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2008.3.31
 
 


中東のシナリオを考える [2]…

 “地域大国化するイラン”と“宗派主導国家に変わるイラク”をまとめてみた。
  → 中東のシナリオを考える [1] (2008年3月27日)

 ポイントは3点。
 (1) 米軍のイラン駐留目的は曖昧化、利用されるだけの存在になってしまった。
 (2) イラクはシーア派宗教国になる。
   スンニ派部族集団とクルド民族を加えた和解国家はできない。
 (3) イラク戦争への関与を避けてきたイランが中東の大国にのし上がった。

 これを踏まえ、トルコ、アフガニスタン、パキスタンの状況をまとめてみよう。重要なのは各国の状況そのものではなく、これが中東諸国にどう映るかである。

■■鵺的なトルコ■■

 トルコはEU加盟に全精力を費やしている。欧州からの期待に応える動きをすることで、存在価値を高めるしか活きる道はないと考えている訳だ。
 そうしてもらいたいのは、ドイツも同じ。トルコへの帰属意識しかない約300万人のイスラーム労働者を国内に抱えているから、トルコの欧州化なくしては穏やかでいられるはずがなかろう。それに、ロシアに生命線を握られるないためには、トルコを盟友に留めておきたい筈だ。
 その典型が、NATO国とその朋友国によるアゼルバイジャン→グルジア→トルコの石油パイプライン。(当然ながら、イスラエルが参画。)

 トルコ大統領も、こうした先進国化こそがイスラム国の未来像と、イスラム会議機構で演説したらしい。
 しかし、政府の実態は逆である。どう見たところでイスラーム化に向かっているとしか思えない。(1)

 キプロス問題の推移を見ていれば、このような姿勢は予想の範疇。
 ギリシア正教系住民が住む正統国家キプロスは2004年にEU加盟を果たしたお蔭で、失業率は低く、社会も安定した。一方、トルコ軍が支えるだけで、どこからも支援が受けられない北部イスラーム地域は経済低迷が続く。おそらく出稼ぎ社会だ。この状況で、EU加盟国キプロスを承認せず、北部に有利に見える統合を試みる“外交”を進めてきたのがトルコ。
 大国意識を振りまきながら、裏取引の世界で動くのである。

 要するに、オスマントルコ時代を人々が忘れていないということ。経済力が弱いにもかかわらず、大国トルコとしてのアイデンティティを抱えている。この発想自体に大きな矛盾があるのだから、不満は高まる。これに対応するには、イスラーム色を出し、ナショナリズムを高揚させる以外に手はなかろう。
 だが、欧州化を進めながら行うのだから、訳がわからぬ。
 そんな体質が歴然となったのが、2008年2月10日のErdogan首相演説。独のケルン(Cologne)で、2万ものトルコ人に対して、「You may live in Germany, but you are Turks -- and I am your prime minister. 」(2)との姿勢を鮮明にしたのである。要するに、同化するなということ。(海外票集めでもある。)

 ドイツ人がそのまま聞けば、心穏やかではいられなかっただろう。しかし、トルコ政治とはそんなものだ。
 SPIEGEL誌のこの記事最後のパラグラフをご紹介しておこう。その体質がよくわかる。
・・・“Once home, they'll tell their relatives how the Turkish prime minister warmed their hearts in a stadium in Cologne. But they won't be able to explain how they can improve their quality of life in Germany, Belgium or the Netherlands. After all, Erdogan didn't say anything about that.”

 国外では演説でお茶を濁せるが、国内ではそうはいかない。しかし、手はある。クルドゲリラ組織への軍事攻撃でナショナリズム高揚させることができるからだ。国内から喝采を浴びるのは、大国としての動きに映るからだろう。
 そんなこともあり、予想通り、2008年、ついにイラク越境越えのクルド攻撃が行われたようだ。イラク内の自治政府樹立阻止の意志表明でもある。(3)
 それはそうだろう、クルド独立にでもなれば、下手をすれば領土の3分の1がなくなりかねないのだから。
 しかし、進攻してすぐに停戦。もちろん、米国の停戦要求はあった。(4)
 だが、派遣部隊の規模はかなり大きいものであり、周到に準備していたにもかかわらず、目を引くような戦果は得られなかった。これは敗退ということだろう。
 お蔭で、トルコ軍 は規模は大きいが、ゲリラ戦には弱体という印象を与えた。

