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2009年12月11日
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【古都散策方法 奈良-その5】
薬師如来をじっくり拝観…

薬師如来の位置づけを考えておこう。
 西の京と斑鳩を訪れたら、薬師如来をじっくりと拝観されることをお勧めしたい。その前に、薬師如来とはどう扱われているか少し考えておいた方がよい。

 ご存知のように、解脱して仏様になったお姿を像にしたものが如来像。その原点はもちろん、お釈迦様の像である。それ以前の倭国に、人間像を祀る習慣があったとは思えないが、大王の霊を大切にしていたから、なんとなく釈迦像を受け入れることができたのかなという感じがする。

 しかし、普通の人は、釈迦如来像以外の如来像はそう簡単に理解できるなかったのではないか。余りに難解すぎるからだ。
 法隆寺金堂のご本尊は釈迦三尊像も、もともとは薬師如来だったと言われたりするのも、さもありなんという感じがする。
 在家とはいえ、聖徳太子は仏教に深く帰依したのだから、解脱前の人間としての釈迦の余韻が残る釈迦如来では なく、ある側面を純粋化した仏様である他の如来信仰に傾いたと思うが、当時の社会はそう簡単にそれを受け入れることはなかったのではないか。

〜代表的如来と菩薩〜
-如来- -菩薩- -世界-
釈迦 文殊・普賢
薬王・薬上
霊鷲山
[←法隆寺]
薬師 日光・月光 瑠璃浄土(浄仏)
阿弥陀 観音・勢至 極楽浄土(来世)|西
大日
阿しゅく
宝生
不空成就
|央
|東
|南
|北
虚空蔵
弥勒
 結局のところ、現世のご利益がわかり易かった薬師如来と、あの世の極楽に連れて行ってくれるという阿弥陀如来に関心が集まってしまったということ。 (阿弥陀如来にしても、お迎えにくる時は様々な観音菩薩がお側につくなら、関心は菩薩に集まってしまうかも。)
 法隆寺の金堂の釈迦如来(過去仏)、薬師如来(現世仏)、阿弥陀如来(来世仏)の組み合わせはその状況に合わせたものでは。

 平城京仏教は、こうした感覚を脱しようと努力したのでは。唐招提寺金堂を見てみよう。本尊は盧舎那仏。釈迦如来の純粋化を図ったものだろう。しかし、いかにも高踏な如来である。従って、現世的なご利益を願う人にとっては、解脱前の菩薩信仰なしでは不満ということだったのではないか。それに応えるのが超人型の千手観音。
 だが、如来でも例外的に理解し易かったのが、薬師如来だ。現世的なご利益がわかり易いからだ。

 要するに、2つの流れが生まれたということ。一つは、東大寺流の超人型観音像信仰。
 もう一つが、薬師寺流の薬師信仰である。こちらの像は超人型である必要は無いのである。

仏教普及の牽引車としての薬師如来像を眺めよう。
 西の京の話をした際に触れたが、国家鎮護ということで、各国に作られた国分寺のご本尊のほとんどは薬師如来である。本来なら、盧舎那仏か釈迦如来になりそうなものではないか。絶大な支持があったのは間違いない。
 「東方」の如来だったこともあり、当時の天皇家は薬師如来を持仏のように考えていた可能性もありそうだ。

〜薬師如来ご本尊のお寺の例〜
[確認していない。]
西の京 薬師寺
平城京(東) 極楽坊(元興寺)
新薬師寺
斑鳩 [推測]創建時法隆寺
法輪寺
新京極 蛸薬師堂 永福寺[浄土]
東山 泉涌寺塔頭 雲龍院[真言]
大原野 花の寺 勝持寺[天台]
伏見 醍醐寺[真言]
高雄 神護寺[真言]
比叡山 延暦寺[天台]
 そんな背景があるから、天台密教の総本山、比叡山 根本中堂のご本尊も大日如来ではなく、薬師如来なのだろう。
 真言密教の曼荼羅では、東方に存在するのは阿しゅく如来(金剛界)か宝幢如来(胎蔵界)。薬師如来は記載されていないのにここまで重視されるのである。
 いかに薬師信仰が独特で、強いものだったかがわかる。

