→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2023.4.27] ■■■
[673] 本文のプレ道教性[12]福沢諭吉の見方
以下の福沢諭吉の文章を引用📖した以上、多少の考察は必要かも。・・・
元来我国の宗旨は神仏両道なりと云う者あれども、神道は未だ宗旨の体を成さず。仮令い往古にその説あるも、既に仏法の中に籠絡せられて、数百年の間本色を顕わすを得ず。
或は近日に至て少しく神道の名を聞くが如くなれども、政府の変革に際し僅に王室の余光に藉て微々たる運動を為さんとするのみにて、唯一時偶然の事なれば、余輩の所見にては之を定りたる宗旨と認むべからず。
 [「文明論之概略」巻之五 第九章 日本文明の由来 1875年]

突然、福沢とはこりゃ如何にの印象を与えるかもしれないが、「古事記」編纂命時と状況が似ていると思い眺めただけ。(天武朝も明治政府も、海外の覇権国からの圧力をひしひしと感じて対応を迫られた訳で、前者はズブ中華帝国圏化は半島迄で結構との決断、後者は没落中華帝国の二の舞ご免被る路線に決定したと言う点で画期をなす。両者共に路線が180度異なる勢力によるクーデター[儒教用語なら革命]政権。)
すると、思った以上に重要な指摘がなされているので驚いた。リベラルアートの世界を理解していると、冷徹に物事が見通せることがよくわかる。(天武朝も明治政府も、海外の覇権国からの圧力をひしひしと感じて対応を迫られた訳で、前者はズブ中華圏は半島迄との決断、後者は中華帝国の二の舞ご免路線に決定したと言う点で画期をなす。)

神道は宗教の態をなしていないと直截的に語っているのである。

もっとも、これこそが現代日本人大多数が持つ神道イメージでは。・・・教祖無し、教義不要で、なんとなく神々しさがある自然のなかに神がおわす、といった観念と言い換えてもよいかも。
古代信仰を受け継いだ神社崇拝が現代でも民俗として残存していることこそが日本らしさそのものと考えらていることになろう。従って、「古事記」は、その古代精神に触れる書であるとの位置付けにならざるを得まい。

しかし、福沢の指摘は全く違っており、実に辛辣。・・・「古事記」は無視され続けて来た書であり、この時点での伝統神道とは明らかに無関係であり、古代の信仰に繋がっているとみなすには無理がありすぎと語っているようなもの。
そして、神道を標榜するなら、神と教義をはっきりさせない限り、宗教とは呼べないと断言。

確かに、正論。
もちろんそれは西洋流に考えればとの前提付き。・・・
宗教とは、部族的信仰から脱皮することで初めて生まれるもの。その過程で、必ず、教団樹立-教義化が進む。現在では、宗教以前のアニミズムも宗教と呼ぶこともあるが、西欧の帝国主義の時代、(文化的生活以前としての)原始社会の観念として峻別するのが常識である。ところが、倭国〜日本国に至る迄、そうした宗教レベルと見なせる状況は一度たりとも出現しなかったのである。

西欧化の波に洗われるなかで、民俗的風習としての信仰しか存在しない国は、西欧からどうみられるかは自明。・・・
そうなれば排他的神道教義を生み出さざるを得なくなって当たり前。
依拠してきたのは国史のみだから、倭語最古の書を(これ以後類似書は1冊も無い。)一緒に読むことで、そのエッセンスを教義化する以外に手はあるまい。そこから生まれるのは国家神道以外にありえない。
(現時点でも「記紀」読みを必須としている以上、事実上、国家神道の国であることになる。)
ただ、「古事記」の書き方は、ヒトと神の間の区分が曖昧であるため、ヒトの死後の世界と宇宙観がさっぱり見えてこないから、西洋の宗教のような教義創りはカリスマ信仰教組しかできかねよう。
道教の教義化では、神の天国と冥界の地獄という3界観念を精緻に仕上げることができたが、「古事記」から、同様に3界的教義を導くのは簡単なことではないからだ。

道教では冥界も~の世界も官僚制ヒエラルキーで統制されており、それに対応し、死者が往く他界で困ることが無い様に、官に手厚く取り扱ってもらえるよう盛大な葬儀を挙行することになるが、遺体を忌避し葬儀を敬遠し、仏教にすべてまかせる仕組みが出来上がってしまっている状態で、宗教の核であるヒトの死後の世界を描くのは極めて難しかろう。
このことは、「古事記」から想定される倭の信仰は一見道教に似ているが、教義化への道へと一歩たりとも進めようとはしなかったことを意味しており、それは文字導入を嫌った精神と繋がるものを感じさせる。
太安万侶はその信仰は道教的と見なしたのだから、教義宗教化する以前の道教とは同根の可能性が高そう。

 (C) 2023 RandDManagement.com  →HOME