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2010.6.16
 
 


菅首相所信表明演説の読後感…

〜 「第三の道」は知られてはいるが、・・・ 〜
 菅首相所信表明演説(1)への反応は様々。ほぼ出つくしたようだから、独断と偏見でまとめておこうか。

 まあ、具体策なしとの批判が多いようだ。閉塞状況なのは言われなくてもわかっているから、どうするのかはっきりせよといったところか。
 確かに、その通りではあるが、経済路線は「第三の道」ということだけは、はっきりと言い切った。
    ・「第一の道」は、“「公共事業中心」の経済政策”
    ・「第二の道」は、“行き過ぎた市場原理主義に基づき、供給サイドに偏った、生産性重視の経済政策”
    ・「第三の道」は、“経済社会が抱える課題の解決を新たな需要や雇用創出のきっかけとし、
      それを成長につなげようとする政策

 ご存知のように、「第三の道」の代表例は英国のブレア路線。しかし、菅路線がそれを踏襲するつもりかはよくわからない。ただ、北欧で行われている高福祉・高負担型を目指すのは間違いなさそうである。こちらは「flexicurity[flexibility+security]」と呼ぶことが多いが。

 小生は、この路線が可能なのは、共同体意識が強い小国で、日本では難しいと見ている。だが、一度試してみるのも手かも。成果がでなければ、政権交代というだけ。・・・そう割り切るしかあるまい。コストは大きいし、ハイリスクだが、政治的不安定よりはましである。

 素人話をしてもなんだから、英国の労働党系の新聞と言われるThe Guardianのコラムの一読をお勧めしておこう。
 “パラダイス”ノルウェーから、どう教訓を得るかという話である。
  → Timothy Garton Ash: “In a Viking paradise, Eurosceptic and egalitarian dreams alike seem true
     Who wouldn't want to be in a successful, well-run country like Norway?
     But beware false analogies and fantasy projections”
  Guardian
 さらに、以下のインタビュー(YouTube掲載)も見ておくとよいかも。
  → Mark Hanson and Jag Singh interview Anthony Giddens at the Labour Party Conference in Bournemouth  (September 2007)

〜 具体論がないと評価は難いが、出ても難しいかも。 〜
 おわかりのように、別に「第三の道」の思想は珍しいものではない。にもかかわらず、演説内容は概論だけで、核となる施策に触れていない。従って、今一歩の演説とされても致し方ない。しかし、具体策無しとの野党からの批判が的を得ているという訳でもなかろう。
 例えば、FTA交渉加速とか、雇用の仕組みの柔軟化といった動きが始まったとしたら、批判者はそれをどう評価するのだろうか。
 もし、そういうことになれば、海外経済紙の評価は俄然高まるのでは。それに逆らうようなコメントを日本のマスコミが流すこともなかろう。
 ただ、経済方針だけで政治家が評価されることはない。安全保障に関する見方も問われる。その点では、海外で何と書かれるかは心配。なにせ、この首相、さっぱり発言しないから。
 ともあれ、国内的には、民主党が旧自民党体質から脱皮したから、それはそれでよかったというところ。   → 「自民党・社民党参院選惨敗の予兆 」 (2010.6.9)
 内閣発足後の一番の決定事項が、郵政・環境・公務員・雇用関係の法案を流すことだったのは皮肉だが、これを気にする人は余りいまい。こうなった方が良いと考えていた人も少なくないし。

 一番の問題は、現段階で「第三の道」に人気がある訳ではないこと。
 唯一の強みは、麻生首相の「中福祉・中負担」のような、“折衷的”方針には映らない点。もちろん、これから世論が変わる可能性もあるが、大増税路線と喧伝されるのは間違いないから、政策支持をとりつけるのは並大抵のことではないだろう。
 おそらく、増税は経済低迷の引き金にならないとのキャンペーンを繰り広げ、超党派の「財政健全化検討会議」設置ムードを盛り上げていくつもりだろうが、世間は今もって危機感ゼロ状態だから、その程度では無理ではないか。

 そう思うのは、小泉内閣の規制緩和路線を見てしまったから。あれほど改革の熱情が全国に満ち溢れていたにもかかわらず、各論に入ると一歩も進まなかった。「第二の道」は日本では名ばかり。
 ただ、地方への税金投入量を減らしたから、税金に頼るだけの経済圏は急速に疲弊。それだけのこと。
 従って、「第三の道」に衣更えしたところで、規制撤廃・構造改革ができる保証はない。税金ぶる下がり族と、規制で独占利潤を謳歌する人達の大喜びの図になる可能性もなきにしもあらず。
 そうなってしまえば、グローバル競争で勝ち抜いてきた企業も、その風土に蝕まれていかざるを得まい。

〜 評価が難しいのは、規制の撤廃を進めることができるか見えないから。 〜
 要するに、「第二の道」だろうが、「第三の道」だろうが、規制に守られ生産性が低いビジネスを駆逐し、新陳代謝を図ることができるかで成果が決まるということ。日本の場合、生産性の低いビジネスを持続させることにご執心の政治家だらけだから、どちらの路線を選ぼうとたいした違いはない。