 おそらく、これは、イスラエルを心肝寒からしめたに違いない。ゲリラ戦に持ち込まれると、トルコの軍事力は期待できないことになるからだ。トルコは、自国空域経由の他国爆撃は承認しないことが、イラク戦争ではっきりしており、イスラエルにとっては、この力を期待し、シリアを南北から軍事的に圧力をかける目算があったとおもわれるが、それが計算違いということになる。
 トルコにとっては、この軍事協定は、シリアとギリシア・キプロス・アルメニアによるクルド労働党のゲリラ支援に対抗するものとされてきたが、今や、クルドは米国とも良好な関係を築ける力までつけてきた。こうなると、この軍事協定の意義が揺らいでしまう。
 もし、米国やイスラエルがクルド独立支援に動けば、トルコはすべての枠組みを考え直す必要に迫られるかも知れないのである。

■■部族社会へ回帰するアフガニスタン■■

 イラン戦争以上に成果が乏しいのが、アフガニスタンである。イラク戦争は課題の実現では零点だが、フセイン打倒という目標は実現した。ところが、アグガニスタンは目標であるタリバン打倒どころか、タリバンに叩き出されることになりそうである。
 タリバンは、土着の各部族(Pashtun系)と一体化しており、着々と支配領域を拡大している。実態からいえば米/NATO軍の支配地域とは点でしかないのではなかろうか。
 タリバン支配地域はゼロとしてきた米国が、すでに10%に達していると表明せざるを得なくなっており、この流れを止める手立てはパキスタンを含めた大規模戦争しかなかろう。(5)

 もともと、中央政権と言っても統治機能があるとも言い難かった国である。そこへ、隣国から追い出された帰還難民が帰国し、経済発展の牽引車もないから、多少の経済支援を受けたところで効果が出る訳もない。
 タリバンと戦った北部勢力は部族を統合した、略奪型支配を厭わない軍閥であり、どんな勢力であろうと、メリットがあれば同盟関係を構築する体質。パトロンの懐状況が悪いと見れば、同盟は破棄されるだけのこと。
 従って、アフガニスタン派兵はお金がかかるのである。しかし、それに見合った見返りがあるとは限らない。

 なにせ、この国の収入の大部分は反政府勢力が抑えているのだ。2007年の麻薬栽培面積は16.5haだ。ここからの生産量は8,200tと、目を疑うような巨大な数字。(6)当然ながら、米軍は全く手が出せないということ。
 この巨大ビジネスを支配する勢力が、実権を握るのは当たり前である。それが中央政府でないことは当たり前だ。中央政府に力を持たせるには膨大な援助が必要となる訳で、そんなことができる訳がなかろう。

■■民族問題発生を恐れるパキスタン■■

 パキスタンの民族問題というとインドとのカシミール紛争と、それにともなう核武装の話になりがちだが、どう見ても部族社会の国であり、内部で民族紛争が発生でもすると大混乱しかねない。それを狙いそうな国外勢力にはことかかない。従って、国軍最大の役割は、この防止だと思う。ここがポイントではないか。

 大政党組織はあるものの、その基盤ははなはだ不明瞭。特定の「家」の下に地域支配者が集まっただけの組織に見えるからだ。こんな組織では、政権に就けば腐敗は避けられない。というより、国内政治は部族間の権益争奪戦でしかないというのが実態だろう。
 戦争は合理的な判断なくしては勝てないから、国軍組織の方が全体を良く見て動いている可能性が高い。そう感じるのは、2008年2月18日の総選挙が、ほぼまともなものだったからである。ただ、政策の違いがさっぱりわからないのが特徴と言える。

 そんな状況にもかかわらず、米国政府は、暗殺されたBhutto元首相を支持していたようだ。今まで支援を怠らなかったMusharraf大統領ではなく、Sharif元首相でもない。もちろん、Musharraf大統領人気が低落していることはあるが、それは米国寄りの姿勢が鮮明だからでもある。首をすげ替えたところで、米国と緊密化を図れば、政権人気は急落するのは間違いあるまい。にもかかわらず、首のすげかえに期待したのは何故か。
 国軍が、米国の要求に対応しない点があるとしか思えないではないか。

