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■■■ 「古事記」解釈 [2023.5.13] ■■■
[689] 「古事記」仮名甲乙音 祁氣下宜
けkeゲgeさて、有名な甲乙という音韻上の分別をとりあげてみたい。素人である上に、勉強しようとのパトスも無いが、分析的に法則が認められる以上、その存在は肯定的に見てよさそうである。
但し、注意が必要なのは、「古事記」編纂時点ですでに音としての峻別が不明瞭になっていたと考えられる点。
そうでなければ、「古事記」と「萬葉集」で、以下の[仮名用例]の様に表記が真逆になるとは思えないからだ。
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(介の一部省画)(計) [萬]…祁【甲】
祁 【略音】[呉音]ギ [漢音]キ [他音]ケ シ ジ チ [訓]おお-いに さかん-に これ …9種
家 【正音】[呉音]ケ コ [漢音]カ コ [訓]いえ や うち ち …7種
[例外的]宅 五村屯宅者…一般用例から屯宅=屯倉:みやけということで。
價/価  【正音】
  【略音】
  【略音】
谿  【略音】
  【略音】
  【略音】
盖/蓋  【略音】
  【正訓】【借訓】
  [仮名用例]
け】麻祁流阿袁那母:撒(蒔)ける菘菜も[⑯天皇段]
かたぶけ】須美加多夫祁理:隅傾けり[⑯天皇段]
け】多奈妣家流:棚引ける[巻十五#3602]
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ke [萬]氣/気…氣/気【乙】 @呉音
氣/気 【正音】[呉音]ケ [漢音]キ [訓]いき
毛 【正訓】【借訓】[呉音]モウ [漢音]ボウ [他音]モ ブ [訓]け
食 【正訓】[呉音]ジキ ジ イ [漢音]ショク シ イ [訓]た-べる く-う く-らう は-む やしな-う
[例外的]木 謂易子之一木乎・・・一木≒一子の意味だが、"き"もありえる。
  【正音】
既/既   【正音】  [呉音]ケ [漢音]キ [訓]すで-に
  【正訓】
  【義訓】
  【約訓】
  [仮名用例]
け】麻気者失留:撒(蒔)けば失せぬる[巻七#1416]
かたぶけ】月可多夫気婆:月傾ぶけば[巻十五#3623]
け】和賀比気伊那婆:我が引け往なば[㊤大国主命段]
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ゲ [萬]…下【甲】 @呉音


[清濁両用]

 【正音】
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ge [萬]…宜【乙】
宜 【略音】
[清濁両用]氣/気 大気都比売
牙 【正音】許能波佐夜牙流:このはさやげる
 【略音】

このことは、太安万侶が倭語の音素を稗田阿礼の音声から同定し、自分の頭で整理したことを意味しよう。サンスクリット音韻学に触れていたのだろうが、それにしてもとてつもない才覚と言えよう。

その頭の切れは、<モ-mo>の<毛> v.s. <母>で見ることができる。「萬葉集」では甲乙分別がされていないからだ。(古い歌だけ見れば「古事記」的な用例の方が多いと想像するが。)
(毛の省画変形)(毛) [萬]【甲】 @呉音
毛 毛毛 伊豆毛 久毛/具毛 伊毛 加母/迦毛 毛由etc.
  ⇒百雲妹鴨燃
mo [萬]…母【乙】 @呉音
母 於母陀流神
  ⇒共等
≪用例少なく未確定とした。≫
木 風木津別之忍男神
文 文漏邪夜能
裳 抜取御裳之糸
喪 喪船
方 駅使班于四方

【付録】
--- 文字化後仮想@奈良時代 ---
  📖"阿〜和"全87音素設定 📖[追記]
阿__伊__宇__衣__於
加__伎紀_久__計気_古許
賀__岐宜_具__下碍_呉期  (下⇔中)
佐__之__須__世__蘇曽
邪__士__受__是__俗叙
多__知__都__天__斗登
陀__尼__豆__提__度杼
那__尓__奴__弥__怒能
波__比斐_不__幣閉_保
婆__毘備_夫__辨倍_煩
末__美微_牟__売米_毛母
也__−__由__江__用余
良__利__留__礼__漏呂
和__為__−__恵__乎
・・・仮名50音図の原点的な表記方法だが、上記の漢字表@奈良期と仮名表@平安期には断絶ありと見た方がよいと思う。奈良期は現実の音声に合わせることに主眼があり、サンスクリット的意識が底流にあるとして、仮想的に作成されたもの。一方、仮名表は実用性が高く、使われた表である。どう考えても、漢字発音(反切)のための補助表だからだ。換言すれば、漢文読みに用いる音表で、実際の話語とは無関係の可能性が高い。

【付記】
短母音の数が多いゲルマン語系での、後続語との関係での母音交替現象=ウムラウト表記[¨]と甲⇒乙は、同タイプと言えなくもないが、円唇・前舌の運動上から生じており、発生はä ö üなので、素人からすれば類似現象とは思えない。(甲乙表示記号には¨[tréma:連続母音の後文字独立発音]を用いるらしい。)

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