
しかし、想像を膨らませれば、どうということもなし。いくら書くのに便利であっても、ヒダリを音素文字にすべきではない、というのが太安万侶のセンスというに過ぎまい。
倭語表記になっているが、もともとは、"さ-s"という音に近かったかも知れず、2文字の"サス"でもかまわなかった可能性もあり、"(さ)す"≒"(た)すけ"との適応と違うか。サスは音だが、スは[略音]あるいは[㊣音]とみなしてもそうおかしいことでもなさそう。

「古事記」では佐は頻繁に使われている印象があるが、これは佐度嶋から始まり、建速須佐之男〜木花之佐久夜毘賣〜海"佐知毘古"・山"佐知毘古"と続いて使われるインパクト大ということでは。
それに、神楽を奏する際の聞きなれない囃子詞"ササ(佐佐)"が歌で登場するので、目に付くこともあろう。現代の民謡での囃子掛け声のサッサという言葉の元のようにも思えるが、よくわからない。
  [歌40]天皇勝利凱旋の酒宴
   ・・・浅ず飲せ ささ
  [歌41]-酒楽之歌-崩御後実質天皇位の皇后を補佐し祭祀進行
   ・・・この御酒のあやに歌愉し ささ
「万葉用字格」では、この言葉が地名の枕詞的に用いられている例を取り上げている。おそらく、「古事記」での志夫美宿禰王<佐佐君之祖也>の地ということだろうが、どのような気分なのか想像がつきにくい。(近江の伊賀との境の佐々ヶ嶽のような地名を記しただけかも。息長帯日売命が、忍熊王と伊佐比宿禰の軍勢を鎮圧した際の地名も沙々那美とされており、湖西域の俗称の可能性もあろう。)
琵琶湖に面する、志賀の唐崎辺り一面に生えている笹(小竹)藪に風が吹いた時に葉が靡いて反射色が変わる美しい情景を愛でたのだろうか。・・・
  手草結天香山之小竹葉<訓小竹云"佐佐">

  [戯書]樂浪サヾナミ/神樂浪/神樂聲浪
  [巻一#29]樂浪乃 大津宮尓[ささなみの・・・]
  [巻一#30]樂浪之 思賀乃辛碕[〃]
  [巻一#32]樂浪乃 故京乎[〃]
  [巻一#33]樂浪乃 國都美神乃[〃]
  [巻二#154]神樂浪乃 大山守者[〃]
  [巻二#206]神樂浪乃 志賀左射礼浪[〃]
  [巻二#218]樂浪之 志賀津子等何[〃]
  [巻三#305]樂浪乃 舊都乎[〃]
  [巻七#1253]神樂浪乃 思我津乃白水郎者[〃]
  [巻七#1398]神樂聲浪乃 四賀津之浦能[〃]
  [巻十二#3046]左佐浪之 波越安蹔仁[〃]
  [巻十三#3240]樂浪乃 志我能韓埼[〃]
  [巻十六#3887]神樂良能 小野尓[ささらの 小野に]
<神樂聲浪乃⇒神樂浪乃⇒樂浪乃>と省略が進んだと見れば、[偽書]との位置付けだから、現代に伝わる神楽歌"篠波"@小前張の囃子詞を一種の枕詞として<樂浪>と表現することにしたと見なしてよさそう。

この佐佐は、囃子詞だが、重ね言葉の風情が濃厚。一種のオノマトペ(擬音語+擬態語)でもあるかのように映る。📖オノマトペは倭の体制故の産物

口大之尾翼鱸
❶"佐和佐和"<此五字以音>控依騰 而
…騒がしい音のする様子≒騒騒(現代語では"ザワザワ"だろう。)
㊥[15]
於是天皇 任令取其大御酒盞 而 御歌曰:・・・
佐佐那美遲袁 "須久須久登" 和賀伊麻勢婆夜
㊥[15]
又 吉野之國主等 瞻大雀命之所佩御刀 歌曰:・・・
加良賀志多紀能 ❶"佐夜佐夜"
…葉 or 枝が互いに擦れて音がしている様子。冬枯れ樹木のヒコバエだろう。

㊦[16]
爾 天皇 御立其大后所坐殿戸 歌曰:・・・
宇知斯意富泥 ❷"佐和佐和"
㊦[16]
作琴 其音響七里 爾 歌曰:・・・
那豆能紀能 ❷"佐夜佐夜"

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-----「神楽歌」(大嘗宮の儀関係資料)@宮内庁-----
 <篠波>や 志賀の唐崎や 御稲舂
  女の佳ささや 其れもかも彼もかも
  従姉妹せの 眞従姉妹せに
 葦原田の 稲舂蟹のや 己さえ
  嫁を得ずとてや 捧げては捧げや
  捧げては捧げや 腕挙を 

