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■■■ 「日本の樹木」出鱈目解説 2016.2.12 ■■■

百花とは

「日本の樹木」シリーズも100頁目になったので、その記念ということで百木にしたかったが、そのような言葉は一般的に流布されていないようだ。
そこで、誰でも知る言葉の「百花」で代用することにした。木本よりは、草本が主体かとも思ったが、どうも梅花が基本のようだし、中国的には柳も入るようだから、マ、いいか、ということで。

向島百花園は百本の梅の木が出発点だったとか。
しかし、梅百本園とは呼ばれず、当時有名だった亀戸に対抗し、向島の「新梅屋敷」とされたとか。その後、文人好みの様々な植物を集めるようになり、「春夏秋冬花不断」と呼ばれるまでに。そこで、百花が咲き乱れるということで改名の運びにということのようだ。
現代の目玉は、萩のトンネルと、春と秋の七草や大輪朝顔のイベントだろうか。

よく似たコンセプトの庭園として、京王百草圓がある。
こちらは町人設立ではなく、明治期に断絶したお寺のお庭。もちろん、基本は梅(50種500本)だが、百花園同様に季節の花々を愛でることがウリ。主だったものは以下のようになっている。
櫻の花見を打ち出さないところがオツであり、萬葉集に多出する萩を打ち出すところがミソ。意外なことに、日本撫子が重視されていそうにないのが面白い。そして、余り好かれていないのが果物系。石榴、梨、柑橘類は庭園に向かないのか、育てるのが難しいのか素人にはよくわからないが。それに、いかにも大陸的な派手な葵や芥子とか、香りが強い梔子[クチナシ]や沈丁花を敬遠しがちのようだ。
 【1月】早咲き梅,臘梅,日本水仙
 【2月】梅,椿,福寿草,寒咲菖蒲[アヤメ]
 【3月】遅咲き梅,白木蓮,木瓜,山茱萸
 【4月】三つ葉躑躅,躑躅.日本桜草,芍薬,片栗
 【5月】皐月,藤,石楠花,牡丹
 【6月】紫陽花
 【7月】凌霄花[ノウゼンカズラ],睡蓮
 【8月】百日紅
 【9月】萩,金木犀,曼珠沙華
 【10月】不如帰,吉祥草
 【11月】紅葉
 【12月】山茶花
ちなみに、花札に一般的な現代の花暦的なものをいくつか付け加えるとこんな具合になる。旧歴で一月ほどズレがあるのでゴチャゴチャ感はあるが。
 【1月】松 & 福寿草
 【2月】梅 & 水仙と椿
 【3月】櫻 & 桃と菜の花
 【4月】藤
 【5月】菖蒲
 【6月】牡丹 & 紫陽花と花菖蒲
 【7月】萩 & 山梔子と百合
 【8月】薄 & 百日紅と朝顔
 【9月】菊 & 彼岸花
 【10月】紅葉 & 木犀と秋桜[コスモス]
 【11月】柳 & 山茶花
 【12月】桐 & 枇杷と石蕗

まあ、百花はいかにも、漢語の風合い。
巻十に花を詠んだ歌を収載するほど力が入っている萬葉集に見習って、名称は万花にしたらよさそうにも思うが、余りに数が過ぎるのでそうはいかないか。だが、収載花を数えると166種しかない訳で。[中尾佐助:「花と木の文化史」 岩波新書 1986]尚、古事記はその約半分とか。それでも、この数はたいしたもの。

そうそう、百花の四字熟語と言えば、百花斉放百家争鳴が有名である。
言うまでもないが、毛沢東の造語。
小生は、スターリンの民族独自文化活動推奨に倣った、危険分子炙りだし一大作戦と見る。その言葉に乗って影響力を発揮した有能な人々はすべて粛清される訳だ。これによって、独裁貫徹。実に見事な施策である。
巧みだったのは、信仰的に受け入れ易い「百花」という表現を用いた点と、春秋戦国時代の諸子百家を引いたところ。中華思想を煽ったのである。

本来の四字熟語なら百花盛開となるべきところ。
もちろん、百花争鳴は有りえない訳で、そこは、争艶/妍/となろう。

ただ、日本では、これ以上によく知られた言葉がある。
百花繚乱である。解説を見ると、百花撩亂とも記載されることがあるとされているが、出典の記載も無いし、それ以上はどうなっているのかよくわからない。

繚乱との熟語はわかりにくいが、沢山の花が一斉に咲き乱れ、綾錦の布の様だとの表現なのだろう。漢字の構成から推定しているだけだが。
 繚[まとう]=糸+ォ
 ォ[かがりび]=木+火+日
燎原の火という表現もあるから、かがり火があちらこちらという景色を表現するような衣装に似ていると考えてよかろう。

一方、代替文字の方は、それを手で採るという感覚か。訓は無いようだ。
 撩[−]=才/手+ォ

百花繚乱を検索しても、漢語としては見つからなかった。百花撩亂だと、唯一、以下の詩があるのみ。有名とは言い難い詩だが。

    「祇役遇風謝湘中春」  [唐 熊孺登]
  水生風熟布帆新,只見公程不見春。
  應被百花撩亂笑,比來天地一關l。


百花という言葉自体は漢詩には頻繁に使われているが、百花開といった用法である。そして、必ずしも、多種を意味していそうにないものだらけ。
と言っても、百種感が無いどころか、そんなイメージを与える言葉であるのは間違いない。・・・

