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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.10.26 ■■■

反本草金石

李時珍:「本草綱目」@1596の金石の部には、「酉陽雑俎」からの引用が3箇所ある。
<金石之一 金類二十八種>
【古鏡/秦鏡
《酉陽雜俎》云:無勞縣舞溪石窟、有方鏡,徑丈,照人五臟,雲是始皇照骨鏡。

<金石之二 玉類一十四種> 無し.
<金石之三 石類上三十二種>
【石腦油/石脂/石漆
《酉陽雜俎》載:高奴縣有石脂水,膩浮水、上如漆,采以膏車及燃燈。康譽之。

【石炭/石墨
《酉陽雜俎》云:無勞縣出石墨,爨之彌年不消。

<金石之四 石類下四十種> 無し.
<金石之五 鹵石類二十種,附録二十七種> 無し.

しかし、内容的には、「本草」とは全く無関係である。

【古鏡/秦鏡】とは呪術的な信仰対象となりそうな鏡のお話。およそ薬物とは無関係。
   「珍品(貢物とお宝)」[卷十 物異]

しかし、そのような特別なモノこそ服用すれば絶大な効用ありというのが道教の発想。もちろん、始皇帝の鏡でなくとも、呪術的に使われていた古い鏡は、服用すればその力を頂けるという調子の理屈。それは現代の中華帝国でも、なんだろうと食すという言い方に変わっただけで、あいもかわらず生き続けている。
その原点は、超古代の戦いだと思われる。・・・戦いは一種の祭祀でもあったのは間違いなく、そこで勝利し、敵の勇猛な将の脳あるいは心臓を食べてその力を頂戴することに最大の眼目があった筈だから。

実際、最古の本草書であり、唐代の基本テキストだった「神農本草経」の玉石部下品には、「錫銅鏡鼻」が記載されている。(下品とは、毒性もあるので頓服的に治療用に使用せよとのカテゴリーを意味する。)
その名称からみて、青銅製鏡の取手部分を粉にしたものを服用したのであろう。
 錫銅鏡鼻,
 主治女子血閉,伏腸,絶孕。一名解錫。生貴陽山谷。


銅錆の緑青は毒ではないから、特段の薬効があるとは考えにくい。ただ、"解錫"ともされているから、特殊な化学反応で錫イオンを多量に摂取するということかも知れないが、それは考えにくかろう。
「錫銅鏡鼻」とは、「粉錫」の一処方としてあげられているのだと思われる。
 粉錫
 味辛寒。主治伏屍毒螫,殺三蟲。

もともと、錫は錆びないからこそ食器用に人気があった訳で、固体を摂取したところで作用が見られるとはとうてい思えないが、イオンとして大量に取ることができるなら体調を崩す筈である。常識的にはありえそうにはないが。

一方、【石腦油/石脂/石漆】と【石炭/石墨】だが、「酉陽雑俎」ではどちらも燃料としての素晴らしさを指摘しているだけ。
これ又、「本草」とは全く無関係である。
木と違って、長く燃えるので素晴らしいという指摘以上ではない。服用となれば、何処の産かが問われるので、お墨付きはココということで引用されているだけかも知れぬが、迷惑な話である。
   「珍品(石)」[卷十 物異]

こちらは、「神農本草経」には採用されていない。収載されている石膏や石灰なら、使い方によっては、それなりの意味はあろうが、石炭や石油をいくら服用したところでほとんど意味がなかろう。しかし、道教が盛んな唐代ではそのような見方をする輩はただではすまなかったに違いない。
なにせ、後世の本草でも薬効ありとされているのである。唐代もそのように扱われていた可能性は高かろう。
道教の見方とは、無機物の金石は、朽ちることもなく、それを服用すれば不老不死を実現できるとのドグマを後生大事に抱えていたのである。それを表だって否定すれば、命に係る可能性さえあったに違いない。
中華帝国とは命の価値が低い社会なのだから。

ともあれ、「神農本草経」の玉石部上品にリストされている剤は不老不死に繋がるとされていた。下々ではとても入手できないことが、より権威を増したということでもあろう。帝から始まって、丹沙や水銀といった毒が喜んで服用されていたのはご承知の通り。
さらには、山谷で採取される白石英までも。(現代語彙の水晶を指すのだろう。)
後世に至っても、と言うか、今でも中薬の基本テキストとして通用している「本草綱目」第八巻金石部石之二玉類一十四種には貴石類がこれでもかとあがる。(玉屑/玉泉,白玉髓,青玉/玉英,青琅,珊瑚,馬腦,寶石,玻,水精,琉璃,雲母,白石英,五色石英,紫石英,菩薩石)現代の知識からすれば、二酸化珪素鉱物が並んでいることになるが、美しいものを服用することに意味があるという発想であろう。護符を飲む感覚と同じようなもの。
成式的に言えば、美しいものを豪勢に使おうというなら、折角の美しさを壊す喜びではなく、輝きを愛でる方策たるべしだろう。
  敬伯懼水,其人令敬伯閉目,似入水中,
  豁然宮庭宏麗。見一翁年可八九十,坐【水精】
[=水晶]牀。
   [卷十四 諾皋記上]

ただ、見逃してはいけないのは、毒性ある金石の服用など、およそ馬鹿げていると考えていた人々が存在していたこと。反権力勢力と見なされるから、資料的に追うことはまず不可能であるから、想像にすぎぬが。・・・「酉陽雑俎」を読んでいると、そのような見方があったのは間違いなかろうとなる。
成式の書き方から見て、多くの医家はそう考えていたと見てもよかろう。ただ、権力と結びついている道教教団には逆らえずである。官僚に危険人物と見なされれば、どうなるかはわかりきったこと。
しかも、医家は社会的ステータスは極めて低かったのである。その社会的影響力は限定的と見てよかろう。
社会の趨勢は、薬草より高貴な金石服用を唱える道家の唱える処方を善しとする方向だったのである。

成式はそんな社会の流れとは一線を画していたように見える。

─・─二酸化珪素系鉱物─・─
珪砂/Quartz sand
珪石/Silica stone
六角錐柱状石英結晶・・・水晶/Rock crystal,紫水晶/Amethyst,黄水晶/Citrine,黒水晶/Morion,紅水晶/Rose quartz,乳水晶/Milky quartz
潜晶質石英・・・碧玉/Jasper,玉髄/Charcedony,瑪瑙/Agate[白瑪瑙=佛頭石]


(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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