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■■■ 「古事記」解釈 [2023.4.24] ■■■
[670]本文のプレ道教性[11]道教≠神道≒原始道教
現代人の持つ神道イメージはどう見ても古代とは大きく違っているが、「古事記」を読む時は、どうしてもその現代の眼鏡を通して眺めてしまうことになるので厄介である。ここは一つ冷静に考えようと決意はするものの、一旦、頭に詰め込まれてしまった思い込みから解き放つのは容易なことではない。

例えば、我々の受けて来た教育で培われた西洋的思考からすると、神道は宗教と呼べるレベルでは無いと言わざるを得ないが、果たしてそれが妥当なのか、決めかねるのが実情。・・・
元来我国の宗旨は神仏両道なりと云う者あれども、神道は未だ宗旨の体を成さず。仮令い往古にその説あるも、既に仏法の中に籠絡せられて、数百年の間本色を顕わすを得ず。
或は近日に至て少しく神道の名を聞くが如くなれども、政府の変革に際し僅に王室の余光に藉て微々たる運動を為さんとするのみにて、唯一時偶然の事なれば、余輩の所見にては之を定りたる宗旨と認むべからず。

   [福沢諭吉:「文明論之概略」巻之五 第九章 日本文明の由来 1875年]

西洋の宗教からすれば、この見方は当然と言えよう。

新興教団を除けば、教祖皆無。当然ながら教義書も欠落。書が無くても、信徒の一番の関心事たる死後の世界位語られているだろと思いきや、定説らしきものも耳にしたことが無い。苦悩からの救済の思想性もほとんど感じられない。それで宗教たりえるのか、と尋ねられると窮すること間違い無し。
しかも、最重要な人生の節目である葬儀に係らない。その様な宗教があり得るかと言われるとどう考えるべきかさっぱりわからなくなる。

ところが、信仰対象たる神社は全国津々浦々どこにでもあり、本当の数などわからないほど無数と言ってよさそう。しかも、その神社を全国規模で束ねている教団が成り立っており、事実上の国教としての地位にある神社も存在するのだから、明らかに西欧的常識は通用しない世界なのである。

おそらく、ことの発端は福沢的なものの見方にあると言ってよさそう。
仏教と習合してしまった神社信仰を突然分離することになれば、それまでは教義が定かでは無かったのだから、ほぼ何が何やらの筈。そこに、西洋的な政教分離概念を持ち込まれた上に、国教としては神道であるとされたのではどうにもなるまい。上意下達で"これが古代から続いて来た形"と決める以外に手はなかろう。
それは現時点でもほとんど変わってはいまいと考えるのが自然だ。(もともと、列強の軍事圧力が顕在化したからこその、国家一枚板化のための神道樹立。仏教弾圧に意味がある訳ではないのは、南方熊樟の神社信仰解体再編反対の声から伺うことができよう。現時点でも、周囲の国々とは、属国化を虎視眈々として動き続けて来た中華帝国、儒教のリベンジ義務を抱える戦争体制の小中華思想の国、領土拡大と専制統治衛星国作りを旨とする国であり、これは本質的なものだから政権交代があろうと状況が変わるものではない。友好関係樹立とは当座の対立を回避するための外交折衝での言葉の綾に過ぎない。しかも、これら周囲の国々を称賛する、既得権益集団が少なくないことは歴然としている訳で。・・・はてさて、どうするとという点でほとんど同じ問題に直面していることになろう。)

つまり、冷静に考えれば、「古事記」を神典とする<(古学)神道>とは、あくまでも現代のコンセプト。その大元は本居宣長:「古事記傳」1798年と言うことになろう。
 :伝統神道[卜家・橘家・両部・唯一 etc.]とは異なる新興神道
尚、最初の神道書としては、賀茂真淵:「国意考」の考えを一歩進めた、「直毘霊」1771年になるらしい。(巻一総説に収載されている。)極めて直截的な、直毘なおび神の<みたま>で漢意を祓い清める<惟神かん(む)ながらの道>を核とする国体観を主軸とした思想であり、この故に神道とは教義不要との主張だ。従って、倭語最古の書たる「古事記」が自動的に日本国の神典になる。
【惟神】:情緒的な定義なのでよくわからない。
  [「日本書紀」巻廿五 天萬豐日天皇/孝コ天皇 大化三年夏四月壬午]
     詔曰:「惟神<惟神者 謂随神道 亦 自有神道也>
  [「萬葉集」巻一#39]神長柄 [巻十三#3253]神在随


