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■■■ 「古事記」解釈 [2022.12.26] ■■■
[歌鑑賞84]天だむ軽乙女したたにも
【木梨之輕太子】天田振捕囚されても尚つのる同母妹への愛
阿麻陀牟あまだむ 加流袁登賣かるをとめ 志多多爾母したたにも 余理泥弖登富禮よりねてとふれ 加流袁登賣杼母かるをとめとも
㊄(4-5)-(5-7)-7

    故 其輕太子者流於伊余湯也 亦 將流之時
    歌曰

天だむ  あまだむ 📖枕詞「あまだむ」は"軽"専用
軽乙女  軽のお嬢さん
したたにも  しっかりと or こっそりと
寄り寝て通れ  寄り添って寝てから通って行くように
軽乙女等  軽のお嬢さん達

前歌が、軽地域での歌だったとしたら、これも間違いなく同じタイプ。(「古事記」での"歌う"は作歌を意味しているとは限らないので、ありうる。)

この歌だけ見れば、通りすがりの女性に呼びかけるナンパというか歌垣風の歌としか思えまい。最後の句は複数であり、軽乙女が輕大郎女を指すとは思えないからだが。

もっとも、本居宣長[「古事記傳」三十九巻]によれば"子等"と同じで単数でかまわないらしい。当然ながら、上記の意味は"陰に隠れて通れ"となる。
しかし、このシーンは、当初のように忍ぶ恋云々ではない。既に周知だから、聖人や儒者として振舞いたいなら別だろうが、泣く行為を除けば、忍ぶ意味はほとんどなかろう。
従って、離れている恋人にそのように言うことは考えにくい。

この様な状況で、離れていても愛を確かめ、生きて行くようにと励まし合うために歌を詠もうと考えるなら、二人が共有している想い出が題材となってしかるべきだと思うが。それが愛を伝える最強のメッセージとなるからだ。

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