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■■■ 「古事記」解釈 [2022.10.20] ■■■
[歌鑑賞18]何故黥ける利目
【伊須氣余理比賣】回答
阿米都都あめつつ 知杼理麻斯登登ちどりましとと 那杼佐祁流斗米などさけるとめ
㊂4-7-7

    爾 大久米命 以天皇之命 詔其伊須氣余理比賣之時
    見其大久米命黥利目 而
    思奇歌曰

胡鷰子(雨燕:西太平洋海上渡り鳥)  
鶺鴒  
千鳥  
ま鵐(しとと≒頬白)  
何故黥ける利目  何故に目に切れ目のような入れ墨をしているの

甚解り難し句だが鳥の名前4つ、としたのは本居宣長。但し、最後は真巫鳥である。鳥名を云々する必然性は極めて乏しいので、はなはだ疑問な解釈ではあるものの、代案を考えても、いかにもプアなものしか思い浮かばない。(よく思い付いたものと感心するが、最後の部分以外、全く言葉になっておらず、語彙の切れ目がさっぱり見えないから、本来なら意味不明とすべき歌である。)
例えば、あめより来た、千羽力の、武人なのに、どうして・・・という具合。
目元が黒い鳥の羅列といういうことだとすれば、伊須氣余理比賣が即興で詠んだのだろうから、刺青眼のデザインを見て、雨燕か、鶺鴒か、はたまた千鳥の真似かな、やはり頬白がお似合いかしら、というところだろう。

文身は南方海人の慣習だが、見慣れないので驚いている風情の歌ではなく、大いに面白がっていることになろう。📖入其俗従其令が太安万侶の考える道教か

言うまでもないが、大久米命は鳥装的な被り物をしていたことになる。踊りながら、近付いて、女性陣を大いに沸かせたことになる。天照大御神の気を引くことになった万座大笑いの踊り同様に、それが行儀とされていたと見る訳である。
7人のお嬢さん達は大いに楽しみ、その代表として伊須氣余理比賣が歓迎の言葉をかけ、ほぼ求婚の第一歩は成功したと言ってよいだろう。

この様な想定ができるのは、高天原から出雲へ派遣された公式な葬儀担当者が様々な鳥であったことによる。鳥装での舞踏や呪術的鎮魂祈祷が挙行されたと考えるしかあるまい。そうなると、求婚・婚約・結婚の式典も同様に執り行われていると見てよかろう。しかし、そのような風習は「古事記」成立期にはすでに忘れ去られていた可能性が強いが、隋・唐朝が整備した世界の「樂」儀式が渡来して来て、仮面舞踏様式が存在していたことに気付かされたに違いなかろう。従って、この歌もおそらくその手の儀式に基づいていると、太安万侶が判断して、このような音に解釈したということでは。つまり、求婚には手続きが必要であり、4種の鳥がその役を執り行うことになるが、すでにそれを推定できるような情報は残っていなかったことになろう。
ただ、そのような解説なしでも、思いの丈はなんとなく伝えることは可能だ。雨燕は遠方より万難を排してやって来る鳥だし、鶺鴒とは男女の睦会い的仕草での求婚アピールを行うとされている。千鳥はコミュニティ全体での喜びも悲しみも共有する性情の体現者そのものだし、最後の頬白は木の天辺に止まって胸を張って囀ることが特徴なのは皆知っていた筈だから。

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