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■■■ 日本の基底文化を考える [2018.9.7] ■■■
鳥崇拝時代のノスタルジー[58]
−西王母の戴勝−

正倉院南蔵の"紫檀木画槽琵琶第2号"は長梨形の胴と曲がった頚を持つペルシャ起源の四絃の琵琶。→(C)宮内庁

その捍撥は革貼で騎馬狩猟人物が描かれている。
槽木画は素晴らしいもので、象牙・緑染鹿角・紫檀・黄楊木・檳榔樹・錫で形成されており、実に見事なもの。
絵柄の中心は白蓮華で、その周囲に鳥が配置されている。
 鴛鴦オシドリ
 八頭ヤツガシラ
 カモ
 山鵲サンジャク[烏の類]@森林棲 中国〜ベトナム, 西ヒマラヤ

鴛鴦と鴨はポピュラーだし、八頭も知る鳥だったと思われる。山鵲だけが他所の鳥だったのでは。

この八頭だが、なんと言ってもその特徴は冠羽とそれに合わせたかの如き姿。
名前を単純に"冠"○鳥とせず、"八"頭としたのもわかる気がする。武士の時代になってどうしても"兜○鳥"的呼称にしたくなったようだが、一般化しなかったようである。

この鳥、いかにも特殊な環境に棲んでいそうに思うが、そうではなく、ユーラシアからアフリカまで広く棲息している。(当然ながら、現時点ではそうはいかない。すでに絶滅あるいは寸前の地域は広い。)
分類的には、犀鳥の親類筋になっているが、嘴が余りに違うので素人的には全く別に映る。地面を歩いて長く尖った嘴で虫を食べる姿は、湿地での鴫の嘴を使う様子によく似ているから、その類縁と考えるのは無理もない。系統図から考えると、啄木鳥的な体質で、樹上棲か地上棲かで分岐したと読むのがよさそう。映像も、そんな風体。
┼┼戴勝/八頭(兜鴫)
┌┤
│└森八頭(鎌嘴)
┌┤
││┌犀鳥
│└┤
地犀鳥

│┌─仏法僧/山烏
└┤
└─啄木鳥
大陸では、よく知られていたから、中国の七十二候穀雨末候の"戴勝降于桑"かと思いきや、これはヤツガシラではなくカッコウと解説されている。
(, 戴勝, 布穀=カッコウ[@「禽経」])
しかしながら、"戴勝"と呼ぶ鳥は、現代では八頭である。古代においても同様と考えるべきではないかと思うが。と言うのは、「山海経」海内西経で西王母@開明南龜山の姿が戴勝として登場するからだ。[→]
もちろん、ここでの"勝"とは冠的飾りモノを指す語彙である。
(即頭上勝,今亦呼為戴勝。[郭璞:「爾雅注」@晉])
西王母の図画では、冠と言うよりは、頭の左右に付けている感じがするが、八頭の冠羽真似なのは間違いなかろう。
道教的にも、八頭としか思えない。
  「題戴勝」 賈島[779-843年]
 星點花冠道士衣,紫陽宮女化身飛。
 能傳上界春消息,若到蓬山莫放歸。

ともあれ、極めてポピュラーな鳥である。

一方、日本では珍鳥の部類。

例外的な棲息地もあっただろうが、一般的には旅の途中で立ち寄る程度。但し、都心の吹上御苑に渡来したことがあるから、出遭いは希少ではなかったかも。
それに、琵琶絵になる位だから、中華帝国外では、八頭は古代から尊崇の対象だったことも知らぬ筈はない。にもかかわらず、知らん顔を決めこんだのは、中国の状況を思料したからか。

実際、エジプトの遺跡では壁画の題材で登場している。もちろん、多島海文化とも交流あり。それが、ギリシアに入ったということか。有名なのは、アリストパネスの喜劇"鳥Ornithes"のヤツガシラの森。24種類の鳥の頂点に立つとされており、王権の象徴鳥と言う事だろう。
ところが、律法たる旧約聖書レビ記 では、一転、憎むべき動物とされてしまう。弾圧者たる王権を示しているからだろうか。
尤も、随分と後世にはなるが、コーラン[27"蟻"§22]では鳥と会話ができるソロモン王に貴重な情報をもたらす賢い鳥として登場してくる。
ペルシア(現イラン)でも鳥の指導者とされている。[Attar:"Mantiq al-Tayr"]

鳥崇拝時代、鳥と交流できることが巫王の要件だったろうから、この鳥の冠が王権の象徴だったのだろう。西王母の姿はそれを残しているということか。

日本に渡来した美しい琵琶絵を、貴族は見たに違いなく、その辺りも皆ご存知だった可能性が高い。大陸の高級難民が溶け込んでいる社会であり、ここらには、触れぬ方がよいということになったのだろう。
[→鳥類分類で見る日本の鳥と古代名]

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