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2008.3.27 |
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中東のシナリオを考える [1]…今回は、話が長い。ダラダラ書くつもりはないのだが、素人なので要点をまとめきれず、どうしてもそうなる。ご容赦のほど。言うまでもないが、読むに当たっては、批判的な目で。 そこで、前置きから。 1985年頃だったろうか。トム・クランシーの「レッドオクトーバーを追え![The Hunt for Red October]」を訳本で読んだ。この手の小説には全く興味が無いが、シナリオ作りの仕事が多かったので、手を出してみたのである。 筋は忘却のかなただが、一つだけ印象に残っていることがある。アナリストが、一見繋がっていない小さな事象を集めて総合化することにより、大きな流れを予想するのだが、これが見事に当たるという話だ。 こんなことをつい思い出してしまうのは、優れた情勢分析能力があれば、新しい流れを指摘できるものか、気になるから。クランシー本など読んでいると、できそうに思いがちだが、それはパラダイムが変わらない時だけだと思う。根本から覆るような変化の場合は、そんな兆候を発見することはかえって難しいのではないか、という気がするのである。 そんな気分で、中東の動きを眺めると、この地域での地殻大変動が見えてくる。 簡単に言えば、この地域での、米国・イスラエルの軍事力が圧倒的なのにもかかわらず、綻びどころか、機能が喪失し始めたように見え、すべてが変わり始めたということ。 軍事的空白が訪れる気配が濃厚であり、そうなれば、今までの常識は通用しなくなる。 別に、恣意的に考えている訳ではない。以下の手順で考えると、どうしてもそんな結論に到達してしまうのだ。 (1) イラン、イラクの国内勢力は何を目指しているのか推定してみる。 (2) トルコ、アフガニスタン、パキスタンを、中東諸国はどんな勢力と見ているのか。 (3) 上記を踏まえて、イスラエル・パレスチナをめぐる力関係を考える。 ということで、順次記載していこう。 まずはイランとイラクについて。 ■■地域大国化するイラン■■ 2008年3月17日、スイスの電力企業EGLがイラン国営企業Nigecと天然ガス輸入契約を締結した。(1)2011年から始まるらしいが、ノルウェーのStatoilHydroも参画しているパイプライン(ギリシア→アルバニア→イタリア)を使うことになる。当初の計画通り進めるということである。 これは、米国の圧力がまったく効かなくなったということ。駐スイス大使が、国連安保理決議に反すると批判する以上のことはできないのである。 なにせ、イランでの契約には、Calmy-Reyスイス外相が出席したのである。(2) 言うまでもないが、3月14日のイラン総選挙の結果を踏まえた締結で、周到そのもの。 イランの総選挙報道は、アヤトラ政治内部の対立(Unified Front v.s. Broad Coalition)に目を向けたものが多いが、重要なのは、この政治体制が強化される方向か、という点ではないかと思う。
(宗教勢力の影響度を大胆に表現すれば、日本1割、米国4割、イラン7割といったところか。) この国内の力を背景に、中東一帯にみなぎる強烈な反米感情の波に乗って、宗教的な旗手になる路線を進むということ。それが、「シーア派イスラーム」大国としてのレゾンデートルだと思う。 しかも、イランの宗教勢力は、中東全域で米国の力が急速に衰微すると信じているから、世界のシーア派支援に注力することは間違いなかろう。 その自信の裏づけになっているのが、07年10月にテヘランで開催された、カスピ海沿岸5ヵ国首脳会議の結果。石油の権益問題での議論を避け、米軍に領土を一切使わせないことを決めたのだ。(4) Putin露大統領が、米国による軍事基地包囲作戦への徹底対抗姿勢を鮮明にしたということでもある。欧州は、ロシアと協調さえすれば、中東の資源に依存する必要なし、というデモンストレーションと読むべきだろう。つまり、欧州に、米国の軍事力で中東を守ってもらうニーズが無いことが見えてきたのである。 周囲の国々もこの変化を理解した筈。 だからこそ、2007年12月に、GCCは、サミットに初めてイランの大統領を招待したのである。(5) そんなことは当たり前である。ペルシアが消滅することはないが、米国はいつ消えてもおかしくないからだ。当面、米国の武力保護は不可欠だが、大国化が見えてきたイランと、小国が対決する訳がないのである。 そして、 「スンニ派イスラーム」(教義に厳格なWahhabi)の大国、サウジアラビアの国王も、Hajjの名目でAhmadinejad大統領を歓待したのである。