 そう考えて、故Bhutto元首相の特徴を見れば、“Sind”系(海側のインド国境中心)政治家。タリバンの地盤、“Pushtun”人地域への米軍進攻を容認できる政治家なのである。
 部族有力者を従えた豪族型体制の維持を最優先とせざるを得ない“Punjabi”系(内陸部の多数派)政治家ではこんなことはとうてい無理。
 一方、軍隊だが、上層部には昔から“Pushtun”系が多いと言われている。地域の安定上当然だ。裏返せば、国軍と“Pushtun”系各部族の間に、不可侵の不文律があるということ。この仕組みで、パキスタンは民族対立を避けてきたのだと思われる。だが、見方によっては、軍隊内に親タリバン組織が存在しているとも言える。アフガニスタン駐留米軍は不快に思っているにちがいない。
 しかし、いくら米国の圧力に晒されても、“Pushtun”地域での本格的な掃討作戦に踏み切る訳がない。そんなことを始めれば、アフガニスタン側と一体になって、“Pushtun”民族国家樹立運動でもおこされかねないからだ。
 ただ、軍隊内の“Pushtun”系は、現行の仕組みが保てる限り、そんな企てに乗るとは思えない。
 問題は、米国がそんな動きをそそのかさない保証がないこと。現政権が一番危惧しているのは、ココではないか。

 そんな状況をうかがわせる動きが2008年3月に見られた。
 米国がテロ組織を支援していると、閣僚が公然と発言したのだ。(7)当然ながら、米国大使が抗議したが、(8)アフガニスタンを巡って両者の利害関係が対立しているということ。
 このままでは、米軍はアフガニスタン敗退必至だが、それを避けるにはパキスタンへの戦火拡大策しかない。そのことを一番よく知っているのが、パキスタン国軍だろう。
 すでにBush政権はインド重視へと政策転換を図っているが、「核」があるからパキスタン支援を続けるしかなかろうと判断しているのだと思う。
  → [3]へ続く (2008年4月3日予定)

 --- 参照 ---
(1) 東京外国語大学中東イスラーム研究教育プロジェクト: “Kadri Gursel コラム:EU問題で矛盾し合う大統領と政府 Milliyet紙 [2008年3月16日]”
  http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/html/pc/News20080318_090138.html
(2) Ferda Ataman: “Erdogan's One-Man Show” SPIEGEL [2008.2.11]
  http://www.spiegel.de/international/germany/0,1518,534519,00.html
(3) Gunes Murat Tezcur: “Kurdish dreams, Mideast realities” Khaleej.Times [2008.3.17]
  http://www.kurdishglobe.net/displayArticle.jsp?id=0F886FA963C58F3F21144620BC618F11
(4) BURHANETTIN OZBILICI: “Turkey Attacks Kurds; US Calls for Halt” Associated Press [2008.2.27]
  http://ap.google.com/article/ALeqM5hHDG79AIius7McB6xz3lTQFLIdhQD8V2OSDG0
(5) Pam Benson: “Intelligence chief: Taliban making gains in Afghanistan” CNN [2008.2.28]
  http://edition.cnn.com/2008/POLITICS/02/27/afghan.assessment/
(6) Report of the International Narcotics Control Board for 2007 [2008.3.5]
  http://www.state.gov/documents/organization/81446.pdf http://www.incb.org/incb/annual-report-2007.html
(7) urdu-oasgtuメディアBLOG [Roznama Mashriq, Peshawar, March 4, 2008] 
  Editorial in Pakistani Newspaper:“Instead of Fighting Al-Qaeda and Taleban, the U.S. is Working to Establish a Military Base in Peshawar”
  http://www.thememriblog.org/urdupashtu/blog_personal/en/5930.htm
(8) Mr. LT. GEN. (R) HAMID NAWAZ KHAN, Federal Minister for Interior 2/29 “US concerned over Hamid's remarks Daily Times”
  http://www.dailytimes.com.pk/default.asp?page=2008%5C03%5C03%5Cstory_3-3-2008_pg1_7
(鵺の絵) [Wikipedia] 歌川国芳・画 Taiba (The End).jpg
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Kuniyoshi_Taiba_%28The_End%29.jpg


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