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■■■ 「古事記」解釈 [2023.5.1] ■■■
[677] ユーラシア古代文明の残渣[6]文字化が画期
笑い話📖の続き。と言っても、話の都合でどうしても繰り返しが多くなるが。
考えを纏めて文章構成を考えてから書き始めておらず、いわば書き散らしなので、主旨がわかりにくく、さっぱり面白くないとは思うが、そこらはご容赦のほど。(昨今横行しているヤクザ的な反知性主義者や、自称リベラルの知性欠落の反国家主義者と似た書き方だが、思想性は180度異なるので念のためおことわりしておきたい。)

そこで、先ずは一言。
<ギリシア 印度 中原 倭>は基準が揃わないことおびただしく、この手の比較分析に意味は全く無かろう。・・・実は、これこそが味噌。
分析の為に対象を設定するなら、例えば、聖書教・叙事詩教・真正儒教・日本仏教とでもしたくなるところだが、これでは言いたいことが全く伝わらない。それに、「古事記」には仏教のことなど欠片も記載していないし、聖書など持ち出すこと自体が場違いでもあるし。

小生が気になったのが、仏教と同じく「古事記」に無視されているのが、唐代初期@635年に中国に伝来した"光の信仰"(景教:ネストリウス派キリスト教@大秦寺)。「古事記」は倭の故事を記載書だから当然なので、こんなことに関心を払う必要全く無しとなりがちだが、待てよ、である。
太安万侶は序文を記述できる能力があるし、火葬されており、仏僧と懇意でサロン的な付き合いをしていたに違いなく、キリスト教の存在を全く知らない訳が無いと思うからだ。
・・・そう考えて読んでいて、ふと<ギリシア 印度 中原 倭>的見方が浮かび上がって来たのである。
言語コミュニケーションが相対話語から文字表記化主軸言語になると、社会は一変する筈で、それを世界レベルで俯瞰すれば時代の転換点が見えて来るだろうとの考えである。これこそが、太安万侶が「古事記」を通して伝えたかったこと。その思想は、国史プロジェクトメンバーに衝撃を与えたに違いなく、だからこそ「国史」の表音文字が「古事記」と異なっているとも言えるし、国史であるにも関わらず、異説の伝承を参考として掲載するという、王朝正統性を記載する書としては逆噴射になりかねない世にも珍しい編纂方針が採用されているともいえよう。
この太安万侶の思想自体は、現代感覚で書けば以下の1行で済むような単純明快なもの。その結果、太安万侶の「古事記」と優秀なメンバーの知恵の結晶である国史という、全く異なる思想に基づいた書がほぼ同時に出来上がったことになる。・・・
  口誦伝承神話(語り部)@部族⇒教義書(権威者)@国家
(異なる神話が併存していれば、口誦言語が一致する筈がなく、国家と呼んだところで、所詮は部族連合でしかない。一枚岩の国家たりえるのは、国家(世界)創成神話でまとまった社会しかありえない。多宗教の連邦国家とは言葉の綾であり、国教があり、他宗教に寛容な連合体を形成しているか、支配-被支配構造になっているにすぎない。)

・・・会話だけの言語から、文字表記言語への転換はヒトの思考を根底から変える結果を招くということ。太安万侶はそれに気付いたのだと思う。

と云うことで、ここらの考え方を<ギリシア 印度 中原 倭>の発想でご説明してみよう。「太安万侶的に現代世界を眺めると」というタイトルのお話と思って頂ければ結構。・・・

解り易いのが、聖書の民。経典の内容自体は、部族神話と言わざるをえず、現代科学で説明できない荒唐無稽なお話とするしかないが、それは非信徒の不信心者の眼からみているから。
この民のコミュニティは、聖書の文字化で部族⇒国家というステップを踏むことになるが、部族=国家にすることも可能。それがイスラエル国家として現存していることになる。どうして、一部族の神話が、すべての部族の神話になれるのか、おそらくほとんどの日本人は理解できないだろう。しかし、そこには強固な理念があるのだろうとは想定できる筈である。理念の民なのである。もちろん、心臓部は国家毎の独自言語の聖典ということになる。(但し、イスラム教はムハンマドのアラビア語の言葉を絶対的な聖典解釈基準としている。)
従って、聖書だけでは社会は成り立ち難く、解釈に必要な教理や哲学が別途不可欠となる。そのため、部族⇒国家をどこまで止揚するかで、聖書教は分裂を招くこととなる。出自からしてこれは回避不能である。
但し、部族社会を壊さずに部族⇒国家を実現することも可能である。それがイスラム教。しかしながら、あくまでも絶対神に対して個人が契約的信仰告白することが土台だから、本来的には部族概念を消すとの理念がある筈だから、成り立ちそうにない様に思ってしまうが、過渡期としてはそれこそがベストと言えなくもない。なにはともあれ祭政一致国体の実現こそが最初のステップと考えればよいのだから。(尚、部族社会の残る国で普通選挙を行えば、イスラム教最高聖職者による専制(政教一致)国家化は避けられまい。それが偽らざる現実である。)
・・・「古事記」的社会観が詰まっている倭人の眼から見れば、支配層・被支配層の存在を無視した、神と個々人の契約理念ありきの、極めて観念的な信仰に映る筈。極めて浸透しにくそうな観念である。(もっとも、絶対神との個人の契約/信仰告白によって、救済されるとの信仰であるからして、コミュニティから疎外されがちな層や、自我意識を獲得している層が大挙して信仰者になってもおかしくないかも。)

