[→本シリーズ−INDEX] ■■■ 日本の基底文化を考える [2018.9.15] ■■■ 鳥崇拝時代のノスタルジー[66] −烏馬鹿にされる− 「古今著聞集」巻二十"魚蟲禽獣"(第三十編)を眺めていて、烏と鵜が登場するので気にはなったのだが、が、あくまでも猿の話でしかないので取り上げなかった譚がある。折角だから、軽く触れておきたい。 烏だが、ご存知のように、「枕草子」冒頭の春夏秋冬に登場。 秋は夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、 烏の寝所へ行くとて、三つ四つ二つなど、飛び急ぐさへ、あはれなり。 現代でも、夕焼け空の下、烏が塒に帰って行く様は、里山風景としては定番に近いが、その感覚を生み出した大元と見てよいだろう。 ただ「萬葉集」では、そのよなセンスとは無縁。朝に騒がしいということで詠まれているが、恋と関連づけらての話になる。 ▼[巻七#1263] 暁と 夜烏鳴けど この岡の 木末の上は 未だ静けし ▼[巻十東歌#3095] 朝烏 早くな鳴きそ 我が背子が 朝明の姿 見れば悲しも 夕刻らしき歌もあるが、鳴くから、恋人がくると思ったのに騒がしいだけではないかとの内容。喧しいという印象が強いようだ。 ▼[巻十四東歌#3521] 烏とふ 大嘘鳥の 真実にも 来まさぬ君を 子ろ来ぞ鳴く この手の発想で烏を題材にするのが御約束かと思いきや、冗談半分の歌もある。 ▼高宮王の数種の物を詠める歌二首[巻十六#3856] 婆羅門の 作れる小田を 食む烏 瞼腫れて 幡幢に居り 物歌だから、与えられた語彙を無理に入れ込んで仕上げたのだろうが、それにしても烏の地位も堕ちたもの。 烏に対しての気分が大きく変わってきたことを示していると見てよかろう。 それが端的に現れている歌も見ておこう。 ▼権僧正 公朝「夫木和歌抄」#12724] 大堰川 堰杙に来居る 山烏 鵜の真似すとも 魚は獲らじな 烏は水浴びはするが、水掻き的な機能を発揮する部分が無いから、潜水に挑戦することなどあり得ない。にもかかわらず、おせっかいにも鵜の真似をするなと言うのである。 烏を小馬鹿にしようということで詠まれたようにも見える。 おそらく、この歌が、「鵜の真似する烏(水に溺れる)」の出典だと思うが、「十訓抄」@鎌倉中期とされているようだ。 さて、そこで「古今著聞集」。引用させて頂こう。 ▼「文覺上人高尾の猿打烏を捕りて鵜飼を模するを見る事」 [巻二十"魚蟲禽獣"(第三十編)#697] 文覺上人、高尾興隆の比、見まはりけるに、清瀧川のかみに大きなる猿兩三匹ありけるが、一の猿、岩のうへにあふのきふしてうごかず。いま二匹は、たちのきて居たりけり。上人、あやしみ思て、かくれて見ければ、烏一兩とびきて、この寝たる猿のかたはらに居たり。しばしばかりありて猿の足をつゝきけり。猿なをはたらかず、死たるやうにてあれば、烏しだいにつゝきて、うへにのぼりて。目をくじらむとしけるとき、猿烏の足をとりておきあがりにけり。其時のこりの猿二匹いできて、ながき葛をもちて、烏の足につけてけり。烏飛さらんとすれどもかなはず。さてやがて河にをりて、烏をば水になげ入て、葛のさきをとりて一匹はあり。いま二匹は河上より魚をかりけり。人の鵜のつかひけるをみて、魚をとらせむとしけるにや。烏を鵜につかふためしはかなけれども、こゝろばせふしぎにぞ思よりたりける。烏は水になげ入られたれども、其益なくてしにゝければ、猿どもはうちすてゝ山へいりにけり。不思議なりし事、まのあたり見たりしとて、彼上人かたりける也。 (出典:「古今著聞集」日本古典文学大系 84 [永積安明 島田勇雄 校注] 岩波書店 1966年) 高雄の聖 文覚[1139-1203年]は武家の出。伊豆配流で知己となった頼朝に厚遇された。創作以外に考えられぬ話だ。「鵜の真似する烏(水に溺れる)」の原点版のような気もする。 僧侶は烏がお嫌いなようだ。 考えてみれば、街中で死人続出の時代を経験した筈である。環境適応力のある烏のことだから、死肉喰いに精を出しており、遺体処理に当たっての読経には邪魔な存在だったろう。致し方無しとはいえ、その存在は不愉快極まるものだったに違いない。 烏の近縁、鵲カササギはすでに取り上げたが、[→]広く眺めると、現段階では、こんな風になっているようだ。 ---"烏"直系--- ┼┌───紅嘴烏ベニハシガラス ┼├───台湾尾長タイワンオナガ【Chi:樹鵲】 ┌┤ │└───Racket尾長ラケットオナガ ┤ │┌───山鵲サンジャク 碧鵲ヘキサン ││ ││┌──赤尾橿鳥アカオカケス ││├──尾長オナガ │││ │││┌─袖黒鴉ソデグロガラス │││├─阿弗利加山鵲アフリカサンジャク 砂漠鴉サバクガラス │││├─鵲/勝烏/高麗烏カササギ ││├┤ │││├─懸巣/鵥カケス ││││┌星鴉ホシガラス 黒丸鴉コクマルガラス │││└┤ │││┼└《真正"烏/鴉/鵶/雅"類》 │││┼┼┼┼嘴太烏ハシブトガラス │││┼┼┼┼嘴細烏ハシボソガラス │││┼┼┼┼深山烏ミヤマガラス │││┼┼┼┼渡鴉ワタリガラス │││┼┼┼┼家鴉イエガラス │││┼┼┼┼胸白烏ムナジロガラス │││┼┼┼┼頭巾鴉ズキンガラス │││┼┼┼┼魚烏ウオガラス │││┼┼┼┼カレドニアガラス │││┼┼┼┼ハワイガラス │││┼┼┼┼亜米利加烏アメリカガラス └┤│ ┼└┤ ┼┼└──《"新世界烏"類》 ---非"烏"--- ┼┼┼┼┼(海雀ウミスズメ) ┼┼┼┼┼┼┼海烏ウミガラス ┼┼┼┼┼┼┼大海烏オオウミガラス ┼┼┼┼┼(鵜/鸕鷀 ウ[≠鸕鶘]) ┼┼┼┼┼┼┼千島鵜鴉チシマウガラス ┼┼┼┼┼河烏/川鴉カワガラス ┼┼┼┼┼(椋鳥擬ムクドリモドキ) ┼┼┼┼┼┼┼羽衣烏ハゴロモガラス ┼┼┼┼┼┼┼灰色鵙鴉ハイイロモズガラス ┼┼┼┼┼(四十雀シジュウカラ) ┼┼┼┼┼┼┼姫砂漠鴉ヒメサバクガラス ┼┼┼┼┼烏帽子鳥エボシドリ ┼┼┼┼【遠縁】 ┼┼┼┼┼笛烏フエガラス@豪州 ┼┼┼┼┼烏秋/山燕オウチュウ ついでに、烏・百舌系と雀系の分岐図を作成してみた。[→] (Wikisource 万葉集 鹿持雅澄訓訂 1891年) 本シリーズ−INDEX> 超日本語大研究−INDEX> 表紙> (C) 2018 RandDManagement.com |