■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2013.7.15 ■■■

   夏の薬葉浴に使う木

書き物だと、「桃」とくれば3月3日の節句の話になるのが普通だが、新暦でこの時期にそこいらに桃の花が咲き乱れる訳はなく、せいぜいが鉢に活けた温室栽培の枝を愉しむ程度。
生活実感からすれば、果実の旬である7月が「桃」の季節に似つかわしかろう。

桃葉湯もこの頃が良いとか。大量に汗をかく季節で、汗疹になりやすいから、その防御に最適ということらしい。
昔は銭湯でも、菖蒲湯や柚子湯同様に、夏の風物詩としてごく当たり前のものだったようだが、香りが弱いので人気を失ってしまったのだろうか。
   半町ばかり歩いて来ると、
   右側に一軒洗湯があって、
   大きく桃の実を描いた上に、
   万病根治桃葉湯と唐めかした、
   ペンキ塗りの看板が出ています。
     [芥川龍之介 「妖婆」 大正八年]

あるいは、青酸毒性を気遣ってのことかも。(葉の青臭さはソレか。)桃樹葉浸液でボウフラ殺滅という中国語の記載もみかけるから、安全第一で。なにせ、日本は過保護社会だし。

そういえば、峨眉山に棲んでいる仙人 鉄冠子から、杜子春がもらった泰山の南の麓の家のまわりは、一面の桃の花。桃始笑を楽しめる心の余裕さえあれば、そこは桃源郷と言う話。これは、梅や桜ではこまるのだが、現代の子供達ははたしてその辺りはどうとらえるのかナ。

なにげに、古代から厄払いの木なのかよくわからないが、文字からすれば兆個、音では百個の実をつける木ということで、縁起が良いということなのだろう。
古事記でも、殺される人数以上に、子供を沢山産むという宣言のシーンの前に、黄泉比良坂で桃の実を投げつけ難を逃れた話があり、これも必ず引用されるのだが、小生はそれはヤマモモと見る。
   →「湾岸苺の木(ヤマモモ)」[2012.11.21]

生命の息吹を感じさせる木なので、古代から厄除けになっているとの解説も多いが、納得しかねる。結構、枯れてしまう木だから。
   庭の中に、桃の木があった。
   径五寸ばかりの古木で、
   植木屋が下枝を払ってしまったので、
   曲りくねった風雅な一本の幹だけが、
   空間に肌をさらしていた。
   だが、その上方、若枝の成長はすばらしかった。
   ---//---
   八月の或る夕方、
   桃の幹を、地上一間半ぐらいのところで、
   私は鋸で切った。
   その辺はまだ生きていそうで、
   芽を出しはすまいかと思ったのである。
   が、幹はすっかり枯れていた。
   八月の末、妻は病院で安らかに永眠した。
   其後、彼女の写真を調べていると、
   庭の桃の木によりかかって立ってるのと、
   その根本に屈んでるのと、
   二つのものが、私の心を打った。
   ---//---
   いろいろな点で、その桃の木に似た彼女だった。
     [豊島与志雄 「樹を愛する心」]

桃には鬼を追い払いような「強さ」はさっぱり感じられず、どちらかと言えば、淡く甘美なイメージがつきまとう。厄除けには向かない感じがするが。

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