こちらはGCCの対応とは意味が違う。両国とも厳格なイスラム原理主義国で、世俗主義を徹底的に嫌う国家だからである。両者は敵対的に見えるが、この点では同根である。 問題は、ここで何が議論されたかだ。 表向きとして、サウジアラビアは、空母まで繰り出している米国に対するイランの冒険主義的姿勢の変更を要求したに違いない。しかし、サウジアラビアにとって緊要な課題は、イスラーム内宗教分派戦争につながりかねないイランのシーア派支援に箍をはめることだろう。国内で政権打倒運動でもおこされたらたまったものではないからだ。これは、サウジアラビアがイラクのスンニ派への支援を控えるということでバーター可能である。 こんな議論になれば、行き着く先は、中東諸国を両国の傘下に収めて安定させる仕組みの構築になってしまう。こんなことを簡単に決めるのは、ほとんど不可能だ。
(非イスラーム人口は、サウジアラビアは0%、イランは2%にすぎない。ちなみに、イラクでは3%、トルコは0.2%。) 中東諸国の非イスラーム勢力を隔離し、安定化に繋げようという総論なら、両者はすぐにも合意できるのである。親米だろうが、反米だろうが、関係ない。 つまり、とりあえず、イラク国内のスンニv.s.シーア問題では両者隔離による沈静化に合意した上で、イランは、レバノン、シリアのキリスト教徒勢力と対立するイスラームを支援し、サウジアラビアは、エジプトとヨルダンの現政権を支援するとの枠組みをそれぞれが尊重するという程度なら、おりあいがつく。 中東で、キリスト教勢力に政治力を発揮させないための一歩としての合意である。こんな動きが始まれば、中東全域で、在住キリスト教徒の国外退避の流れがおきるかも知れない。それならそれで結構というのがイランの姿勢ではないか。 ■■宗派主導国家に変わるイラク■■ イラクは、米軍3万人増派で平穏化したように報道されているが、それは米軍死傷者発生が以前の状態に戻ったという意味でしかなかろう。 UNHCRによれば、イラク国内で250万人、シリア・ヨルダンの近隣諸国に200万人の避難民がいる。(6)人口2,500万人の国での数字だ。この数字は増えることはあっても減る傾向にはない。沈静化した訳ではなく、とんでもない騒乱状態から脱したという程度でしかない。 しかし状況は確かに変わった。 それは、米軍がスンニ派各部族との提携に踏み込んだから。正確に言えば、Bush政権が、民主主義の導入などという、誰が考えてもできそうにない理念的スローガンを取り下げ、部族・軍閥社会容認へと実践的な姿勢へと転換したということ。 ただ、体面を取り繕うため、対テロリストでの協力体制構築とされてはいる。(7)しかし、もともと、フセイン独裁政権が、そんな勢力が蠢く余地を与える筈など有り得まい。中東から見れば、テロの活躍の場を与えたのは米国。従って、米軍は、テロ組織に敗北したと映るのは間違いない。 一方、スンニ派部族・軍閥からすれば、援助金が入るし、武器も蓄積できる上、地域支配強化の軍事支援までしてくれるのだから、これほど美味しい話はなかろう。こうなると、資源が無い地域にとって米軍駐留継続は悪い話ではない。それだけのことである。 安定したのではなく、より大きな戦乱の先送りにすぎない。 言うまでもないが、この動きは、部族・軍閥、あるいは宗派・民族を、互いに隔離するということ。 はっきり言えば、どの勢力も、暴力的に他派を駆逐するか、ゲットー化に動くということ。こうなれば、米軍の役割は、この過程で、過度の暴力行為が発生しないように見守るしかなくなる。秩序安定化と言うより、フセイン時代のミニ版を確立させようとの動きでしかない。 これは生易しい変化ではない。 どういうことか例をあげておこう。 クルド地区に囲まれた、スンニ派が住む大都市モスルは、エスニックの生活の場でもあると思うが、ここに少数派のカソリック(Chaldean)教徒が集まっているそうだ。その土着リーダー(大司教)が誘拐され、2008年3月死体が発見された。(8)非イスラームは防衛力を欠いており、この先、存続の危機に瀕することを知らしめたテロと言えよう。 これが奔流化していると見てよいだろう。 世俗主義のフセイン時代には考えられないこと。ChaldeanのTariq Aziz外相が事実上のイラク代表だったからである。 当然のことだが、シーア派地域も大きく変わってきた。長く続いてきた世俗主義的政治は一掃され、宗教勢力が主導する政治に変わってしまった。イラク人口の6割が、これからは、イラン同様の宗教政治体制下で生きることになる。資源からの豊富な収入が、この体制を支え続けることになる訳だ。 ともあれ、イラクの宗教国家化の流れが見えてきたから、イランのAhmadinejad大統領訪問が実現したということでもある。