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■■■ 「古事記」解釈 [2023.7.13] ■■■
[743] 太安万侶:「漢倭辞典」
現代人でもよくわかっていない、船と舟のカテゴリー分けがしっかりとなされている。流石である。
酒造のふねには"船"文字を当てている。小生は、もともと、船の形に似ている大型容器だからそう名付けられたと、通説*とは真逆の見方をしているので、至極妥当な判断と云えよう。そうそう、だからこそ、この少名毘古那神乗船様式での醸造は特別扱いされていると考えることもできる訳で。(船が槽より後にできたとでも云うのか、船のもともとの呼び方が槽に変更されたとの主張なのかは定かではない。海人社会では船ありきだろうから、どちらにしても、小生には理解し難い。)
*根拠になっていそうな事象:①数助詞…1槽/そう(小型) 1せき(大型) ②槽"の読み…湯槽ゆぶね 酒槽さかぶね 紙漉槽かみすきぶね 馬槽うまぶね ③槽形舟形木棺@少数民族+槽形棺@岸葬

"无間勝間之小船"の表現の的確さ📖インターナショナル視点での无間勝間之小船を考えると、日本列島"外"の古代船の研究者が出てくれさえすれば、そのうち糸口を発見することができ、"天之羅摩船"の意味はわかって来る筈。(尚、その船の渡来者の衣は、幸田成友版テキストでは<鵝/鵞>ではなく<蛾>。(=火取蛾ひむし)両者は文字構造が全く異なっており、伝承本に異字が存在していない以上、誤写の可能性はほとんど無いのだから。しかも、太安万侶の文字確定の質の高さがはっきりしている以上、稚拙な著者の訳もなく、原本での書き間違いなどおよそあり得ない。解せない場合は、執筆者による意図的な表記と見なすのが当たり前である。)

尚、船文字はバラバラと用いられているのではなく、各ストーリーのモチーフの核としての役割を担っており、一般名詞ではあるものの、船の役割が都度変っており、その構造はそれぞれ独特な筈である。日本列島外の船は倭人も流石に想像がつかないが、倭国内の船については、それぞれの姿が読者の目に自然に浮かんで来るからこその叙述形式と云えよう。
東アジアには多種多様な船があったが、カテゴリーの整理も進んでいないようだ。・・・e.g. 刳舟(丸木舟/独木舟)⇒双胴型/舷外浮材⇒木板舟[構造舟] 葦舟 漆竹籠舟 筏 皮(革)舟 等々

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1…二俣榲作二俣小舟而持上來
1…貢進御調八十一艘
舶 艇 艦 舩 非使用
非使用
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【@序文漢文】
…坐玄扈而化照頭之所逮
【水蛭子】
…此子者入葦而流去
【鳥之石楠船神/天鳥船】
…生~名
【衝立船戸~】
…於投棄御杖所成~名
【酒船】
…毎其佐受岐置酒 而 毎盛其八鹽折酒 而 待・・・乃毎垂入己頭飮其酒 於是飮醉留伏寢
【天之羅摩船】
…御大之御前時 自波穗 乘天之羅摩
【天鳥船~】
…爾 天鳥~ 副建御雷~而遣・・・故 爾 遣天鳥~ 徵來八重事代主~ 而・・・卽 蹈傾其 而 天逆手矣 於青柴垣打成而隱也
【无間勝間之小船】
…卽 造无間勝間之小 載其 以教曰:「我押流其者 差暫往
【御船】
…卽 蹈傾其而 天逆手矣 於青柴垣打成而隱也・・・爾 取所入御之楯 而 下立 故號其地謂楯津
【伊勢船木直】
…祖:~八井耳命
【御船】
…爾 其肥長比賣患 光海原 自追來 故 u見畏以自山"多和"引越御 逃上行也
【御船】
…自其入幸 渡走水海之時 其渡~興浪 廻不得進渡・・・於是 其暴浪自伏 御得進
【御船】
…我之御魂 坐于上・・・故 備如教覺 整軍雙 度幸之時 海原之魚 不問大小 悉負御 而 渡 爾 順風大起 御從浪 故 其御之波瀾 押騰新羅之國 既到半國 於是 其國王畏惶奏言:「自今以後 隨天皇命 而 爲御馬甘 毎年雙 不乾腹 不乾柂檝 共與天地 無退仕奉」
【船】
…更爲其兄王渡河之時 具餝檝者 舂"佐那"葛之根 取其汁滑 而 塗其中之簀椅 設蹈應仆 而 其王子者 服布衣褌 既爲賤人之形 執檝立・・・將乘時 望其嚴餝之處 以爲弟王坐其吳床 都不知執檝而立・・・渡到河中之時 令傾其 墮入水中
【小船】
…卽 竊乘小 逃遁渡來 留于難波
【船】
…天皇坐高臺 望瞻其K日賣之出浮海
【船】
…於是大后 御綱柏積盈御・・・於難波之大渡 遇所後倉人女之・・・卽 追近御・・・載其御之御綱柏者 悉投棄於海・・・引避其御 泝於堀江
【"枯野"】
…故切是樹以作 甚捷行之也 時號其謂枯野 故 以是 旦夕酌淡道嶋之寒泉 獻大御水也 茲破壞 以燒鹽 取其燒遺木作琴

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