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■■■ 「酉陽雑俎」の面白さ 2018.1.10 ■■■

[学び] 禅宗祖師の姿勢

金剛経霊験譚の話をしているのに、突然、時代が全く異なり、しかも日本の禅師である白隠慧鶴[1685-1768年]が登場したので、驚かれたかもしれない。[→]
それに加えて「無門関」まで眺めるとなると、どういう風の吹き回しと感じるのが普通かも知れぬ。[→]

しかし、その理由は単純。「酉陽雑俎」の本質を考える上で、白隠的思考にヒントが隠されていると思うから。その流れで公案集を取り上げたのである。
その辺りをご説明しておこう。

ご存知 白隠慧鶴禅師は、布教活動に専念するためには僧侶の資格が不可欠だから、妙心寺で最低限必要な認可要件を取得している。だが、それ以後、本山にはできる限り係りを持たないようにと、駿河の地で活動。にもかかわらず、臨済宗中興の祖と言われている。つまり、その頃の禅宗と言えば曹洞宗と黄檗宗で、臨済宗は風前の灯だった可能性が高い。白隠の公案禅カリキュラム導入のお蔭で人気僧侶を輩出させることに成功し、力を取り戻したと見てよかろう。
【法嗣】 釈尊/釈迦牟尼佛⇒・・・⇒菩提達磨⇒慧可⇒・・・⇒"六祖"慧能⇒・・・⇒黄檗希運⇒臨済義玄⇒・・・⇒石霜楚円⇒楊岐方会⇒白雲守端⇒五祖(東山)法演⇒・・・⇒松源崇嶽 {@"禅宗僧侶[「無門關」に登場する禅師]の系譜"}
⇒運庵普厳⇒虚堂智愚⇒"入宋"南浦紹明/大応国師⇒宗峰妙超/大燈国師@大徳寺⇒関山慧玄@妙心寺⇒授翁宗弼⇒無因宗因⇒日峯宗舜⇒義天玄承⇒雪江宗深⇒東陽英朝⇒大雅匡⇒功甫玄勲⇒先照瑞初⇒以安智察⇒東漸宗―⇒庸山景庸⇒愚堂東寔⇒至道無難⇒道鏡慧端⇒白隠慧鶴[1685-1768年]⇒峨山慈棹⇒・・・
何故に、系譜を持ち出したかといえば、"六祖"慧能[638-713年]の仏教帰依の切欠が金剛般若経だったからである。つまり、禅宗においては、極めて重要な経典と言える訳だ。・・・
…慧能嚴父本貫范陽,左降流於嶺南,作新州百姓。此身不幸,父又早亡,老母孤遺,移來南海;艱辛貧乏,於市賣柴。
  時有一客買柴,使令送至客店;客收去,能得錢,卻出門外,見一客誦經。
  能一聞經云:
  「應無所著,而生其心。」
心即開悟,遂問客誦何經。
  客曰:「金剛經。」
  復問:「從何所來,持此經典?」
  客云:「我從州黄梅縣東禪寺來。其寺是五祖忍大師在彼主化,門人一千有餘,我到彼中禮拜,聽受此經。大師常勸僧俗,但持金剛經,即自見性,直了成佛。」
 :
慧能辭違祖已,發足南行,兩月中間,至大嶺逐後數百人來,欲奪衣
一僧俗姓陳,名惠明,先是四品將軍,性行粗燥,極意參尋,為衆人先,趨及慧能。
慧能擲下衣,隱草莽中。
惠明至,提不動,乃喚云:
「行者!行者!我為法來,不為衣來。」・・・

  [「六祖壇經」自序品第一]

それでは、その金剛経のどこが肝かということになるが、一般には、"空"という言葉は使われていないものの、その概念とされている。
しかしながら、臨済宗が重視する、宋代の百則の公案集「碧巌録」を見ると、第九十七則で引用されている《金剛經》の文言は、そこではない。・・・
《金剛經》云:「若為人輕賤,是人先世罪業,應墮惡道。以今世人輕賤故,先世罪業,則為消滅。」
若しも、他人に軽蔑されたなら、
それは、その人が先の世で行ったことの罪の反映。
その対応としては、地獄のような悪道に陥るのが本筋。
ところが、
今の世で、軽蔑される程度のことで、
先の世の罪がたちまちにして消滅したのである。

ただ、原文[能浄業障分第十六]の、前後が省略されている。
【直前】「復次,須菩提!善男子、善女人,受持讀誦此經,
また次だが、
須菩提よ、善男子善女人、この経を受持し、読誦して、

【直後】當得阿耨多羅三藐三菩提。」
まさに阿耨多羅三藐三菩提[完璧な悟り]を得べし。 
【残り】「須菩提!我念過去無量阿僧祇劫,於燃燈佛前,得八百四千萬億那由他諸佛,悉皆供養承事,無空過者;
若復有人,於後末世,能受持讀誦此經,所得功コ,於我所供養諸佛功コ,百分不及一,千萬億分,乃至算數譬所不能及。」
「須菩提!若善男子,善女人,於後末世,有受持讀誦此經,所得功コ,我若具説者,或有人聞,心則狂亂,狐疑不信。
 須菩提!當知是經義不可思議,
 果報亦不可思議!」


