表紙 目次 | ■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2017.5.27 ■■■ 西域の節会歌踏舞「ソグド商人」[→]では"胡旋女"を引用した。「エスニック伎樂」[→]では、"九部樂"時代の話を。 唐代は楽舞もインターナショナルだったのである。 「舊唐書」巻二十九 志第九音樂二には、"四夷之樂"的発想で細かく解説されている。 西戎は、亀茲/クチャ, 疏勒/カシュガル, 安国/ブハラ, 康国/サマルカンドであり、これに、高昌/トルファン, 焉耆國[亀茲と高昌の間], 西涼[敦煌]が加わる。 他もあるのだが、実際には下火だったようである。 東夷:高麗, 百済 南蛮:扶南, 天竺, 驃國 北狄:鮮卑, 吐谷渾, 部落稽 さて、ここでは玄宗に信任された張説[667-730年]の詩を引用しておこう。・・・ 「雑曲歌辞 蘇摩遮」 唐 張説 其一 摩遮本出海西胡,琉璃宝服紫髯胡。 聞道皇恩遍宇宙,来将歌舞助歡娛。 其二 綉装帕額宝花冠,夷歌騎舞借人看。 自能激水成陰気,不慮今年寒不寒。 其三 臘月凝陰積帝台,豪歌急鼓送寒来。 油囊取得天河水,将添上寿万年杯。 其四 寒気宜人最可怜,故将寒水散庭前。 惟愿聖君無限寿,長取新年續旧年。 其五 昭成皇后帝家親,榮樂諸人不比倫。 往日霜前花委地,今年雪后樹逢春。 蘇摩遮と語彙的には違うが、婆羅遮が「酉陽雑俎」卷四 境異に登場する。 西域の言葉の音を文字化しただけだから、おそらく同じものを指す。 蘇莫遮,西戎胡語也。正雲颯磨遮。此戲本出西亀茲国,至今由有此曲,此国渾脱、大面、撥頭之類也。 [慧琳:「一切経音義」卷四十一@807年] 節会に行われる踏舞である。前者は亀茲だろう。・・・ 【婆羅遮】,並服狗頭猴面,男女無晝夜歌舞。八月十五日,行像及透索為戲。 焉耆國,元日、二月八日【婆摩遮】,三日野祀。 四月十五日遊林。五月五日彌勒下生。七月七日祀先祖。九月九日床撒。十月十日王為<冒犬>法。王出首領家,首領騎王馬,一日一夜處分王事。 十月十四日作樂至歲窮。 (参考) 姜伯勤:「敦煌悉磨遮为苏摩遮乐舞考」敦煌研究 1996年 (参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載. 「酉陽雑俎」の面白さの目次へ>>> トップ頁へ>>> (C) 2017 RandDManagement.com |