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2011.3.1
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日本語の近しい近隣言語は存続危うし…

 日本語の起源にそれほど興味がある訳ではないが、主張が余りに多岐にわたるので気になってしかたがない。しかも、ピンとこない話ばかりとくるからなおさら。
 そこで、図書館で"まともな"本を眺めてみることにした。しかし、結果は変わらず。ガッカリ。

 ズブの素人だから、本の選択が拙いということもあろうが、それだけではなさそう。
 引用文献は細かく掲載されているし、説明は丁寧そのもので、決して質は悪くないとも言えるからだ。独自用語を使っていると、素人にもわかるように懇切丁寧に書かれていたりする。
 ただ、どうしてそのような用語を用いて新概念を導入する必要があるのかは、説明が貧弱すぎる。既存概念に当てはまらないから、新用語が必要という以上ではないのである。

 この手の説明の仕方をされる本はさっぱり面白くないのである。どういうことか、少しご説明しておこう。
 例えば、発音で言えば、閉母音であり、ラ行音が語頭に来ないとか、"l"と"r"は区別されない、等々、日本語の特徴が指摘される。それはわかった。そこででてくるのは、何故そんなルールが生まれたかという問題。従って、それを示唆するような見解を探しているのである。ところが、これがさっぱり見つからないのである。
 音が変わってきたとか、省略が進んだといった分析結果も少なくない。この場合も、推定でよいから、そうなった理由を書いて欲しいのである。もっとも、理由が記載されていることも。"面倒な発音は簡略化する"といった類の説明だったりする。これはマサカの論理だ。面倒なら最初からそんな発音をする筈がなかろう。

 それはともかく、結局、一番興味が湧いたのは、近隣言語紹介本だった。こちらは、ざっと眺めるだけで、色々と考えさせられる生のタネがあるからだ。そこで、一寸、書いてみたくなったという訳。

 先ずは、母音の発音で考えてみようか。
 以前、少し書いた覚えがあるが、日本語はいかにも母音"命"。
       → 「眼で見ると、日本語は海洋民族語」 [2011.1.27]

--- 日本近隣言語の母音 ---
-言語名と地域- -生活- -推定語族-アイウ曖昧
母音
備考
(日本)
(琉球)
n.a. 不明a i u
a i u
e o
-
-(実際はu=ɯ.)
(eがi, oがuとなる.)
賽徳克[Seediq]
台湾高地
農耕 西太平洋島嶼系a i ue-
ハワイ
中央部太平洋
n.a. 西太平洋島嶼系a i ue o-長母音
赫哲[Hezhen]
黒竜江中流
漁撈 ツングースa i uo ə
итэнмэн
カムチャツカ西部
漁撈
狩猟
採取
古シベリアa i ue o ə
Юпик
ベーリング海峡付近
捕鯨
海獣猟
エスキモーa i u- ə
Nivkh[Gilyak]
樺太
漁撈
狩猟
系統不明a i ue o ə
Yukaghir
北西シベリア(コリマ川)
漁撈
狩猟
採取
ウラルa i ue o
ɵ
-長母音, 二重母音
Caxa
西部シベリア
牧畜
漁撈
突厥a i u
y ɯ
e o
œ
-長母音, 二重母音
母音母音調和
 五十音図にしても、サンスクリット学問から来たといわれるが、子音で整理されたと言うより、5母音の展開図に近い。

 世界の言語を眺めると、そのような言語は滅多にないようである。意思疎通の肝は「子音」が果たしていると言ってよいだろう。表記方法にしても、子音しかない文字や、子音に母音の符号をつけたりするのが普通なのだ。
 そんなことは英語を習ってすぐに気付いている筈。"12th"は母音1個であとは子音がtwlfɵと子音だらけ。これをすぐに発音できる日本語話者は天才ではなかろうか。

 と言うことで、素人の観点で、比較表を作ってみた。これだけで、なんとなく感ずるものがあろう。まとめておこうか。

(尚、発音符号は右図の、Wikipediaから引いてきたIPA vowels chartによる。この図は、舌の位置(前,中,後)と口の開け方で母音を分別している。聞く方の立場ではなく、話す方の立場で整理されており、他の言語を習うには便利だが、言語比較には適当とは言い難い。)

 コミュニケーション上で重要なのは、聞き手に誤解を与えない音を出すことだすれば、母音は、アイウの3母音に限定するのが最善な筈。従って、日本語が母音命の言語だとしたら、最初の言葉はアイウだけだった可能性は高い。この3音ですべての単語を表現しようと試みていたかも。
 しかし、世界を見れば、母音は種々雑多。子音中心の言語なら当然の成り行き。アだけでも、1種類とは限らない言語は少なくない。しかし、日本語は絶対にそうはなるまい。アはおそらくすべての音の原点とされるに違いなく、当然ながら1種。そうなると、、日本語のアはIPA図の下層、aからɑまでを包含している発音と考えた方がよかろう。

 IPA図の真ん中には曖昧な音がある。日本語では紛らわしいからタブーだ。しかし、近隣言語では使われているのである。子音中心なら、ありえそうな選択である。母音には融通性があり、曖昧母音を用いたところでコミュニケーション上何の問題もおきないからだ。それに、曖昧な音だから、アクセントがつくことは無い。つまり、自動的に他の母音にアクセントがくる訳で、単語識別には極めて有効だ。(言い方を変えれば、母音命言語は、アクセントでの単語識別は嫌うということ。)

 ただ、このことは、日本語に曖昧母音は存在していなかったという論理にはつながらない。ここが日本語の一大特徴。近隣言語に曖昧母音が存在しているなら、取り込んでもおかしくないのである。人種的に「雑種」を旨としている民族だからだ。つまり、一時は外来語として曖昧母音を使っていてもおかしくは無いのだ。しかし、言語でまとまる民族だから、母音命に反する発音は次第に消え去ることになる。
 曖昧母音を持つ語族とは日本語は原初が違うということになる。北方の狩猟民族の言語とは出自が違うのだ。

 二重母音や母音調和についても同じことが言えよう。
 母音調和とは、どう見ても、違う言語が合体した結果生まれたルールである。日本語のように母音を増やすことに躊躇する必要がなければ、数は増えるのはどうということはない。ただ、音を識別し易くするには、IPA図の同一位置の2種を分別して使用することになる。それがルールに見えるだけだろう。
 日本語には、この手の合体は無い。外来語好きだが、時間をかけて、その音をアイウエオに当てはめるからだ。
 このことは、欧州言語と比較すれば、日本語は多様性が薄い言語と言えるのかも。矢鱈に母音が多い仏語など典型だが、そのなかに分派を生み出す力が内在していそうだ。日本語は真逆。日本語の方言は、発声は異なるが、アイウエオ方式という点では一枚岩だからだ。
(仏語母音は前舌はaie以外に4つ。曖昧母音があり、後舌はuo以外に2つ。さらに鼻母音や半母音があり音のオンパレード。)

 表を見ておわかりだと思うが、近隣言語には風前の灯的なものが多い。人種の雑種化や言語導入を避けてきたから、マイナー言語になってしまったと言えそう。日本語は原初の形を留めながら、そんなが可能なルールを上手く見つけたので、それを避けることができたのでは。

 ということで、この辺りで一段落して、後はまた別途。

 --- 参照 ---
「ニューエクスプレス・スペシャル 日本語の隣人たち」 白水社 2009年


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