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■■■ 「古事記」解釈 [2023.7.1] ■■■
[735] 太安万侶:「漢倭辞典」
と書かれても、とまどうことだろう。3画の幺/乡あるいは、6画の糹/糸は部首だが、𢆶や絲は部首とは認めないから、ここだけ取り出されると違和感を覚えるのが普通。(䜌の部首は言だろうが。)

いかにも筆記に面倒な書体であり、もちろん旧字扱い。当然ながら、この文字を書ける人は稀だが、その割に、皆、なんとなく読めてしまうようなので面白い。「古事記」では極めて重要な意義をを担っている文字であり📖"和魂"の表象は2に恋愛、どこかで必ずお目にかかるからだろうか。
そうそう、部首はこの部分以外となる。・・・

恋=liàn[䜌+心]  部首:心
   ↳4…不忍戀心

この"龻"部分、<䜌[絲+ 言]>を部首とみなすと、よく知られた文字が浮かびあがる。要するに、極めて大胆な字体変更が決行されたのである。・・・
≪䜌[糹+訁+糸]≫  ("亦"は"人[大]"の腋を意味する。)
変=biàn/𣀵[絲+訁+攵]  部首:夊
   ↳3…肥河變血而流 青皆變紅色 有變三色之奇虫
蛮=蠻[䜌+虫]  部首:心  …「古事記」では非使用
湾/灣 団欒ダンラン 親鸞シンラン
これ位しかなかったという訳ではない。・・・
弯 峦 銮 挛 娈 弯 鵉 栾 etc.
 (一部文字体が違うのは、[変→变]のような簡体フォントが混じっているから。)

実は、これを書きとめておきたくて「漢倭辞典」と銘打って始めることにしたのである。
と言うのは、これらは借入語彙を示している可能性があるとの説*があるから。
発祥はモン@サルウィン川下流・クメール@扶南/カンボジア言語と指摘されていると言うので、さもありなん、と。(Mon語[≠Hmong@苗族川黔滇次地域]は構造型のSVO言語。ビルマ文字表記だが東南アジア内では文字化が極めて早かった。)
・・・音の系譜なので、確証性の程はわからぬが、徹底的な古代資料焚書を行ったとしか考えられない朝鮮半島での古代言語推定は全面的フィクション以外にあり得ないが、漢語については吹き溜まり地域の言語が存在するからそれなりに想定できる。従って、当たらずしも遠からずだし、文字的に見ればいかにもありそうな話。先進的な絲文化を中華帝国官僚が全面的に導入することにし、それに伴って産業の専門用語が流入したことになる。官僚による文書統治の国であるから、それに合わせて急遽文字が作られたと見てよいのでは。儒教的合理主義が貫かれるから、用が足りれば、即刻、お払い箱である。四川の蚕文化同様、帝国史にそうした文化を示唆する話が入ることは無い。すべて中華帝国天子の所業と化すだけ。(「酉陽雑俎」を読むと、その様な帝国思想が読み取れる。と言っても、しっかりとした註記と題名や構成についての解題が無いと、情報ソース明記の上で博物学的に色々珍しい事象に触れているだけの書になってしまうが。「古事記」も同じ様な雰囲気を醸し出している書である。リスクが高いから、儒教的頭脳の人には、そうは感じられないように仕上げてあるだけのこと。著者渾身の力作である。)

ところが、文字の変更は、これだけでは無く、元字とは全く異なる字形も存在しているらしい。(そうだとすれば、この辺りの「説文解字」の記載は恣意的に元字記載を回避したと見るべきでは。)・・・
乱/亂=𠮗luàn[爫+絲+糸+又]/𤕍 or 灓…手で、つながった糸束をひく。
  ↳1…聞此亂而逃去
*出典はWilliam H. Baxter:"ABC Etymological Dictionary of Old Chinese" Univ. Hawai'i Press 2007とされている。

コレ、漢語の語彙取り込みがよくわかる事例。
1意・1音であれば、異言語であっても、文構造型ならそのママすぐに漢語化できることを示しているともいえよう。<䜌>は絲文化のMon族の口頭言語を漢字化するための部首と見ることができるからだ。
倭は多意・多音かつ非構造言語であり、漢字表記には向かないことがよくわかる。意味ある語彙を漢語の単語として表記文字として使うしか無かったことになる。換言すれば、話語だけだった時代の倭人は、文章としての漢語を使うことは外交を除けばほとんどなかったが、メモ用の記号として、早くから漢字を使っていた可能性があるということになろう。

"日下くさか"という漢字表記は、「古事記」成立時点ですでに朝廷では一般常識化していたのも、そうした伝統の故ということになろう。

現代日本語は、表記と実発音の齟齬が至る所に現れているが、雑種言語の性情とはもともとそういうものかも。

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