おわかりのように、「續集卷七 金剛經鳩異」所収の話と同じようなもの。
ここで、何故に、白隠禅師がでてくるかといえば、出家後に信仰中断するところだったから。と言っても、これではなんのことかわからぬか。・・・
禅の歴史を学び始め、最高指導者クラスの巌頭禅師が賊難で害されたことを知り衝撃を受けたのである。金剛経の霊威を思い描いていたからこそ、若くして出家したというのに、禅師に法力があるとはとうてい思えないような事実を知り、希望を失った、というより、絶望したのである。ただ、折角、僧の道に入ったのだからということで、なんとなく続けたに過ぎないのだという。[白隠:「壁生草」@1767年…《巌頭の末後に疑念を抱く》"巌頭と言えば、当代きつての英傑ではないか。その傑僧でさえ、生きながら賊の手胸中大いに悩んだのである。数里の外にまで聞こえ、そのまま果てた、とある。" 芳澤勝弘「白隠禅師法語全集」第3巻 禅文化研究所 1999年]・・・「無門関」十三 コ山托に登場の巌頭禅師

言うまでもないが、段成式に言わせれば、いかに尊敬に値する高僧だろうが、それこそ犬同様と見なされて斬殺されることもあるのが現実世界、となろう。腐敗した僧など五万といるし、弾圧を喰らえば宗派の態をなさなくなるのを自分の眼で見ている訳で。つまり、それを踏まえて、金剛般若経の霊譚を読めということに他ならない。従って、それをどう解釈するかは、公案と同じで、読み手に任されているのである。
そのように考えると、「酉陽雑俎」とは、在家用の公案的仏教書とも言えるのである。
しかし、そう感じる人は滅多にいまい。高校生用歴史教科書や宗派ムック本は、上座部仏教批判で大乗仏教が生まれたことは大々的に記すが、出家修行と在家信仰の峻別については曖昧そのものだから。これは大乗以上の思想的大転回であるにもかかわらず、何時、誰が中心になって生まれた流れかわからないように記載されており、結節点など存在しなかったように見えるからだ。
少し考えればわかると思うが、そんな馬鹿なことがあろう筈がなかろう。

従って、自分で考えるしかない訳だが、もしかすると白隠の登場が結節点と言えるかも知れない。栄西&道元の禅宗はあくまでも出家者の宗教。だが、在家信者獲得に力を発揮した弟子も続出したからこそ、日本全国に広がったのは確かだ。曹洞宗が事実上2分したように、求道の道元と在家信徒拡大を重視する弟子の間には大きな溝があったのも明らか。熾烈な対立を生んだかも知れぬが、それが思想的一大転回に値するとは思えない。時代に合わせたパトロンの移行と見るべきだろう。しかし、その後、出家者が差配する教団仏教宗教から、尊師が指導する在家仏教宗教へのとてつもなく大きな転回が発生した筈である。上座部 v.s. 大乗より、根本的なところでの変更が行われたのである。

稚拙な文章なので恐縮だが、ここまで書けばおわかり頂けるのではなかろうか。

白隠はどう見ても明々白々たる在家仏教主義者。つまり、もしかすると、白隠の法語日本語解説本の出版が結節点かも。初めて、"個々人は、自ら信仰に目醒めねばならぬ。"とのスローガンを掲げたと言うこと。そう言ったとは思えないものの。
ここにおいて、初めて"藝術"が誕生したとも言える。自我を棄てる宗教が、自我表現でありながら、それを越えることを目指す精神活動を生み出したと見る訳である。(クラフツもアートも、喫茶も生け花も、格闘技や調理も、そうした精神活動の範疇に入ってくる。すべてが芸術なのである。)

そんなことを考えていると、不思議と、段成式と白隠の相似形が見えてくるのである。
両者は、そもそも時代が全く違う。それに、国家の枠組みや宗教統制状況が全く異なる。片や在家で知的センスが光るインテリ官僚で幼い頃からグルメ三昧をしてきた一介の生活者。もう一人は、肉体的にも精神的にも厳しい修行を経てから、脱本山的布教に勤しんだ、洗練さを欠き、土臭さを感じさせる禅僧。両者に類似点など皆無と考えるのが普通だが、そうは思えなくなってくるのである。公案と同様に「酉陽雑俎」を読むからである。

結語。
"個々人は、自ら信仰に目醒めねばならぬ。"が、「酉陽雑俎」を貫く一大テーマとしか思えない。・・・
"ホレ、世界とはこうも広いのだゾ。暗記した曖昧な概念と、叩き込まれた知識からすれば、理不尽で奇異なことだらけというのが現実。一度、この本を自分自身の《頭》で眺め、それを、自分の《心》で感じ取ってみよ。
そうすれば、自分の存在が見えてくるだろう。"

(追記) 白隠は公案禅を唯一無二と考えていたとは思えない。念仏三昧や読経三昧それ自体を間違っていると考えていたようには思えないからだ。それは、仏僧だから当たり前という話ではない。絶対に止めるべきなのは、公案禅と念仏三昧の掛け持ちのような中途半端な態度というにすぎまい。当然ながら、道元は尊崇対象だ。だが、曹洞宗の禅には極めて批判的にならざるを得ないのである。それは公案禅優位という話ではなく、"ただただ禅ありき"に現実逃避の兆候が出ているのに気付いたから。従って、臨済禅にしても、寂静閑居の境地をお勧めする禅には、同じ理由で大反対だったかも。但し、こうした白隠の主張には、注意すべき点がある。現代人や段成式の住む社会は、白隠の時代とは大きく違い、充足しきっているからだ。白隠がよかれと思っていた行態の方が、現実逃避になりかねないのが現実である。そうそう、忘れずに付け加えておくべきことがある。公案禅に取り組むにしても、その大前提は肉体的健康であることが、明確に意識されている。特筆ものと言えよう。
(参考邦訳) 段成式[今村与志雄 訳]:「酉陽雑俎」東洋文庫/平凡社 1980・・・訳と註のみで、原漢文は非掲載.

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