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■■■ 「古事記」解釈 [2024.3.2] ■■■
🔰[835]読み方[8]

太安万侶は現代日本人の思考パターンとは全く異なっており、頭抜けた才能の持ち主と見た方がよい。凡人的頭の使い方しかできないと、いくら努力したところで、なんだかわからずの状況から脱するのは難しかろう。それを心して読んだ方がよいと思う。

この辺りの自覚は極めて重要なので、今迄も書いてきたが、二つポイントを指摘しておこう。

まず、8-2の意識的峻別。全体、つまり8割方を見て大所を捉えようとしているのか、それから外れていそうな部分にどういう意味があるのか、どちらを考えているのかはっきりさせた方がよい。
全体観を確立したいのに、どうしても2割の状況が気になっているようでは、どうにもならない。結局のところ、通説と称されている言い分をママ受け入れるだけしかなくなる。一見、無難な選択に映るが、逆の可能性の方が高い。ここに気付かないといかんともし難い。

次に、分析に過度に気をつかっていないか注意すること。それより、概念形成に注力した方がよい。要するに、頭の使い方を変える必要があるということ。(と言っても、これは難しいかも。例えば、進化論否定の一流科学者の存在がさっぱり理解できないようなものだから。・・・宗教[個々人の創造神への信仰]と科学[宇宙節理の論理的解明]の概念を自分で形成していないとどうしてもそうなる。ここらが理解できていないと、反科学的思考をしている可能性が高い。にもかかわらず、自分では逆と思っている。)

「古事記」でいえば、以下をどうとらえるかの問題。・・・
小碓命/倭男具那命/倭建命は、⓬大帯日子淤斯呂和気天皇が娶った針間之伊那毘大郎女の御子だが、その曾孫として迦具漏比賣が掲載されている。
ところが、この比賣を天皇が娶ったとも。そして生まれたのが大江王。(おそらく長子たる大兄王の意味。)📖
そんなことがあろう訳がない。
しかし、この部分を何故抹消しないのか。

答は1つしかなかろう。・・・
伝承は雑多なものが混淆していてどこまでが正鵠なのか判断がつかないものだらけと言うにすぎまい。それは、ほとんどすべてに当て嵌まると見るべきでは。「古事記」は、最善を尽くして整理しただけ。間違いはどこにあるかわからない。
しかし、こんな記載を敢えてするのは、これは全くの創作とは考えられないと見たからだろう。つまり、それぞれ実在していたと考えるしかなかろうとの結論に至ったと思われる。

しかも、それが、皇位継承に関係する部分だから、矛盾を厭わず記載に踏み切るしかなかったに過ぎまい。📖滅茶苦茶系譜の意味

「古事記」の場合、皇位継承の背景を記載する書であるから、この大江王を外す訳にはいかないのである。(国史なら系譜は天皇直系だけ記載すれば必要十分で、傍系の系譜は邪魔になるだけだから、例外的。両者ともに皇統の正統性を宣言するための書とはいえ、そのスタンスは180度異なる。…国史は、系譜記載巻だけが消失しているが、余計な血族名が収載されていれば当然の扱い。)

大江王のむすめの大中津比賣命と⓮帶中日子天皇の間の皇子が香坂王と忍熊王。両者は、天皇崩御後出征した半島から凱旋する皇后を迎え撃つべく立ったからだ。

・・・おわかりだろうか。
事績無しでなにがなにやらの天皇を実在しないとする見方には何の根拠も無いということ。


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