李汝珍:「鏡花縁」(第四十八回睹碑記默喩仙機觀圖章微明妙旨)に百花仙子が登場するからだ。
そこには、以下のような花々が含まれている。・・・
曼陀羅花[001], 虞美人花[002], 洛如花[003], 青嚢花[004], 療愁花[005], 靈芝花[006], 瑰花[007], 珍珠花[008], 瑞聖花[009], 合歡花[010], 百花[011], 牡丹花“女中魁”[012], 木筆花[013], 蘭花“血涙箋”[014], (n.a.)[015], 菊花“玉無瑕”[016], 瓊花[017], 蓮花“藍田玉”[018], 梅花“百煉霜”[019], 海棠花“花禦史”[020], 桂花“水中月”[021], 杏花[022], 芍藥花“玉交枝”[023], 茉莉花“珊瑚-”[024], 芙蓉花[025], 笑靨花[026], 紫薇花[027], 含笑花[028], 杜鵑花[029], 玉蘭花[030], 臘梅花“神彈子”[031], 水仙花[032], 木蓮花[033], 素馨花[034], 結香花[035], 鐵樹花[036], 碧桃花[037], 繍球花[038], 木蘭花[039], 秋海棠花[040], 刺[041], 玉簇花[042], 木棉花[043], 霄花[044], 迎輦花[045], 木香花[046], 鳳仙花[047], 紫荊花[048], 薔薇花[049], 秋牡丹花[050], 錦帶花[051], 玉蕊花[052], 八仙花[053], 子午花[054], 青鸞花[055], 旌節花[056], 瑞香花“五彩虹”[057], 荼花“鴛鴦帶”[058], 月季花“朝霞錦”[059], 夜來香花[060], 罌粟花[061], 石竹花[062], 藍菊花[063], 丁香花“玉壺冰”[064], 棣棠花[065], 迎春花[066], 千日紅花[067], 翦春羅花[068], 夾竹桃花[069], 荷包牡丹花[070], 西番蓮花[071], 金絲桃花[072], 翦秋紗花[073], 十姉妹花[074], 麗春花[075], 山丹花[076], 玉簪花[077], 金雀花[078], 梔子花“麒麟錦”[079], 真珠蘭花[080], 佛桑花[081], 長春花[082], 山礬花[083], 寶相花[084], 木槿花[085], 蜀葵花[086], (又鳥)冠花[087], 蝴蝶花[088], 秋葵花[089], 紫菜莉花[090], 梨花[091], 藤花[092], 蘆花[093], 蓼花[094], 葵花[095], 楊花[096], 桃花[097], 草花[098], 菱花[099], 百合花[100]

百では多すぎて、よくわからないので、代表はどれかわかるリストをあげておこう。

【十大名花 1987年制定】
  梅花=花中之魁/雪中高士
  牡丹花=花中之王/富貴花
  菊花=凌霜綻妍/花中隱士
  蘭花=王者之香/天下第一香
  月季/薔薇=花中皇后
  杜鵑/山躑躅=繁花似錦/花中西施
  茶花/山茶花=花中嬌客
  荷花/蓮花=君子之花/花中君子
  桂花/金木犀=十里飄香/花中仙客
  水仙=凌波仙子
(国花は未制定らしいが、常識的には梅か牡丹だろうが、菊、蓮、蘭も候補らしい。文人たる官僚からすれば春夏秋冬の蘭-竹-菊-梅の四君子の代表として梅を推している筈。ちなみに、台湾は中華民国五族共和の象徴の梅、澳門は蓮、香港は香港蘭/Bauhiniaである。)

いくつかのバージョンがあるので、官僚制国家としては標準化せねばと考えたのだろう。そして、富貴をもたらす派手な赤い花を"花王"と見なす社会であることがわかろう。それに、芳香を重視することもわかる。梅は、官僚たる文人が選んだ花であるから、入れておかねば、といったところだろう。
上記の花言葉的な呼び名の端緒は、宋代の花ブームと思われる。今でも下記の用語は良く知られているそうだ。尚、花暦が整理されるようになったのは清代らしい。(王路「花史左篇」,翁長祚「花暦百詠」,陳B子「秘伝花鏡」)
サクラは桜桃のイメージで桜花ではないから登場しないのは当然だと思うが、縁起樹木でもある桃が見つからないのが驚き。尊ばれるのは、あくまでも果実だけということのようだ。

宗代は海棠花が矢鱈に流行った時代の筈だが、全員がそれを肯定的に見ていた訳でもなさそう。文人は互いに美的センスを争っていたのであろう。
   「楊貴妃色の花木」[2016.1.28]

【名花十二客 宋 張敏叔
  牡丹=貴客
  梅花=清客
  菊花=壽客
  瑞香(沈丁花)=佳客
  丁香(丁子)=素客
  蘭花=幽客
  蓮花=静客
  荼=雅客
  桂花=仙客
  薔薇=野客
  茉莉=遠客
  芍薬=近客
【花中十友 宋 曾端伯
  蘭花=芳友
  梅花=清友
  臘梅花=奇友
  瑞香花=殊友
  蓮花=淨友
  梔子花=禪友
  菊花=佳友
  桂花=仙友
  海棠花=名友
  荼=韻友
【六友 宋 劉黻@蒙川遺稿
  蘭=靜友
  竹=直友
  蓮=淨友
  松=高友
  菊=節友
  梅=清友

尚、清代には以下のような花が選ばれている。時期的に納得できぬものもあるが。(兪:「十二花神議」)
 【1月】梅花
 【2月】杏花
 【3月】桃花
 【4月】牡丹花
 【5月】石榴花
 【6月】蓮花
 【7月】冠花
 【8月】桂花
 【9月】菊花
 【10月】芙蓉花
 【11月】山茶花
 【12月】水仙花
・・・開花は新暦2月頃では。梅花にしたい。
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