■■■ 「古事記」叙事的訓読  ■■■
㊦ ㉒[御子]白髮大倭根子命
㊁市邊忍齒別王之妹飯豐王
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2 故かれ(○○○)
7 天皇すめらみこと_は
7    崩かむあがり-し_て
7      後のち  無→1可→2➰治→➰天あめ_の下した_(を)
6             ←をさめ_たまふ(○)
7          2←べ-く之し王みこ1←な-し也ー

7 於是ここに 問→➰日繼ひつぎ_の
5        所知しらしめす之ー
5          王おほきみ_(いかに)_を
5             ←と-ひ_まつり_(て)

7 市邊いちへ_の忍齒おしは
5   別わけ_の王みこ
7    之の妹いも 忍海おしぬみ_(の)
4         郎女いらつめ(○)
5   亦また_の名な_は
7       飯豐いひとよ_の王みこ
5 坐→➰葛城かつらき_の
5      忍海おしぬみ之の
7        高木たかき_(の)角刺つのさし_(の)
7          宮みや_に←まします 也ー

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○⑰伊邪本和氣命の皇女 飯豐王(市邊忍齒別王之妹 忍海郎)は㉒白髮大倭根子命崩御後、圧倒的な要請があって日継(日繼所知之王)とされたと記載されているが、後の政治的決断では、あくまでも王であって、即位を認めないことになっている。「古事記」下巻の冒頭文で天皇の数が合わないのは、ここらを勘案してのことだろう。34代もそれとなく記載しているので、それでお咎めを喰らうことは避けられるように配慮してあるのは言うまでもない。

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