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■■■ 「古事記」解釈 [2024.3.16] ■■■
🔰[842]読み方[15]

解からない箇所は、とりあえずの解釈をしないと先に進めないから、暫定的に"決め打ち"をすることになるが、他人の説を使ったという手の備忘は避けた方がよいだろう。重要なのは、どうして様々な見方が生まれるかを確認すること*であって、誰の説とか、どのテキストに従ったかではなかろう。

と言うことで、一番気になるし、出自もはっきりしていない箇所を取り上げておこう。・・・
   みそぎ(灌汚穢身) はらへ(罪障除却)

この文字は、土着信仰(道教)由来と思われる【漢語】の祭祀名称。
  祓禊=除惡之祭 or 濯於水濱
   [@「後漢書」《志-第四》禮儀上 【祓禊】]
   是月上巳 官民皆級欄圏ャ水上 曰洗濯祓除去宿垢疢為大
      〔今 三月上巳 祓禊於水濱〕
   "鄭國之俗 三月上巳 之溱 洧兩水之上 招魂續魄
     秉蘭草 祓除不祥"
これと倭国の慣習がどう繋がっているのかは皆目わからない。
・・・そもそも、<穢>の用法もよくわからないところがある。元字は、白川流の字義なら雑草繁茂だろうし、<荒>もその類縁。垢・濁・惡・邪・醜・凶・禍・害・罪・枉とは異なるカテゴリーに属している様に映る訳で。
しかし、<け・が-れ>とは明らかに抽象概念。そのため曖昧になりがちで、これらすべてを包含しかねないことになる。というか、実際の場面では、個別の具体的存在物質に係る心象観念として顕れるため、この状態だと、とてつもなく整理しにくい。

【古事記用例】
  御身之禊・・・
   禊祓@㊤㋑伊邪那岐命・伊邪那美命⑨御身之禊㊀脱著身之物
  國之大祓@㊥⓮帶中日子天皇⓷建內宿禰:殯宮
  將禊@㊥⓮帶中日子天皇⓼伊奢沙和氣大~
  祓禊@㊦⑰[子]伊邪本和氣命㊃伊呂弟水齒別命
   📖[放言]禊のユニークさ

上記用例からして、汚穢・罪障・厄災を峻別すべきか否かが、全くわからない。

道教(魂魄思想。)・儒教(発祥は葬儀専門集団。)・仏教(当時の姿勢は薄葬。)の考え方が、「古事記」成立時に雑炊的に混然として同居していたことを意味しているのだろうが、厄介なのは、何回かの思想-信仰上の転換があったことが想定されるから、現代人の持つ<禊祓>慣習とは相当な隔たりがある点。
従って、"わからん。"とするしかないのが現実。
例えば、以下の如し。(嘔吐物や糞尿への当たり前の汚穢感とは違うのか同じか。共同体ルールの逸脱罪という見方があるのか否か。等々。)
  ・遺骸安置場訪問・・・死体忌避感は皆無では。
   (但し、葬られたが<神避>で<死>とは記載されていない。)
   その一方で、穢國との意識が披歴されている。
   穢死人との見方も一般的だったように映る。
  ・出産拝見・・・産穢観念とは無縁。
  ・月経時交接・・・血穢とは真逆での寿感覚。
(女系制であったため、親族内と非血族での穢れ概念は異なっていたということかも知れない。同腹兄妹間での性の話題はタブーだったろう。遺骸に近しい関係を厭わないのは親族のみということなら、ありそうだし。)

結局のところ、現代感覚を適当に取り入れながら読むことになる。問題は多いが、致し方ない。

【参考】
---「延喜式」@927年斎宮忌詞(汚穢罪禍)---
外七言(倭之神)…奈保留夜須美鹽垂阿世
内七言(仏教関係)…中子染紙阿良良岐瓦葺髪長女髪長片膳
別…香燃優婆塞角筈


*「古事記」を読む際は、知識人の著作ならではの論理的記述に注意を払う必要があろう。國之大祓対象と放逐された速須佐之男命の所業が類似であっても、本質的な違いがあるかも。後者は直接的な<~夜良比>の結末を迎える訳だが、大祓はこれとは違い間接的。各地の様々な<穢>への個別対処後の総括的な国家としての上位行為だから。初めて、本格的な国家統合祭祀が行われたことを意味しているかも。


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