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2010.4.6
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日本の横笛考[その7]…

 ざっと日本の横笛を眺めてきたが、取り上げていない笛がある。それは7つ指孔ではなく、6つのもの。

 その一つが雅楽用の高麗笛。龍笛と似ているが、若干細くて長い。回転防止の突起(蝉)も無いようだ。  龍笛は“唐楽”用が主で、それ以外にも様々な演奏に使われるが、こちらは“高句麗楽”専用。
 ここが日本の雅楽の一大特徴である。唐と高句麗だけで終わる訳がないのであり、“百済楽”、“新羅楽”もあったし、“渤海楽”や“天竺楽”まで揃えていたのである。まさに、音楽博物館状態。
 尚、辞書には雅楽は朝鮮半島にも雅楽が残っていると書いてあるのが普通だが、日本の状況とは違うから注意した方がよい。似て非なるものかも知れないからだ。
 ご存知のように、李朝は仏教文化を一掃して、古来の儒教思想での統治に励んだ政権である。容赦ない姿勢で弾圧しており、仏教国の音楽である“百済楽”や“新羅楽”をそのまま引き継ぐ筈はない。“胡楽”系も唾棄すべきものだったかも。のこされているものは、孔子時代の音楽に編曲されたものと見た方がよい。  要するに、李調は、廃れかかっていた高麗の宋伝来の雅楽を孔子時代のものに直すことに精力を注いだということ。編成や曲は文献から復活可能だが、音楽性を復活させることができているかはなんともいえない。
 日本の雅楽の流れとは全く違う。

 そう、日本の場合は、お世話になった想いでがつまった音楽や、気にいった音楽は、できるだけ手を入れずにとっておくのである。お蔭で、種々雑多。
 平城京の頃のインターナショナルな状況はよく知られているが、まあよくも、これほどまでに様々な音楽を保ってきたものである。おそらく、それが誇りでもあったのだろう。

 しかし、注意すべきは、すべてが残される訳ではないこと。もちろん、応仁の乱と明治維新で伝承の相当な部分が喪失したから散逸が激しいが、どうしても残したかったものとそれ以外は結構峻別されているように見える。この辺りの基準を推測すると、日本の王朝の好みが見えてくるかも。

 まあ、少なくとも、高句麗楽はえらく気にいったのは間違いない。渡来人が多かったせいもあろうが、小生はこの音楽に使う高麗笛のせいではないかと見た。龍笛で代替しようとはせず、龍笛と一緒に使うのだ。そして、竹製でない篳篥は使わず。竹笛のみということ。
 日本人はなにがなんでも竹なのである。特別な想いがあるのは間違いなさそうだ。
   我が宿の い笹群竹 吹く風の 音のかそけき この夕かも 大伴家持 [万葉集巻十九-4291]

 CDでサンプルミュージックを聞いたことがあるが、耳につくような音が含まれている。
 全くの想像でしかないが、これが、日本の神を呼ぶための、シャーマンの甲高い声に似ていたのではなかろうか。なつかしき響きがしたのでは。

 ともかく、特別な笛として残されているのだから、その音は、日本の伝統的な音楽性と深く結びついているのは間違いあるまい。

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