イラン大国化宣言をバクダットで行ったようなものであり、その衝撃が大きいことはメディアの取り上げ方を見れば歴然。(9) これが、米国が5年間に渡って多大の犠牲を払って実現したイラク民主化の結末である。 冷静に総括すれば、Bush大統領が最大の成果と呼ぶフセイン政権打倒だが、米国の安全保障に寄与しているとはとても思えまい。そして、イスラエルへの脅威が減ったとも言い難かろう。どちらかと言えば、全く逆だ。 結局のところ、米国が敵視するイランの大国化を後押ししただけ。 言い換えれば、イラク派兵は大失敗に終わったということ。シーア派宗教勢力が権力を握る国になり、イランの影響力は飛躍的に増大し、米国の利権が保証されるかさえわからない状況だ。 と言ってイラク3分割を急げば、トルコとの対立を引き起こし、地域全体の戦乱につながりかねないから、動きようがない。 こんな状況では、米軍の駐留目的は曖昧化一途。それを見て、各勢力は、米軍を利用しようと、ここぞとばかり勝手に振舞う。 結果として、米国は泥沼に引き込まれていくことになろう。 --- 参照 --- (1) “Gasgeschaft mit Iran unterzeichnet” NZZ Online [2008.3.18] http://www.nzz.ch/nachrichten/schweiz/gasgeschaeft_mit_iran_unterzeichnet_1.691317.html (2) [ReutersのCalmy-Rey+Ahmadinejad歓談写真あり] “Calmy-Rey verteidigt Besuch in Iran” NZZ Online [2008.3.18] http://www.nzz.ch/nachrichten/schweiz/calmy-rey_verteidigt_besuch_in_iran_1.691566.html (3) “Leader Thanks Iranian Nation for Its Presence in Parliamentary Elections ” Granda Ayatollah Khamenei [2008.3.15] http://english.khamenei.ir//index.php?option=com_content&task=view&id=710 (4) “Caspian summit rejects Iran attack” Aljazeera [2007.10.16] http://english.aljazeera.net/NR/exeres/9EAE2253-55D9-4C74-8B9C-60CAF38575CC.htm (5) “GCC leaders host Ahmadinejad at summit” Khaleej Times Online [2007.12.3] http://www.khaleejtimes.com/DisplayArticleNew.asp?xfile=data/middleeast/2007/December/middleeast_December40.xml§ion=middleeast (6) “Iraqi crisis fuels rise in asylum seekers in industrialized world” UNHCR [2008.3.18] http://www.unhcr.org/news/NEWS/47de91da2.html (7) A. RUBIN & S. FARRELL: “Awakening Councils by Region” NewYorkTimes [2007.12.22] http://www.nytimes.com/2007/12/22/world/middleeast/23awake-graphic.html?pagewanted=all (8) “Archbishop Paul Faraj Rahho: The Times obituary” [2008.3.14] http://www.timesonline.co.uk/tol/comment/obituaries/article3547009.ece (9) “Media lauds Ahmadinejad Iraq trip” BBC [2008.3.4] http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7277039.stm 政治への発言の目次へ>>> トップ頁へ>>> |
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