「古事記傳」の、注も読まず、訳だけザッと目を通したに過ぎないが、惟神論の国との趣旨での記述に徹しているように映る。(日本の多神教やアニミズムは、一神教や創造主信仰と違って、人殺しを嫌うというような、事実と異なる主張を展開している訳ではない。)
このトーンで~の世界を捉えることになると、~の世界にも人間界と同じ様なヒエラルキーを持ち込み、天帝-天子関係で2つの世界を結ぶ構造を明確にしている道教とは、極めて相性が悪いと言わざるを得まい。
(義務教育の「歴史」ではさっぱり見えてこないが、唐朝皇帝が国教である道教の経典と道士を遣唐使に下賜しない訳がなく、日本国は拒否したに違いない。遣唐使派遣取り止めの一因でもあろう。「"舊"唐書」の日本国が革命王朝であるとの記載と、「新唐書」の正確な日本国天皇譜にもかかわらず兄弟継承を嫡子継承に変えてあることでも、宗族宗教の儒教の補完的役割を担う天帝/元始天王の<命>で統制されるヒエラルキー教義を徹頭徹尾排除する国家だったと考えればありそうなこと。📖
道教は、儒教国家たる中華帝国の統治システムの補完役としてしか生き残れまい。発祥が、天帝ありきの寄せ集め呪術宗教でしかないからだ。ただ、支配層の官僚層の、個人精神まで統制する儒教に対する嫌気から派生する自由精神希求願望に応える思想をも抱合しているので、そこだけは反儒教的だが、大元は安定統治・繁栄の大帝国待望の宗教でしかない。天子独裁-官僚統治の儒教国での宗教であることは大前提。)
日本国が惟神論とするなら、汎世界である<天帝⇒天子>観念を受け入れることはとうてい不可能。
・・・「古事記」が描く倭国の信仰は八嶋という日本列島に限定されており、八嶋を生んだ対偶~が祖なので天帝が入り込む余地がないからだ。さらに、漢意(皇帝=天子の天帝信仰)とは相いれないとの姿勢が強調されるのも当然で、口誦伝承神話を大切にするとは、天子独裁-官僚統治の根幹たる漢語書類によるコントロール回避と、実質的に同義だからだ。

しかしながら、儒教を、天帝と宗族祖を核とする宗教律と、それを補強するための社会倫理を分割することは可能である。孔子は、後者を道徳観として、その部分だけとりあえず受け入れることも推奨しているようだし。(鬼~について語るな、と。そこらは「墨子」の主張でわかるが、論理上の弱点でもある。📖鬼~とは死霊なので、宗族祖の扱いを特別視できなくなると、祭祀集団として瓦解してしまうからだ。)

繰り返すが、道教は、天子独裁-官僚統治という支配構造を大前提としている。その上で、出自がバラバラな呪術師を寄集めた組織が教団である。それをまとめるために作られたのが教義で、逆ではない。文字ありきの官僚統治国である以上、教義無しでは支配層に受け入れられることはないから、作られたと言うこともできよう。もちろん、このような集団であるから、教義は仏教の模倣以上では無い。一旦、その動きが始まれば、天竺の観念だろうが、なんであろうと、人気が生じた呪術や占いはすべて受け入れ、その上で、元ネタを抹消し中華帝国由来とすることになる。教団とは、宗教担当官僚とも言えることになろう。この様な状態を想定すれば、民俗宗教と教団宗教を別途のモノとして扱うのは考えもの。

【追記1】道教の"呪術"と書くと、現代人は考え違いし易いので注意が必要だろう。供犠と祈りの宗教儀式という点では、道儒はなんら変わりはない。しかし、硬直的な儒教の形式主義とは異なり、道士の場合は、実証実験行使や伝聞経験論に基づく方法論を駆使している点で、かなり様相を異にする。(人身御供を行う呪術者を退治した高級官僚譚を掲載している「酉陽雑俎」の記載からすれば、仏僧と道士には有能な専門科学者としての側面もあったことがわかる。)

【追記2】慣習化している神社崇敬と教団活動たる神道とは異なるという理屈に准えて、民俗道教と教義道教教団を分ける方法論が現代日本では通例となっている。

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