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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.10.27 ■■■

食材本草

段家菜の2代目として、成式は、食には目がなかった筈だから、李時珍:「本草綱目」@1596の穀と菜の部に「酉陽雑俎」からの引用が多いかと思いきや、僅かに4ッ。穀は約70種、菜など約100種も記載されているというのに。

さらりと見ておこう。

<穀之一 麻麥稻類十二種> 無し.
<穀之二 稷粟類一十八種> 無し.
<穀之四 造釀類二十九種> 無し.
<穀之三 菽豆類一十四種>
《酉陽雜俎》云:樂浪有挾劍豆,莢生斜,如人挾劍。即此豆也。
【刀豆/劍豆】 →「平壌に刀豆」
挾劍豆,樂浪東有融澤,之中生豆莢,形似人挾劍,斜而生。
  [卷十九 廣動植類之四 草篇]
ナタ豆は莢を野菜として食べることもできるが、近郊百姓が栽培していなかったので豆としてのみしか利用できなかったのだと思われる。

上流階級にとっては、穀類や豆類への拘りといえば、先ずは味と食感で、次が見かけだろう。長寿だ健康だといった発想があったとは思えぬ。
網羅性と前例重視の発想でまとめた書であると、すべての食材に効能を設定せざるを得ないということだろう。

さて、菜の方だが、所謂、野菜だと、ナスのみが引用されている。
<菜之一 葷菜類三十二種> 無し.
<菜之二 柔滑類四十一種> 無し.
<菜之四 水菜類六種> 無し.
<菜之三 菜類一十一種>
《酉陽雜俎》言:茄濃腸胃,動氣發疾。蓋不知茄之性滑,不濃腸胃也。
【茄】
茄子,茄字本蓮莖名,革遐反。今呼伽,未知所自。
成式因就節下食有伽子數蒂,偶問工部員外郎張周封伽子故事,張雲:
 “一名落蘇,事具《食療本草》。此誤作《食療本草》,元出《拾遺本草》。”
成式記得隱侯《行園》詩雲:
 “寒瓜方臥壟,秋鱒ウ滿陂。紫茄紛爛,壕郁參差。”
又一名昆侖瓜。
嶺南茄子宿根成樹,高五六尺。姚向曾為南選使,親見之。
故《本草》記廣州有慎火樹,樹大三四圍。慎火即景天也,俗呼為護火草。茄子熟者,食之厚腸胃,動氣發疾。根能治竈。欲其子繁,待其花時,取葉布於過路,以灰規之,人踐之,子必繁也。俗謂之稼茄子。僧人多炙之,甚美。有新羅種者,色稍白,形如卵。西明寺僧造玄院中有其種。
《水經》雲:
 “石頭四對蔡浦,浦長百裏,上有大荻浦,下有茄子浦。”

  [卷十九 廣動植類之四 草篇]
実に詳しい。名前の由来を考えてみた話から始まっている位で、重要な野菜であることを指摘したかったのだと思う。出自はわからぬと言いながら、この文字は蓮の茎を意味すると書いているから、インドから渡来したと見てよかろうと示唆している訳である。
悪くない推定と言えよう。

栽培にたいして手間をかけなくても沢山成るし、焼くだけで美味しいから、僧侶の大好物になっていると言っている。ここが肝。
料理に凝っていた段家としては、夏の野菜として、これほど調理し易いものは無かろうということで、注目していたのではあるまいか。

ただ、熟れたら食べるなとのご注意がつく。そんなものを沢山食べれば、胃にもたれて当たり前だが。別に、健康的にどうのこうのではあるまい。いかにも本草的に書いてみただけ。
体裁を整えるために、根が薬になるとの説もあると付け加えているにすぎない。それは成式にとってはどうでもよい話なのである。
もっとも、真面目な李時珍はそうはとらないが。

キノコも野菜である。
<菜之五 芝類一十五種>
キノコフェチの可能性もある成式が書いたのだからと、ここらが華で、本来なら「酉陽雜俎」の記述すべてを引いてきてもおかしくないの。
ところが、そうではないから面白い。
草篇総叙の一行を引いてきただけなのだが、それにわざわざコメントがついているのである。

《酉陽雜俎》云:屋柱無故生芝者,白主喪,赤主血,K主賊,黄主喜;形如人面者亡財,如牛馬者遠役,如龜蛇者蠶耗。
時珍嘗疑:芝乃腐朽余氣所生,正如人生瘤贅,而古今皆以為瑞草,又云服食可仙,誠為迂謬。近讀成式之言,始知先得我所欲言,其揆一也。又方士以木積濕處,用藥敷之,即生五色芝。嘉靖中王金嘗生以獻世宗。此昔人所未言者,不可不知。
【芝】
屋柱木無故生芝者,白為喪,赤為血,K為賊,黄為喜。其形如人面者亡財,如牛馬者遠役,如龜蛇者田蠶耗。  [卷十六 廣動植類之一 草篇総叙]
屋根の柱の木材に故なくしてキノコが生えてくることがある。
白色だと喪、赤色だと血、K色だと賊、黄色だと喜びを意味する。
その形が、人面のようだと財産を失うし、牛馬のようだと遠方に労役に飛ばされ、龜や蛇のようだと田が消耗してしまう。


李時珍は、嫌味な書き方が癇に障ったようである。成式は、はなから、この手の占い的なものの見方を半ば冗談でうけとっている。それが故に、屋根も手入れをしなければキノコが生えてくるし、うかうかしていると家が傾くそと言っているにすぎまい。
キノコは美味い食べ物であって、長命祈願の縁起モノとは思って食べいる訳ではないから、わざわざ縁起悪しの一覧をつけてみたのであろう。ところが、後世の李時珍先生、これは聞き捨てならぬとばかり、御怒りの態。成式先生、墓のなかからしてやったりであろう。

《酉陽雜俎》云:代北有樹,如杯 ,俗呼胡孫眼。
其此類歟?
【天花蕈/竹肉/胡孫眼/猿の腰掛け
 →「竹芝」
竹肉,江淮有竹肉,生竹節上如彈丸,味如白,皆向北。有大樹,如卷,呼為胡孫眼。 [卷十九 廣動植類之四 草篇]
立派なご尊名付のキノコだが、竹に生えたりするだけ。食感も今一歩で、味もとりたてて書くほどのこともなし。
これぞ仙人食の最たるものの一つと意気込む李時珍先生はさぞかし面白くなかったことだろう。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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