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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.10.11 ■■■

仙桃話

「酉陽雑俎」には、3タイプの桃話が収載されている。
同じ箇所でまとめて議論したりせず、読者に気付かせるような仕掛けなのだろう。

1つ目は、「辟邪」。多分、"桃符"の原点。
   「桃信仰の変遷」
様々なコンセプトと融合するので、概念は曖昧になる。"仙桃"とは何を意味するのかはっきりしているとは言い難いということ。しかし、道教お得意のご都合主義に基づいて定義される。そう感じない人が大部分かも。

2つ目は、桃の威力で長寿化とまでは言えないが、そのようなイメージを与える果実として。(長白山に入って、桃2ツ食べたら、それが娑婆世界2年に相当しただけのこと。)
   「異界の時間」【聖山の時間】
仙界の果物らしさがあるなら桃にこだわる必要はなかろう。しかし、簡単に食べることができるという点で桃に勝るものは無さそう。

この2つを踏まえて、3つ目を見ると面白い。もっとも、上記と同類と考えてしまう人も多そうだが。・・・

史論在齊州[@山東済南]時,
出獵
[=猟],至一縣界,憩蘭若[=精舎]中。
覺桃香異常,訪其僧。
僧不及隱,言近有人施二桃,
因從經案下取出獻論,大如飯碗。時饑,盡食之。
核大如卵,論因詰其所自,僧笑:
 “向實謬言之。此桃去此十余裏,道路危險,
  貧道偶行見之,覺異,因數枚。”
論曰:
 “今去騎從,與和尚偕往。”
僧不得已,導論北去荒榛中。經五裏許,抵一水,
僧曰:
 “恐中丞不能渡此。”
論誌決往,乃依僧解衣戴之而浮。
登岸,又經西北,渉小水。
上山越澗數裏,至一處,布泉怪石,非人境也。
有桃數百株,枝幹掃地,高二三尺,其香破鼻。
論與僧各食一蒂,腹果然矣。
論解衣將盡力苞之,
僧曰:
 “此或靈境,不可多取。貧道嘗聽長老説,
  昔日有人亦嘗至此,懷五六枚,迷不得出。”
論亦疑僧非常,取兩個而返。
僧切戒論不得言。
論至州,使招僧,僧已逝矣。

[卷二 玉格]
史論が斉州に住んでいた時のこと。
狩猟に行き、県境にさしかかったので寺院で休憩。
異常とも思える桃の香を覚えたので、そこの僧を訪れて尋ねた。
僧は隠そうともせず、最近、桃を2ッお布施された方あり、と。
経案の下からそれを取り出して史論に献上。
その大きさは飯碗ほど。
空腹を感じていた時だったので、それを食べ尽くしてしまった。
残った核は鶏卵の大きさ。
史論はどんな処から来たのか詰問。
僧は笑って、
 「実は、先のご説明は偽り。
  この桃は、ここから10里余り離れた場所のもの。
  しかし、そこまでの道路は危険で、
   ガレ場でたまたま見つけたモノ。
  異なるモノと見て、数個採ってきたのです。」と。
史論すかさず、
 「お供無しで、和尚様とご一緒させて頂き、
   そこに往ってみたい。」と。
僧侶はやむを得ず、史論を導き、北の荒れ放題の地へ入った。
5里ほど行ったところで、小さな川がいく手に。
僧は言った、
 「恐らく、中丞殿は、この川を渡れないと思います。」と。
しかし、史論の決意は堅かったので、僧は衣類を脱ぎ、
 史論を上に載せて泳いで渡った。
岸を登り、さらに西北に進み、小川を渉った。
さらに、尾根を歩き、山を越え、渓谷を渉り、数里。
泉が湧き、奇怪な岩石がある、人が住む世界とは違う場所についた。
そこには、高さが二〜三尺の桃の木が數百株あり、幹や枝が地を掃うが如く。
その強烈な香が鼻をおそってきた。
史論と僧侶は、それぞれ、一個づつ桃の実を食べたところ、
 満腹感が訪れた。
史論は出来る限り持ち帰ろうと、衣を解いて、桃の実を包もうと。
ところが僧が警告。
 「この地は霊境。
  多くを採取してはなりませぬ。
  拙僧は嘗て長老から聞かされたことがあります。
   昔、ここに来られた方がおり、
   5〜6個を懐にしたのですが、迷って出られなかった、と。」
史論はこの僧侶が尋常ではなさそうと見ていたので、
 桃の実を2ッだけ採って引き返して来た。
僧侶は、このことは他言無用のことと戒めた。
史論は州に戻ってから、その僧侶をご招待すべき遣いを出した。
僧は逝去していた。


ここでの桃だが、多少は大きいとはいえ、普通の桃と違っている点とは、矢鱈に香気が強いというだけにすぎまい。僧侶が貰い物と言ってもそれほど違和感がなさそうなモノなのだから。
そして何よりも重要なのは、中丞はそれを食したにもかかわらず、満腹感以外の影響は何も出てないのである。もちろん、僧は消えた訳だが、それ以外に奇怪な現象は全く発生していない。にもかかわらず、それを"仙桃"と見なすとしたら、根拠薄弱であり、恣意的にそう見なしていると言わざるを得まい。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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