↑ トップ頁へ

2008.9.1
 
 


日本の農業問題を考える[2]…

 耕地が50a(50m x 100m)に満たない稲作農家の人口は468万人。(1)860万人の半分を超えている。

 1反(10a)の田圃とは、米1石が取れる単位らしいが、現代の実収穫量は、7俵(1俵=玄米60Kg)前後のようだ。もっとも、10俵という農家もあるそうだが、この辺りが上限だろう。
 生産コストを考えれば、この収量で、狭い水田で、どうして農業を続けていられるのか、都会のサラリーマンにはわかるまい。ここが農業問題をわからなくしている最大の理由である。しかも、収入が少なさそうなのに、「結構楽な生活」に映る農家もあるから、この感覚が増幅される。もちろん、農民が税金で食べているという一般論は頭ではわかっているが、現実感覚がわかないのである。

 そこで、上手に生活している家とはどんな家計状態なのか、先ずは、自分の頭で考えてみることをお勧めする。
〜 参考データ [東北](2)
農業売上
247万円
水稲 169万円
農産 32万円
畜産 10万円
他  35万円
農業経費
181万円
資材光熱動力 47万円
農用自動車   8万円
農機具類    34万円
農用建物    10万円
その他      83万円
[所得]
984時間労働
農業所得 66万円
年金収入 168万円
他の所得 244万円
 仮想農家を想定し、独断と偏見で、家庭の収入を思い描いてみればよいのだ。例えば下のようなものができる。(参考に統計データを示しておいた。・・・素人は、農業の統計データを間違って解釈することが多いと言われている。くれぐれも、ご注意のほど。)
  親世帯夫婦(高齢層)
   ・減農薬米栽培40俵(60Kgx40): 120万円
     -1,500Kg:直接小売販売[1Kg600円]
     -600Kg:自家用+物々交換用
     -300Kg:自家製商品原料餅米[商品1Kg1,000円]
   ・野菜栽培:自家用+物々交換用
   ・アルバイト現金収入(月約4万円): 50万円
   ・孫の養育
  同居の子世代夫婦+子供
   ・共稼ぎ2名分の合算(残業なし):450万円

 今の稲作技術は手抜き栽培も可能だから、親世帯2名それぞれに、うまいアルバイトが転がりこむようになっていれば、生活にこまることはない。ここが鍵である。農業をしながら、月6万もありうる。言うまでもないが、この元は様々な公共事業。そんなことを考えると、コネの質で収入レベルは大きく違ってくると思われる。
(尚、年金は、農業登録の名義を他の人に代えないと支給されないようだ。)
 肝心の耕作の方だが、収穫量の差はそれなりにあるだろうが、それよりは売り方で収入差がつく。儲けの工夫の余地は結構あるから、農業収入倍増もありえる。もちろん、半減してもおかしくはない。

 ただ、農業事業者だから、収入から経費を差し引く必要がある。統計数字を見ると、農業設備負担が結構重そうだが、余裕ありそうに見える農家なら、償却費と農業直接経費を合算して年間80万円程度と見ることができるのではないか。
 これなら、都会より生活が楽に映って当然。 余裕の原因は住居費と養育費の違いだ。土地を保有している上、都会より建築費用が安価なことが大きく効くということ。それに加えて、食費は僅少。ただ、冠婚葬祭等の地域関連の交際費だけは大きいが。
 都会で生活をしているサラリーマンは一世帯。共稼ぎでも、子育て費用は嵩むし、住居費・駐車場費用・食費すべての負担が重くのしかかる。

 ただ、非農業収入が少なければ、こんなモデルは描きようがない。そんな農家も少なくない。そうなると、出稼ぎか、廃業の道しかない。それがずっと続いてきたのである。
 集落維持のための、サラミ戦術(サラミソーセージのように薄く少しづつ切り捨てる。)と言ってよいだろう。

 ともあれ、上記のモデルを見ればわかると思うが、農業とは名ばかりで、「業」の態をなしていない。生活ができるなら、あとは田圃が守れればよいというだけにすぎない。
 政府の「農業」施策とは、この声に応えてきたのである。「農業」振興ではなく、「集落」維持施策を続けてきたということ。膨大な税金を投入して、農村集落がなくならないようにしてきただけのこと。
 この点では農協組織は頑張ったといえる。自己組織維持のためには、なんでもやったということだろう。

 農業問題を考える時には、この状況認識が肝要である。
 水田のほとんどは、自分の田圃が維持できれば満足という農家が耕作しているのであり、これは産業ではない。全体の過半がこの手の耕作地なのだ。
 それがわかっているビジネスマンは、川下の流通政策を合理的なものすればよいと考える。上流の農業に手をつけず、そこは勝手に変わったらよいという訳だ。

 ところが、政治はそうはいかない。なにせ、倍以上の価値がある票をもっている人達から圧力がかかっているのだ。そんなことができる訳がない。
 当然ながら、農民に対する手厚い福祉政策しかない。だが、これだけで支えるのは無理だから、農業が生きていけるよう、川下の流通産業をいじることになる。こんな政策が合理的なものである筈がないから、魑魅魍魎の世界ができあがる。
 こんな流れに巻き込まれるのを嫌い、自分の力で生きていこうと考える農家もあるが、いかんせん、少数派。前回述べた、事業家タイプの農家のこと。再度述べておくが、耕地面積が広い農家がこの層という訳ではない。
  → 「日本の農業問題を考える[1]」 (2008年9月1日)