一方、印度特有の叙事詩が神典となる社会は全く異なる様相を見せる。
部族⇒国家には、聖書の民が示すように理念が必要に思いがちだが、そうではないことがわかる。印度に於ける部族は、絶対神と個人との関係樹立で解体されたのではなく、社会を構成する職業ギルドに超細分化されることで、解体されてしまったのである。どうしてその様なことが可能かと言えば、叙事詩を共有しているからで、微妙に異なる各ギルドバージョンが生まれている筈。(文字表記化とは、叙事詩の一本化を意味する。)
これこそが心臓部。口誦叙事詩伝承者も1つのギルドであり、政治・経済・軍事から独立している宗教=哲学専門家集団が取り仕切ることになる。支配層・被支配層という枠組みを超えて、叙事詩信仰が成立している訳だが、それは物語のなかにそれぞれの家族の生活感が持ち込まれることを意味している。従って、そこに宗教理念を持ち込む必要性はもともと無い。理念として持ち込まれるのは、もっぱら所属ギルド特有の社会規範だろう。この体制を抜本的に変えようとした理念ありきの宗教も勃興したものの、叙事詩を温存している社会である限り、社会変革は無理筋と言えよう。
しかし、だからと云って、理念を欠く信仰の社会と見なすべきではない。各ギルドには、叙事詩伝承者が存在するが、その所属は聖職者のギルドだからだ。その内部では真摯かつ徹底的に理念が検討されることになるし、だからこそ各ギルドから尊敬される存在になっていると言えよう。

・・・以上、バラバラな神話を棄てて理念一気通貫社会を打ち立てた<聖書&哲学>文字化文明と、神話を集合させてほぼ一本化し理念は専門家おまかせ路線を走って来た<叙事詩+哲学>文字化文明を、取り上げたことになる。

倭人社会の風土は、前者ではなく後者に限りなく近そうということができそうだが、哲学は決定的に欠く点でこの文明の係累とも言い難い。「古事記」からすれば、天国・地獄の宇宙論や、輪廻転生といった観念を支える哲学を打ち立てるパトスは全くなかったとしか思えない訳で。

さて、上記に比べると、えらくわかりにくいのが、道教をお供にしている儒教文明。ただ、道士と儒者の職業基盤が喪葬祭祀にあるので対立的でもあるが、両者共に天帝-天子信仰から逸脱することは無く、完璧に同根。しかも、社会構造(incl.神々の位置付け)を官僚型ヒエラルキー一色に染めあげる必要があるとの考え方も完璧に一致。<道>という観念も、概念は若干異なるとはいえ、共有している。事実上、儒教を表とすれば、裏は道教ということ。
聖書教や叙事詩教と違い、いかにも鵺的な姿勢に映る信仰だが、理念を打ち出すことで呪術を消し去る方向に進めなかったからである。ヒエラルキー社会を保つためには官僚的統制の核たり儀式次第が重要になるが、理念で設計できなければ中途半端でしかない。それに、文字化で部族神話を消す方向に邁進したものの、表記文字に各神話の残り香があるので不完全さは免れようがない。それでも、部族神話が残ることはあり得ない。天子敵対部族の存在を意味するからだ。
・・・儒教はよくできているように見えるが、独裁者ありきの専制的統制社会を樹立するという信念以上では無く、以下でも無いとも言える。表意文字であるため、文字化によって、信仰を理念的にまとめるとか、哲学的に深めようとしても自ずと限界があるからだ。西欧や印度と違い、哲学的には<道>から一歩も進めることができない文明である。渡来信仰は漢語翻訳した上で抹消させることで、帝国を守って来たから、おそらく哲学概念は日本国から輸入して初めて触れたと見ても間違いなかろう。

換言すれば、儒教も道教も、部族時代の信仰パターンを踏襲しながら、帝国樹立ありきの道に踏み込んだだけ。儒教の宗教の核は、部族長を宗族長へと衣替えさせたことにあり、宗族祖命を受けて組織の独裁者として振舞うことになるだけ。ここには理念の欠片も無く、ただただ専制体制の強化を天命-天子・祖命-宗族長という関係性構築で実現するという実務的ご都合主義そのもの。
これによって、独裁者による完璧な専制国家体制ができあがれば、これを支える哲学らしきもの以外は不要。重要となるのは、理念より、独裁者に諾々と従う合理的な仕組み設計だけ。その心臓にあたるのが<孝>と見抜いたのが孔子である。
中華帝国に於いては、この理念の徹底以外にはたいした意味は無かろう。
こうなると、体制維持にとって一番危険なのは、救済観念を持ち込まれること位しかない。この考え方が入らないようにするには、現世主義的風土を固定化するしかなく、道教は、それを一手に引き受けることになったと言えよう。

・・・だらだら書いてきたが、現代にまで系譜を辿れる文明は、この3つしか見当たらないというのが結論。<ギリシア 印度 中原>としたのは、そこらを感じさせる表現と考えたから。

ところが、すでに述べたように、「古事記」上巻を読む限り、この3文明のどれにも当てはまりそうにない点。しかも、序文は、日本列島版道教国として映るような記述であり、とんでもなく矛盾していることになる。
人種的に雑種であるだけでなく、考え方も混交が当たり前だったということだろうか。このような方向に進めばアイデンティティ喪失に直面するものだが、そうはならなかったようで、これはこれで1つの文明と言えそうな気がしてきた。(但し、武家政権樹立以後、GHQ統治迄の長期間に渡って、明らかに儒教国化してしまったので、そこを重視すればこの考えは全く成り立たない。)

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