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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2016.12.9 ■■■

世界最小の獣

「卷十九 廣動植類之四 草篇」に収載されているが、毛篇[獣]が妥当だと思わる話について。・・・

異蒿,
田在實,布之子也。大和中,嘗過蔡州北。
路側有草如蒿,莖大如指,其端聚葉,似鷦鷯在顛。
折視之,葉中有小鼠數十,
才若p莢子,目猶未開,啾啾有聲。

奇妙な"蒿"の話を耳にした。
節度使等を歴任している古くからの名門家の息子がたまたま目にしたというから、以下は本当のことだと思われる。・・・
路の傍らにヨモギのような草が生えていた。
茎は指位の太さで、その先端には葉が集まって塊ができていた。
しいて言えば、あの小さな小鳥、鷦鷯
[ミソサザイ]が苔などで作る地上の巣を天辺にもってきたような感じ。
なんだろうこいうことで、その部分を折って中をじっくり視た。
すると、その葉のなかに小鼠が数十もいたのである。
その大きさといえば、ほとんどp莢
[サイカチ]の実と同じ。目はまだ開いていなかった。小さい声でないていた。

段成式が動植物の観察好きであるのを知って、これは凄いものを見たということで、ご報告にやってきたのだと思う。
もちろん、段家菜で一杯の楽しみが待っているからだが。

流石の、成式もそんな小さな鼠がいるとは思えず、と言って嘘でもなさそうだから、頭をかかえたに違いない。
草地で茎の途中で巣作りする、二十日鼠より小さな、萱鼠は知っていても、流石にそこまで小さい子供は生まれそうにないからだ。
そうなると、特定の珍しい植物に依存して生活するしかない希少動物の類だと判定したのであろう。
理屈からすれば、そう悪くない考え方である。

しかし、その推定はおそらく間違い。
この植物、餅草として用いる蓬だと思う、(艾[もぐさ]に使う蕭[よもぎ]と言ってもよいが。)あるいは、その辺りの普通の植物でもかまわぬ。
そのような鼠がいてもおかしくないからだ。

話はとぶが、日本人のネズミ分類観は極めて雑。"鼠"名の動物は極めて多岐に渡っており、小動物はなんでもネズミと呼んでヨシとする体質なのだ。
   「鼠の多様性には恐れ入る」[2015.10.26]
例えば、こんな具合。
/Rat [熊, 溝]
/"spiny" Rat
二十日/Mouse
/"field" Mouse [赤, 姫, 萱]
[ヤマネ]/Dormouse
/Vole [谷, スミス]
/Lemming
荒地/Gerbil [砂]
絹毛/Hamster
天竺[モルモット]/Guinea pig
出歯/Mole rat
/Beaver
[リス]/Squirrel
/Hedgehog
/Shrew [川, 東京/Ezo leas]

一覧を示されたところで、当該の鼠がどれに当たるか想像がつく訳ではないが、最後の尖鼠類が答を解く鍵。川鼠ではなく、東京尖鼠の方。
滅多に捕獲できない、蝦夷地に棲む種で(東京には棲息していない。)、一回、お目にかかると絶対に忘れることがない動物である。と言うのは、世界最小の哺乳類の可能性が高いからだ。
   「故トウキョウトガリネズミ」[2013.10.11]

このネズミ、掌に載せた、"大き目の殻付き落花生"という印象を与える。もちろん、それで成鼠なのだ。
一般の鼠の親と子の大きさの比率が適応できるとすれば、p莢[サイカチ]の実程度というのは納得できる話。

言うまでもないが、東京尖鼠は大陸に棲む種の日本に於ける変種である。
しかし、大陸の方が広大だから発見し易いとは限らない。少なくとも、唐代では、その存在は全く知られていなかった可能性の方が高いと思う。

(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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