-----「古事記」歌の"佐"-----
[歌2]・・・賢し女を[佐加志賣遠]・・・さ婚ひに[佐用婆比邇]・・・狭野つ鳥[佐怒都登理]・・・
[歌3]・・・萎草の[奴延久佐能]・・・
[歌4]・・・朝日の 笑み栄え来て[阿佐比能 恵美佐加延岐弖]・・・玉手差し枕き[多麻傳佐斯麻岐]・・・寝は寝さむを[伊波那佐牟遠]・・・
[歌5]・・・真具さに[麻都夫佐爾]・・・此れは相応はず[許禮婆布佐波受]・・・真具さに[麻都夫佐邇]・・・此も相応はず[許母布佐波受]・・・真具さに[麻都夫佐邇]・・・汝が泣かさま[那賀那加佐麻久]・・・朝雨野[阿佐阿米能]・・・若草の[和加久佐能]・・・
[歌6]・・・嶋の先や来掻き廻る 磯の埼落ちず 若草の[斯麻能佐岐耶岐加岐微流 伊蘇能佐岐淤知受 和加久佐能]・・・さやぐ下に[佐夜具賀斯多爾]・・・玉手差し枕き[多麻傳佐斯麻岐]・・・
[歌10]・・・鷸は障らず[志藝波佐夜良受]・・・鯨障る[久治良佐夜流]・・・肴乞はさば[那許波佐婆]・・・肴乞はさば 柃[那許婆佐婆 伊知佐加紀]・・・
[歌11]・・・忍坂の[意佐加能]・・・人多に[比登佐波爾]・・・人多に[比登佐波爾]・・・
[歌15]・・・伊那佐の山の[伊那佐能夜麻]・・・
[歌16]・・・高佐士野を[多加佐士怒袁]・・・
[歌17]・・・いや前立てる[伊夜佐岐陀弖流]・・・
[歌18]・・・何故黥ける利目[那杼佐祁流斗米]
[歌19]・・・吾が黥ける利目[和加佐祁流斗米]
[歌20]・・・いやさや敷きて[伊夜佐夜斯岐弖]・・・
[歌21]・・・狭井川由[佐韋賀波用]・・・木の葉騒ぎぬ[許能波佐夜藝奴]・・・
[歌22]・・・夕去れば[由布佐禮婆]・・・木の葉騒げる[許能波佐夜牙流]
[歌24]・・・やつめさす[夜都米佐須]・・・黒葛多纏[巻]き さ身無しに あはれ[都豆良佐波麻岐 佐味那志爾阿波禮]
[歌25]さねさし 相武の小沼に[佐泥佐斯 佐賀牟能袁怒邇]・・・
[歌29]久方の[ 比佐迦多能]・・・さ渡る鵠[佐和多流久毘]・・・さ寝むとは[佐泥牟登波]・・・
[歌30]・・・尾津の岬なる[袁都能佐岐那流]・・・
[歌32]・・・髻華に挿せ[宇受爾佐勢]・・・
[歌36]・・・浅小竹原[阿佐士怒波良]・・・
[歌37]・・・植ゑ草[宇惠具佐]・・・猶予ふ[伊佐用布]
[歌40] ↑
[歌41] ↑
[歌43]・・・横去らふ[余許佐良布]・・・佐佐那美道を[佐佐那美遲袁]・・・丸邇坂の土を[和邇佐能邇袁]・・・
[歌44]・・・いざ挿さば[伊邪佐佐婆]・・・
[歌45]・・・依網の池の[余佐美能伊氣能]・・・差しける知らに[佐斯祁流斯良邇]・・・
[歌48]・・・大雀 大雀[意富佐邪岐 意富佐邪岐]・・・木のさやさや[紀能佐夜佐夜]
[歌51]・・・棹取りに[佐袁斗理邇]・・・
[歌52]・・・梓弓[阿豆佐由美]・・・梓弓[阿豆佐由美]・・・梓弓[阿豆佐由美]・・・
[歌53]・・・まさつこ我妹[摩佐豆古和藝毛]・・・
[歌54]・・・難波の前由[那爾波能佐岐用]・・・蒲葵の[阿遲摩佐能]・・・さけつ島見ゆ[佐氣都志摩美由]
[歌58]・・・烏草樹を 烏草樹の木[佐斯夫袁 佐斯夫能紀]・・・
[歌64]・・・さわさわに[佐和佐和爾]・・・
[歌66]・・・宜しと聞こさば[與斯登岐許佐婆]・・・
[歌68]・・・隼別の[波夜夫佐和氣能]・・・
[歌69]・・・隼別 雀獲らさね[波夜夫佐和氣 佐邪岐登良佐泥]
[歌70]・・・険しみと[佐賀志美登]・・・
[歌71]・・・険しけど[佐賀斯祁杼]・・・険しくも非[佐賀斯玖母阿良受]
[歌75]・・・さやさや[佐夜佐夜]
[歌78]・・・大坂に[於富佐迦邇]・・・
[歌80]笹葉に[佐佐波爾]・・・さ寝しさ寝てば[佐泥斯佐泥弖婆]・・・さ寝しさ寝てば[佐泥斯佐泥弖婆]
[歌82]・・・里人も謹[佐斗毘登母由米]
[歌83]・・・波佐の山の[波佐能夜麻能]・・・
[歌83]・・・我が名問はさね[和賀那斗波佐泥]
[歌87]夏草の[那都久佐能]・・・
[歌89]・・・小峰には[佐袁袁爾波]・・・仲定める[那加佐陀賣流]・・・梓弓[阿豆佐由美]・・・
[歌91]・・・日下辺の[久佐加辨能]・・・
[歌95]・・・日下江の[久佐迦延能]・・・身の盛り人[微能佐加理毘登]・・・
[歌100]・・・朝日の[阿佐比能]・・・真木さく[麻紀佐久]・・・捧がせる[佐佐賀世流]・・・落ち足沾ひ[淤知那豆佐比]・・・
[歌101]・・・市の司[伊知能都加佐]・・・
[歌102]・・・酒御付くらし[佐加美豆久良斯]・・・
[歌104]・・・朝処には[阿佐斗爾波]・・・
[歌113]浅茅原[阿佐遲波良]・・・

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