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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.3.3 ■■■

腐敗僧侶と弄道術批判

「壺と貝」[→]では、<僧萬回><狂僧>が宗教行為そのものではないが、それなりの社会的役割を果たしている話を取り上げた。
しかし、宗教屋の反社会的行動にも、目に余るもの多し、というのが成式の見解。それがわかる話が採録されている。

日本でも、腐敗した坊主モノ説話は有名である。反社会的動きまでははいかぬが、"これも又仁和寺の法師"の行状を知らぬ人無しな訳で。
この手の説話にはこと欠かないが、すでに述べたが、これらをも「怪奇話」として扱う岡本綺堂本の姿勢はどうかと思う。[→「刺青」]
そこでは、「唐櫃の熊」とタイトルをつけた話も収載されている。これは意訳バージョンの「長持の仔牛」で、日本では、まごうことなき説話の類。怪物や靈は全く登場しないし、天の力も一切働いていない通常の世界だ。大袈裟にとればフィクションだが、似た様なことはアルアルと誰もが感じるストーリーである。

なにせ、描かれているのは、僧侶のいかにもありそうな腐敗に過ぎぬから。

もちろん、コレ、日本でもそれなりに知られている話。
ただ、日本版は高僧の悪知恵の面白さと悪事加担への手下のサボタージュが入れ込んであるし、悪だくみの僧侶が殺される訳でもない。ニュアンスは異なると言うか、おだやかな表現に代えられているのだ。
   「ささやき竹物語」(Video)@西尾市岩瀬文庫

これに対して、原型の「唐櫃の熊」版は僧侶=盗賊。僧侶は熊に喰われて最期を遂げるのだから凄い。
寧王常獵於縣界,搜林,忽見草中一櫃,鎖甚固。
王命發視之,乃一少女也。問其所自,女言:
“姓莫氏,叔伯莊居。昨夜遇光火賊,賊中二人是僧,因劫某至此。”
動婉含顰,冶態生。王驚ス之,乃載以後乘。時慕犖者方生獲一熊,置櫃中,如舊鎖之。時上方求極色,王以莫氏衣冠子女,即日表上之,具其所由。上令充才人。
經三日,京兆奏縣食店有僧二人,以錢一萬,獨賃店一日一夜,言作法事,唯舁一櫃入店中。夜久,膊有聲。店戸人怪日出不啓門,撤戸視之,有熊沖人走出,二僧已死,骸骨悉露。
上知之,大笑,書報寧王:
“寧哥大能處置此僧也。”
莫才人能為秦聲,當時號“莫才人囀”焉。
[卷十二 語資]
唐の寧王が熊狩りに。
林のなかで櫃発見。劫盗によって中に閉じ込められていた美少女を救出。櫃には熊を代わりに入れておく。
美女募集中だった帝は、早速、その少女を宮中の才人にとりたてる。
一方、劫盗一味の二人の僧が、法事用と称して貸切った部屋にくだんの櫃を持ち込む。翌朝、部屋の扉を開けると、熊が逃げ去り、残っていたのは骸骨。
帝にその話を奏上すると、大爆笑。寧王の措置は素敵とお褒めに。その後、少女は才人として囃される。


この話は、南方熊楠が取り上げており、(「"民俗学 美人の代わりに猛獣"」@全集第四巻 雑誌論考II)日本の説話だけでなく、インド等々にも広がっているという。尚、日本では、広範囲に「ささやき竹物語」とは異なるバージョンの説話が残っているそうな。なんと、腐敗した仏僧話ではなくなっているト。喜界島収録説話が典型らしい。・・・願掛けに来た娘に対し、お社に隠れた男が神のふりをして"お告げ"。真に受けた娘がお輿入れ。ところが、それは嫁の代わりに牛という次第。 (松坂修二:「中世の説話」東京書籍 1979 pp183によれば、関敬吾が収載。)日本型言論抑圧文化は、この時代に確立したようだ。

仏教だけでなく、道教についても、こうした反社会的な動きがみられるとして、成式はかなり批判的な立場をとっている。結構、リスキーな記述だと思うが、敢えてそのような話を収録している訳だ。
特に、王朝の姿勢についての問題意識はかなり先鋭化していそう。・・・
玄宗學隱形於羅公遠,或衣帶、或巾脚不能隱。
上詰之,公遠極言曰:
 “陛下未能脱屣天下,而以道為戲,若盡臣術,必懷璽入人家,將困於魚服也。”
玄宗怒,慢罵之。
公遠遂走入殿柱中,極疏上失。上愈怒,令易柱破之。
復大言於石中,乃易觀之。
明瑩,見公遠形在其中,長寸餘,
因碎為十數段,悉有公遠形。
上懼,謝焉,忽不復見。
後中使於蜀道見之,
公遠笑曰:“為我謝陛下。”
[卷二 壺史]
玄宗肯定は隠形の術に凝り、羅公遠から学ぶ。しかし、衣の帯とか、頭巾の脚が残ってしまい姿を隠すことはできなかった。
詰問すると、公遠はきっぱりと言い放つ。
「陛下は天下から脱することができないのに、戯れで道術を学んでおられる。もしも、臣下として教えてしまえば、璽を懐に入れて人家に忍び入るに違いありません。人々は、まさに、そのお忍びに困り果てることでしょう。」
玄宗怒る。そして罵倒。

公遠は遁走し、宮殿の柱の中に入り、上帝の過失を洗いざらい公言。
帝はさらに怒りが募り、柱をはずして破壊させた。
すると、公遠はその礎石の中に入り込む。再び大声をあげる。礎石を替えても、透明になってその中に身の丈一寸の公遠が見てとれた。
そこで、さらにそれを砕いて十数個の破片にしたのだが、それぞれに公遠の姿があった。
上帝は懼れ、謝罪。しかし、公遠は見えなくなってしまった。
その後、中使が蜀道で公遠を見かける。
公遠は笑いながら言った。
「私にかわって、陛下に謝っておいて下さい。」


要するに、成式は、道教の「呪術」で弄ぶ姿勢を嫌っているのである。それは、篇名に「天咫」という難しい言葉を使っていることからもわかる。
今村訳では、一応、"天界の不思議"となっている。
しかし、その注によれば、字義から言えば、"天"の道を些少しか知らぬということ。つまり、そんな状態で民を治めることがどうしてできようという主張を散りばめた著作であるゾと言っているようなもの。

典型はコレ。・・・

舊言月中有桂,有蟾蜍,故異書言月桂高五百丈,下有一人常斫之,樹創隨合。人姓呉名剛,西河人,學仙有過,謫令伐樹。釋氏書言須彌山南面有閻扶樹,月過,樹影入月中。或言月中蟾桂地影也,空處水影也,此語差近。 [卷一 天咫]

古くから、月中に桂の木が在り蟾蜍が棲んでいるとされる。ものの本によれば、高さ500丈の巨樹。そんな木の伐採役がいる。
しかし、切ったそばから、その傷はすぐ塞がるので、仕事はキリがない。
呉名剛という男だが、仙術を学んで、それを用いて過誤を犯したので、月に追放されて、このような状態にあるのだそうな。


繰り返すが、成式本を怪奇譚収録集と見るのはどうかと思う。龍之介の「侏儒の言葉」より冴えていると思うが。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.
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