 そして、その原点が、おそらく、薬師寺のご本尊である。
 そう思って拝観されたらいかがかな。

 そんなことを考えながら、じっくりとこの薬師如来像を鑑賞させて頂くと、天竺由来の世界普遍な仏教を追求しようとの、強烈な意志が見えてくるのでは。
 例えば、普通は、薬師如来と言えば、薬瓶を持っている像が思い浮かぶが、薬師寺の像は違う。
 薬瓶があれば、どんな仏様か素人でも想像がつくから、分り易いが、そんな表現をするつもりなど皆無。たとえエリートしか理解できなくても、本質を追求するとはこういうことと示しているようなもの。
 だいたい、一寸考えればわかるが、解脱しているのだから、知恵だけで十分であり、持ち物など不要である。もちろん、立って動く必要もないのである。だからこそ、頭が発達していると言えよう。(唐招提寺の像は立像。坐像は本尊の廬舎那仏。新薬師寺の像は坐像だが薬瓶を持つし、木彫像だから、光輝く像ではなかったろう。なんとなく、個人宅の仏壇用的な雰囲気を感じる。)
 薬師寺の像で残念なのは、光背は金色なのに、本体は光輝く仏像ではなくなったままの点。アンバランスである。もっとも、渡金のために、仏像の金属表面を徹底的に磨きあげたことが見てとれ、それが丸顔の肌のきめ細かさを際立たせているから、それはそれで美しさを醸し出すもとなのではあるが。
 素晴らしい鋳造技術も静謐感を生み出すもととなっている。鋳造品で衣の柔らかさを表現する力量はただならないものがある。

 さらに、この像を引き立たせるのが、脇待の日光・月光菩薩の立像。直立ではあるが、微妙に腰を振っているため、動きを感じさせる。坐している如来像と余りに対照的なので、如来の落ち着き感が際立つのだ。その構想力は秀逸。
 直截的な力の表現ではなく、奥底に流れるものを感じさせようという仕掛けだと思われる。
 この薬師三尊像は日本の最高傑作ではないか。

弥勒菩薩についても考えておこう。
 薬師如来を取り上げたが、弥勒菩薩も少しは考えておいた方がよい。
 ご存知のように、弥勒は釈迦と同じく実在の人物だったらしい。しかも、解脱して釈迦の後を継ぐとされている。しかし、弟子像として登場するような位置付けではない。別格扱いなのである。
 その割には、余り見かけない。と言っても、中宮寺の椅子に腰掛けて思索する像は余りに有名だが。

 何故、最後に、突然に、こんな話をするかといえば、薬師寺といえば薬師如来だと思っていたら、そうでもないらしいから。
 大講堂の仏様も薬師三尊像と聞いていた人は多いのではないか。ところが、実はそうではなく、弥勒三尊像。一時は阿弥陀三尊と名称を変えた時もあったそうで、元の名称に戻したそうである。従って、 脇待は法苑林・大妙相菩薩となる。初耳。
 確かに、新薬師寺のように、七体も並べるのでなければ、ご本尊があるのだから、弥勒三尊というのは道理かも。
 釈迦を足跡で慕い、その弟子に思いを寄せる、思想を研ぎ澄ませるタイプのお寺なのだろうから、実在人物としての弥勒像無しというのは不自然だ。
 像は、解脱後の如来想定像ということになるのか。
 素人にとって、仏像拝観はなかなか難しいものがあることがよくわかる。

 話は飛ぶが、これよりわからないのが、百済観音だ。昔から文化人に絶賛されてきた不思議な像である。古代の仏像にもかかわらず、頭が小さいし、髪型らしきものを感じる。そして細身と来ているから、現代感覚ならファッションモデルさながら。特異さでは右に出るものなし。
 その上、「百済」という渡来先の地名がつけられており、怪しさ紛々。
 持ち物も気になる。もしも酒徳利なら、どのような意味があるのだろうか。

 「百済」と言うなら、弥勒菩薩かなという気もするが、できれば勝手に虚空蔵菩薩としたいところ。「空」でありながら、知恵を集める仏様であり、学問寺に合いそうだというにすぎない。水瓶を持つとは思えないが。

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