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■■■ 「古事記」解釈 [2023.8.5] ■■■ [766] 太安万侶:「漢倭辞典」韻 漢語の、"四声"と呼ばれる声調(トーン)表現は、中国語の素養が無い限りほとんど実感できないものの、その存在だけは遍く知られている。 "「古事記」のところどころに見てとれる<上><去>という符号はその表記。"と、はっきり書くべきでは。📖[安万侶文法]上声去声表記の役割 ここは結構重要な点。倭語〜現代日本語で声調的な表現が一度も必要とされていなかったのだから。 つまり、倭語の文字表記化にこの様な表示をする意味は全く無い。そうなれば、倭語のなんらかの音声的表現を声調に模して記載していると考えざるを得まい。それは何なのかはっきりさせることが出発点の筈。(説明できない場合は、後世の書き足しとして原文から削除されることになろう。)
ただ、それはかなり難しそう。 現代中国語の四声(高平・上昇・下降上昇・下降)は比較的単純なコンセプトだが、「古事記」成立の頃の声調(平声・上声・去声・入声)とは違っているからだ。(現代語では、入声は消滅。)
というか、古代のルールは頭抜けて官僚的であり、事実上、辞書を引き引きしながら漢詩"創作"用に使うための規則以上ではない。えらく煩雑なので小生は全く興味を覚えなかったが、漢詩愛好家はこの確認作業あってこそのお楽しみとなる。漢詩鑑賞には、官僚統治社会でのエリート体質がママ引き継がれていると見ることができよう。・・・隋朝成立の[逸書→唐代版発見]「切韻」601年の増補、北宋の官書「廣韻」1008年(上平聲28韻 下平聲29韻 上聲55韻 去聲声60韻 入聲34韻⇒同用を纏めると総数117韻。)が確認作業の定番。漢詩創作の際、検討必須となる韻は、その後の科挙用整備を経た平水韻で多少の違いはあるようだ。(平声[上15 下15] 仄声[上29 去30 入17]の106韻。)
余計なことを書いているが、もう一言。 この韻とは官が定めた発音で、いわば文字を見て頭で音を想定する様な内容。通常の発音、ましてや世間一般と乖離があって当たり前なので、そこらは含んでおいたほうがよいだろう。(それに、中華帝国でこの様なことができた人々は、人口割合では0.1%にも達していないと見てよかろう。)
ちなみに、この韻の規則に則って「古事記」上巻の歌の文字を眺めてみると、以下の様になる。(なにはともあれ全体観を得たかったので、細かなことを一切捨象して、一気呵成に単純機械的作業で作成した。従って、それだけでもミスが多発している可能性が極めて高い。余り参考にならないが、ご容赦の程。)<上><去>を云々できるのであるから、太安万侶は韻の世界を理解していたことになる。歌の文字表記化にあたって、それを考慮に入れずに、適当に文字を選択したとは思えないから見ておくことも必要かと。 ただ、韻にはほかにも規則があるから、素人のインプリケーションは避けておこう。 ≪四声≫ 平■ 上■ ■去 ■入 ①【速須佐之男命】作御歌大神初作須賀宮之時 夜久毛多都 伊豆毛夜幣賀岐 都麻碁微爾 夜幣賀岐都久流 曾能夜幣賀岐袁 ②【八千矛神(大国主命)】婚高志國之沼河比賣幸行之時 夜知富許能 迦微能美許登波 夜斯麻久爾 都麻麻岐迦泥弖 登富登富斯 故志能久邇邇 佐加志賣遠 阿理登岐加志弖 久波志賣遠 阿理登伎許志弖 佐用婆比邇 阿理多多斯 用婆比邇 阿理迦用婆勢 多知賀遠母 伊麻陀登加受弖 淤須比遠母 伊麻陀登加泥婆 遠登賣能那須夜 伊多斗遠 淤曾夫良比 和何多多勢禮婆 比許豆良比 和何多多勢禮婆 阿遠夜麻邇 奴延波那伎奴 佐怒都登理 岐藝斯波登與牟 爾波都登理 迦祁波那久 宇禮多久母 那久那留登理加 許能登理母 宇知夜米許世泥 伊斯多布夜 阿麻波勢豆加比 許登能加多理 其登母 許遠婆 ③【沼河日売】未開戸(婚姻拒絶) 夜知富許能 迦微能美許登波 奴延久佐能 賣邇志阿禮婆 和何許許呂 宇良須能登理叙 伊麻許曾婆 和杼理邇阿良米 能知波 那杼理爾阿良牟遠 伊能知波 那志勢多麻比曾 伊斯多布夜 阿麻波世豆迦比 加多理碁登母 許登能 許遠婆 ④【沼河日売】婚姻承諾 阿遠夜麻邇 比賀迦久良婆 奴婆多麻能 用波伊傳那牟 阿佐比能 恵美佐加延岐弖 多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 曾陀多岐 多多岐麻那賀理 麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 毛毛那賀爾 伊波那佐牟遠 阿夜爾 那古斐支許志 夜知富許能 迦微能美許登 許登能 迦多理碁登母 許遠婆 ⑤【大国主命】嫡后の嫉妬の抑制 奴婆多麻能 久路岐美祁斯遠 麻都夫佐爾 登理與曾比 淤岐都登理 牟那美流登岐 波多多藝母 許禮婆布佐波受 幣都那美 曾邇奴岐宇弖 蘇邇杼理能 阿遠岐美祁斯遠 麻都夫佐邇 登理與曾比 於岐都登理 牟那美流登岐 波多多藝母 許母布佐波受 幣都那美 曾邇奴棄宇弖 夜麻賀多爾 麻岐斯 阿多泥都岐 曾米紀賀斯流邇 斯米許呂母遠 麻都夫佐邇 登理與曾比 淤岐都登理 牟那美流登岐 波多多藝母 許斯與呂志 伊刀古夜能 伊毛能美許等 牟良登理能 和賀牟禮伊那婆 比氣登理能 和賀比氣伊那婆 那迦士登波 那波伊布登母 夜麻登能 比登母登須須岐 宇那加夫斯 那賀那加佐麻久 阿佐阿米能 疑理邇多多牟敍 和加久佐能 都麻能美許登 許登能 迦多理碁登母 許遠婆 ⑥【須勢理毘賣命】~語契り再確認 夜知富許能 加微能美許登夜 阿賀淤富久邇奴斯 那許曾波 遠邇伊麻世婆 宇知微流 斯麻能佐岐耶岐 加岐微流 伊蘇能佐岐淤知受 和加久佐能 都麻母多勢良米 阿波母與 賣邇斯阿禮婆 那遠岐弖 遠波那志 那遠岐弖 都麻波那斯 阿夜加岐能 布波夜賀斯多爾 牟斯夫須麻 爾古夜賀斯多爾 多久夫須麻 佐夜具賀斯多爾 阿和由岐能 和加夜流牟泥遠 多久豆怒能 斯路岐多陀牟岐 曾陀多岐 多多岐麻那賀理 麻多麻傳 多麻傳佐斯麻岐 毛毛那賀邇 伊遠斯那世 登與美岐 多弖麻都良世 ⑦【伊呂妹 高比賣】夷振阿治志貴高日子根~者忿而飛去之時 阿米那流夜 淤登多那婆多能 宇那賀世流 多麻能美須麻流 美須麻流能 阿那陀麻波夜 美多邇 布多和多良須 阿治志貴多迦比古泥能迦微曾也 ⑧【豊玉比売】獻歌 via 弟 玉依毘賣山幸彦への愛 阿加陀麻波 袁佐閇比迦禮杼 斯良多麻能 岐美何余曾比斯 多布斗久阿理祁理 ⑨【比古遲(火遠理命)】答歌妃への愛 意岐都登理 加毛度久斯麻邇 和賀韋泥斯 伊毛波和須禮士 余能許登碁登邇
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