 何が言いたいかおわかりだろうか。
 場当たり的な行政の結果が今の農業にしてしまったと批判する人が多いが、事業家タイプの農家は、そうは見ていないということ。表立って言わないだけで、1970年から、概ね、予想通り推移したのである。

 そもそも、政府は、国民の健康を保つために、米主体の食生活からの脱皮を図ってきたのである。土地生産性が悪く、日本の気候風土に合いそうもない酪農を振興したり、小麦や大豆の輸入を推進したのだから、米の消費が急激に落ちて当然である。
(右図のように、米は主食と呼べる状況ではなくなった。(3))
 しかも、消費者米価を高く設定したのだから、米離れが加速されない訳がない。
(2009年6月期の需要は831万トンと予測されている。(4)前年度実績は853万。大雑把に見れば、年1%減が続いているといった感じだ。)

 要するに、とうの昔から米は生産過剰なのである。これに対応するには、輸出市場を探すか、生産調整しかないが、前者など考えられなかった。そうなると後者。
 常識的な産業政策なら、生産性が低い、古い生産設備の廃棄を進めることになる。
 ところが、日本の農業はこれができない。生産性が低い零細農家が消えてしまうと、「集落」の態をなさなくなるからである。「集落」を守るためには、逆の方向を模索するしかない。つまり、一律減反政策しかありえないのだ。当然ながら、生産性向上投資を図ってきた農家ほど苦しむことになる。産業の態をなさないように仕向けたのだから、調整水田(水張り非栽培)→休耕地(非水張り)→耕作放棄地へと徐々に進んでいく。
(水田が7割以上の農業集落数は80,086。[2000年世界農林業センサス])

 一言で言えば、農業政策とは、産業政策ではなく、集落維持の社会政策ということ。

 上記のモデル収入例を見ておわかりだと思うが、耕作面積を半分に減らされたからと言って、土地を手放すことはない。耕作が面倒になったとしても、知り合いに耕作依頼するだけのこと。集落の構造が変わることはないのだ。田の土地取引にしても、その価格からみて、経済取引とは言い難い。
(例(5) 高崎市耕作放棄地[8.17a]: \4,641,377、西条市委託耕作地[15a]: \4,500,000)

 要するに、生産性向上につながるような集約化は発生しないということ。
 換言すれば、個々の農家が頑張ったところで、マクロでの生産性はどんどん落ちていく仕組みである。
 従って、今から、比較的耕地が広い専業農家支援をするという政策にはなんの意味もない。耕作請負型組織の導入も同じこと。マクロでは土地も耕作者も膨大な余剰で、零細農家が田圃を持ち続けたいのだから、なにをやろうと状況はかわらない。
(水田単独の数字はわからないが、2007年の集落営農に参加している農家は49万戸、面積にして43万7,000haに達しているという。(6))

 おわかりのように、問題は単純である。土地も人も、とんでもなく余剰というだけのこと。
 おそらく、水田の半分だけで、米需要をまかなえる。人に至っては半分どころの話ではない。
 にもかかわらず、この状況をできる限り保とうという人がほとんど。日本の農業の夢が必要とか、農村に元気がでれば日本は甦るという掛け声までよく耳にする。一体どうしたいのだろうか。
続く>>>

 --- 参照 ---
(1) 農林水産省: 「平成17年産  米穀の作付規模別生産者数及び世帯人数等調査結果表」
  http://www.tdb.maff.go.jp/toukei/a02stoukeiexl?Fname=I001-17-008.xls
  &PAGE=2&TokID=I001&TokKbn=B&TokID1=I001B2005-001&TokID2=I001B2005-001-001
(2) 「平成18年個別経営の営農類型別経営統計(水田作経営) 」 農水省 [2007.12.25]
  http://www.maff.go.jp/toukei/sokuhou/data/einou-suidensaku2006/einou-suidensaku2006.pdf
(3) 農林水産省: 「平成19年度食料需給表-国民1人1日あたり供給熱量」 [2008.8]
  http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/fbs/pdf/fy19/bessi3.pdf
(4) 農林水産省: 「米穀の需給及び価格の安定に関する基本指針」 [2008.7.31]
  http://www.maff.go.jp/j/soushoku/keikaku/beikoku_sisin/h200731/pdf/kihon_sisin.pdf
(5) 田舎の農地検索[田舎の農地利用相談室] http://www.nca.or.jp/inaka-nouchi/info/index.php
(6) 「集落営農実態調査結果の概要 (平成19年2月1日現在)」 農林水産省
  http://www.maff.go.jp/toukei/sokuhou/data/syuraku2007/syuraku2007.htm
(地図記号のイラスト) (C) Free-Icon http://free-icon.org/index.html
(面積の単位) 0.1町=1反=10畝


 政治への発言の目次へ>>>     トップ頁へ>>>
 
    (C) 1999-2008 RandDManagement.com