→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2023.3.2] ■■■
[歌の意味35]語りたい叙事ありき
「古事記」には一切仏教に関係しそうな情報が無いが、小生は、それは太安万侶は仏教徒だったからと見る。なんといっても、同時期に成立したというに、「記紀」所収歌の漢字表記の違いが開きすぎる点が大きすぎるから。📖「記紀」で漢字選定方法は異なる(国史の音素文字は明らかに"漢音"。名称でわかるように、唐代の音を、中華帝国の標準とすることを国家として決定したことを意味しよう。仏典と「古事記」はそれより古い南朝系の発音を用いている。)
ちなみに、反仏教姿勢はあり得ない。命を受け、急遽仕上げて奉じた元明天皇が仏教普及に熱をあげているのだから。

繰り返し書いているが、太安万侶の文字化の手法はサンスクリット由来。つまり、叙事詩口誦を正確に行うために母音子音の概念をもとにつくられた天竺の言語の知識があったことになる。従って、漢訳仏典に於ける呪語音訳を見ていない限り、音素文字化などできる訳が無い。(中華帝国の漢字音表記は暗記すれば難なく使えるが、実用性一本。音声分析方法が欠落している上に、リファレンスとなる元の漢字音の固定ができていないので、実際には機能しない。<天子の定めた音にあわせよ。>というルール以外に中味はなにもない。いかにも儒教国らしき方策である。言うまでもないが、そのような唐音="漢音"を用いるということは、天子から文字使用を許可された属国であることを意味する。)

仏教外しの記載は、実に慧眼である。仏教徒だからできたのだと思う。

この方針で行くことを決めれば、中華帝国との外交にも触れる必要は無くなるし、語りたい叙事に集中し、それに係る事績をいわば注記的に記述するだけで済むからだ。
要するに、地文と一体化した歌の一塊の叙を並べたものが「古事記」と考えてよいと思う。現代目線では、それが上巻では神話に映るし、下巻では歌物語に見えるが、~と人の関係が異なるだけで、どれも同じ。(冒頭歌を詠うのは~であるが、末尾になると100%人と見なせる天皇。)

この簡素化=集中化こそが「古事記」企画の肝であると言ってよさそうに思う。国史の歌を見るに、つくづくその感が深まる。

国史とは、読者が全く知らなかった話を紹介するものではない。様々なお話の相互の位置付けを決め、話自体の内容の揺らぎを抑えることで、全体の流れを確定することに主眼がある。従って、できる限り、各天皇の治世で発生したことは、そこで全てを語り尽くしたいというのが国史プロジェクトメンバーの想いとなる。
しかし、その手の記述は、真面目に行えば行うほど情報の切り貼りにならざるを得ず、つまらぬデータ集になりかねない。従って、書き方には工夫が図られるものの、自ずと限界がある。ともかく、矛盾を最小限に抑え、網羅的記載に映り、正統性と権威を感じさせることを狙うのだからそう簡単ではない。知恵を絞れば絞るほど、素材そのものから直接的に生まれ出る感興は失われていくことになる。これは致し方ない。
但し、官僚の作文のポイントはココではない。解釈は自由自在という点を忘れてはならない。つまり、国史として承認されて定着さえすれば、政治的に都合の良いような後付け説明はいくらでも可能。それを予め予想しながら記述することがミソ。

「古事記」が簡素な説明に徹したのは、これを踏まえていることが大きい。どうせ、勝手に解釈されるのであるから、どうにでも読めるように書いてもなんの問題も無いとたかをくくったと見てよいだろう。事績を、淡々と平坦な調子で書いたところで、ほとんど意味が無いということで。
もともと、素材自体は、想定読者にとってみれば初耳な訳でもないからだ。

さらに、できる限り余分な話は省略することに決めた訳だが、こちらが「記紀」読みを旨としていると奇異な感じを受ける筈。その意図を巡って散々悩むことになろう。例えば、12代天皇段としているにもかかわらず、天皇の事績は見当たらず、皇子の活躍のみが延々と描かれるのだから。

そんな太安万侶の考え方に気付いたのが「萬葉集」編纂者と見て間違いなかろう。
地文と歌が一体化している「古事記」の後を継ぐことは無理であることを悟らされたと言ってもよい。叙事の世界は「古事記」をもって終わったのである。
漢文に、倭歌を埋め込む時代が到来してしまえば当然のこと。早晩、翻訳漢詩にならざるを得ないことを、国史の歌表記が示唆していることに気付いたと言ってもよいかも。

「古事記」は、~から離れた、人間の時代が到来という時点で歌が終わっている。
このことは、この先は、人間の主情を表現することこそが歌の意義となることを意味する。地文無しの独立歌での表現が後を継ぐことになる訳だ。(独立歌ではあるものの、おそらく歌群あっての、一首というコンセプトが出発点だと思う。)

 (C) 2023 RandDManagement.com  →HOME