〜 雇用規制と福祉のパターン分け 〜
厳格な解雇規制 解雇自由裁量
高福祉型 独・仏 北欧
低福祉型
 特に自民党の場合は、新陳代謝はタブーかも知れぬ。支持層が現状維持をお好みのようだから。
 その割りには、自らを小さな政府派と称したりするから不思議である。税金バラ撒きによって、新陳代謝を抑制してきたというのに。
 当たり前だが、そんなことをしていて経済が活性化する訳がない。自民党にまかせても、何も変えられないとの認識が広まってしまったのは当たり前だ。

 それでは、民主党なら新陳代謝が可能かといえば、なんとも言い難い。
 以下のような理屈はあるものの、夢想にすぎないかも知れないからだ。
   ・グローバル経済が進み、社会が急速に変化している。
   ・この状態で、「仕事」を守るのは無理だ。
   ・「労働する人」を守れ。そのためには、「人」に投資せよ。
   ・即効性は無いが、次の経済上昇の波に乗ることができる。

 言うまでもないが、この理屈なら、一番重要になるのは雇用規制の撤廃。労働力の流動化を図ることが鍵となる。しかし、労働組合を支持母体とする政治組織がそんな方向に舵を切れるだろうか。
 それに、この流れとは、今まで企業内で作られてきたセーフティネットの仕組みを無くし、企業外に構築しようというものに近い。企業別労働組合が容認するとは思えまい。
 ただ、これはあくまでも予想。どうなるかはわからない。

〜 これを機に、まともな議論を始めて欲しいものだ。 〜
 こんな状況を眺めていると、政治家のリーダーシップに期待するしか手がなくなってしまう。
 しかし、そんな願望を吐露する前に、政策論議の質を高める努力をして欲しいものだ。理屈と現実の話を分けて議論するだけでも、頭の整理ができる筈。
 これでは何のことやらわからないか。

 例えば、最低賃金を上げたり、解雇禁止を制度化すれば、全体の雇用は減る。当たり前の理屈。ただ、これはあくまでも“理屈”。ある前提条件のもとで言えるというだけの話。
 現実には、前提条件が異なることが多い訳で、そうなると、どのように考えればよいか、じっくり議論していく必要があるということ。
 こうした議論は面倒だから避けたくなるのはわかるが、その結果、イデオロギー的な罵倒合戦で終始したりする。言うまでもないが、不毛な論争である。
 しかも、こうした論争を眺めて、経済学をろくに勉強もしたことのない政治家が政策を決断することになる。その質がどんなものになるかはいわずもがな。

 政治家に求められる資質とは、仮想環境での経済政策の効果を理解した上で、その条件が満たされない現実環境でどのようにその理屈を生かすかだと思う。アイデアは借り物でよいが、環境が異なる成功事例の真似だけは駄目である。どのアイデアがよさそうかの判断力が要求されるということ。
 派閥抗争で勝つための勉強と、ドロドロした利害関係を理解して落としどころを探る活動に精を出すだけの政治家ではこまるのである。

 こういう政治家が絡むと出てくるのが、小泉内閣が始めた、規制撤廃を掲げた構造改革特区のような政策。実に秀逸。
 競争を抑えてきた地域で展開を図ることに意義がある政策なのである。“地域の特殊性に合った”という意味は、既存産業に影響が無いということであり、たまたま事業が成功しても、生産性が低い既存産業を温存する方向に進むように取り計らったものである。これが、日本の自称「第二の道」の実態である。

 そもそも、日本の生産性が低い地域は、現状維持派が主導しているのが普通。従って、そこに、解雇規制が入ろうが、最低賃金が上がろうが、冷徹に眺めれば、たいした問題ではない。資本コストを割り込んで、回復の見込みが皆無でも、資金繰りが続く限り事業を続けさせられる土地柄だったりするからだ。そんな事業の破綻が早まるにすぎない。
 実質賃金を下げ、人を減らし、補助金をバラ撒いて雇用を守る政策はすでに行っており、そのお陰で、どうにか赤字工場での雇用を守ってきたのが現実。先の見通しなど、もちろん何もない。ただただできる限り現状維持というだけ。
 後者が、前者より構造改革に繋がるという訳でもないのは自明。特に、後者の政策はいい加減に止めないと、えらいことになるというのが、実情を知る人達の偽らざる心境では。
 おわかりだと思うが、こうした地域では、経済原則そのものが成り立っていないのである。経済原則で動くしかないグローバル企業の理屈は通用しないということ。

 構造改革特区の話に当てはめれば、こうした政策に意義があるのは経済原則が貫徹している地域ということ。小さな成功が、産業全体を揺るがす可能性もあるからだ。言うまでもないが、その最適地は東京である。
 こうした現実を考慮せず、大雑把な議論を続けても、何も変えられないと思う。

 --- 参照 ---
(1) “第174回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説” [平成22年6月11日]
   http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201006/11syosin.html


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