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■■■ 日本の基底文化を考える [2018.2.20] ■■■
蜘蛛を滅茶苦茶嫌った人々[続]

蜘蛛を槍玉にあげたくなった理由のもう一つを無視する訳にもいくまい。
「蜘蛛を滅茶苦茶嫌った人々」

一般的には、糸で餌を絡め獲るか、跳びついて牙をむき、神経毒を注入。うごけなくなった生物に唾液を注ぎながらゆっくりと肉汁を啜るというシーンが怖いと言われている話をしたが、もう一つ"女郎蜘蛛"の怖さも書いておくべきか。

そう思うのは、パソコンローマ字入力で"jorougumo"と入れ始めると、日本語変換候補として、ひらがなとカタカナだけでなく、漢字で2つ登場してきたから。
 女郎具
 絡新婦


"上臈"は出ていないが、絡新婦とは。日本の妖怪の名称であり、このような漢字単語で検索した覚えがないから驚いた。
巷では、結構通用しているのであろうか。

この言葉だが、なんでも、火を吹く子蜘蛛たちを操る蜘蛛女を描いた、鳥山石燕:「画図百鬼夜行」@1776年の絵かららしい。(ストーリー自体は、浄蓮の滝、賢淵、等、様々で、各地に残っているとか。おそらく、土産物店に置いてあるご当地昔話本に蜘蛛女伝説が収載されていることが多いのだろう。)
百鬼夜行3巻拾遺3巻○絡新婦@国立国会図書館デジタルコレクション

一見、大陸の話を脚色したように見えるが、寺島良安:「和漢三才図会」第五十二巻 卵生蟲@1713年から採用しただけのことだと思われる。…
(C) National Institute of Japanese Literature
  ぢょろうくも 斑蜘蛛
  絡新婦 俗云女郎蜘蛛


そこには、[酉陽雑俎」にも登場してくる張延賞/寶符[726-787年]の話が書いてある。葛洪@晉代「肘後備急方」卷七に収録されている、斑蜘蛛に頭上を噛まれてえらい目にあったが治療できたというだけの話。・・・
 在劍南為
 張延賞判官,
 忽被斑蜘蛛咬項上,一宿,咬有二道赤色,細如箸繞項上,
 從胸前下至心經,兩宿頭面腫疼,如數升碗大,肚漸腫,幾至不救。
 張相素重荐,因出家資五百千,並荐家財,又數百千。

もちろんのこと、寺島良安は"酉陽雜俎云深山有大如車輪蜘蛛能食人物"と指摘している。すでに取り上げた件の蜘蛛である。

この斑蜘蛛だが、ジョロウグモあるいはその類縁だろう。
このクモは人家近辺から、里山や渓流近縁でも見かけるほどポピュラー。樹木の間にそれなりの大きさでほぼ垂直に網を張っている斑色のかなり大き目の蜘蛛である。
(山側へ繋がる道沿にある鄙びた無人の神社やお寺の壁に網を張っている種と言った方がわかり易いか。かつては、そこらじゅうで見かけたものだが、蜘蛛の巣が張ってあるのは見苦しいということで、ヒトの目の届く範囲から駆逐されていそう。お蔭で、なかなかお目にかからなくなってしまった。
尚、南西諸島に住む近縁のオオジョロウグモは日本最大の蜘蛛とされている。と言ってもせいぜい5cm。)


何故に、そんなよく目にする蜘蛛が妖怪に相当するのか考えると、答えはひとつしか思いつかぬ。
蜘蛛の生態を皆が知るようになったからだ。

蟷螂[カマキリ]は、交接中に雌が雄を頭から食すことがあるのはよく知られているが、蜘蛛も同じようなもの。そこが蟷螂以上に恐ろしく感じさせたということ。
複眼を持つ昆虫と違って、蜘蛛は単眼しかないので、雌は雄が近づくと即時に餌と見なすことになる。共食いOK族なのである。(ご存知の方もおられようが、網にかかればなんでも食べる訳ではない。嫌いな昆虫があるようで、網から外してしまう場合も少なくない。)

もちろん、雌は巨大(2〜3cm)であり、雄(1cm未満)にとっては必死の覚悟で向かうことになる。一瞬のチャンスを見逃さず、精子を"渡し"、即、逃げ去らにばならないのだ。蜘蛛の俊敏さを考えれば、よほど長けていない限り、"渡し"の成功確率はかなり低い筈である。

雌一匹しかいない網に大勢の小さな雄が集まり、死屍累々なのである。そのシーンを知る人々は百鬼夜行の蜘蛛を操るの図に納得したに違いない。女郎に入れあげて身を破滅させた男だらけの世の中だったのだから。
小生はそんな現場を見たことはないが、その気になれば難しいものではなかろう。

ついでながら、ここで"渡し"と表現した点にご注意あれ。交尾的な直接的な交接はとうてい無理なのは明らか。そのため、雄の生殖器は触脚にあるというのだ。脚を伸ばして、雌の腹のしかるべき部分に精子を入れ込むのである。おそらく、餌でも抱えて夢中になっている時を見計らって忍び寄ってコトに当たるしかない。そのチャンスを皆伺っている訳だ。
しかし、精子製造器官は腹にある筈だから、雌のもとに意を決して行く前に大いに興奮してまず射精。その精液を触脚の清嚢に溜めるのであろう。
(蜘蛛形でペニスを持つのは口籠虫のみか。)
雌を巡って、このような行為に励む雄の姿を見た人々がどう感じたかは言わずもがナ。
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