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■■■ 今昔物語集の由来 [2019.11.1] ■■■
[124] 阿弥陀仏信仰
「今昔物語集」には分かり易い阿弥陀仏信仰が収録されており、すでにとりあげた。
  【本朝仏法部】巻十五本朝 付仏法(僧侶俗人の往生譚)
  [巻十五#_1]元興寺智光頼光往生語[→智光曼荼羅]
  【本朝仏法部】巻十九本朝 付仏法(俗人出家談 奇異譚)
  [巻十九#14]讃岐国多度郡五位聞法即出語[→往生絵巻]

前者は極楽浄土の阿弥陀仏のお姿とその情景を《観想》するというもの。不可欠ではないものの浄土変相図絵があると、そのイメージが生まれ易くなる。その修行に徹すれば、極楽往生できるという信仰。

後者は所謂、《称名》念仏である。「阿弥陀仏よや、おい、おい。」と西方に向かってお名前をお呼びするだけ。全身全霊で帰依していることを示すと、お応え頂けるのである。

一方、愛する人の供養の阿弥陀信仰もある。
  【本朝仏法部】巻十二本朝 付仏法(斎会の縁起/功徳 仏像・仏典の功徳)
  [巻十二#18]河内国八多寺仏不焼火語
河内国 石川の八多寺にまつわる伝承話。
このお寺、波多郷に建立されていたとすれば、南河内河南辺り。
地名伝承からすると、河内等の国々の境に当たる地の堺かも知れない。ズバリ、八田寺が残っているからだ。
武内宿禰の長男 八多/波多八代宿禰に関係する可能性もありそうだが、そうだとすれば、大和 高市波多で場所的には少々外れているかも。
ただ、上記の何処にしたところで、この名称の寺が存在した形跡は見つからない。

供養のために金堂に安置された阿弥陀像図絵が火災の難を逃れたという霊験を顕現したとの話であり、ご本尊については語られていない。
 この寺には阿弥陀の絵像が安置されている。
 寺の側に住む貧しい女が奉納した絵である。
 夫に先立たれ、
 その供養に阿弥陀仏像絵を奉納しようと思ったが、
 貧困なのでできなかった。
 願うしかなかったが、落穂拾いに精を出し
 それを持って絵師のもとに。
 絵師は、あわれみ、同じように発心、
 図絵で供養することに決めた。
 完成した絵は金堂に安置され
 女はいつも拝めるようになった途端、
 寺に盗人が入り、放火され全焼。
 しかし、阿弥陀仏像絵は焼け残っていた。
 損傷が微塵もなかったのである。
 辺りの人々は大いに貴んだのである。


このような阿弥陀信仰は、"阿弥陀の聖"によって広まったようである。
そんなことを彷彿させる話も。
  【本朝世俗部】巻二十九本朝 付悪行(盗賊譚 動物譚)
  [巻二十九#_9]阿弥陀聖殺人宿其家被殺語
 "阿弥陀の聖"行をしていた寺僧の話。
 鹿角付きの杖を突き、鉦を叩いて
 阿弥陀仏の本願を説く法師として諸国を廻っていたが
 その僧の少し前を荷物を背負った男が歩いていた。
 共に歩いていたが、
 その男、傍らに立ち寄り、昼食。
 法師が通過しようとすると
 食べろと勧めるのでご相伴に。
 食事が終わり、男は出立しかけた時
 法師、この男を殺して荷物と衣を頂いても
 人通りなく、バレることもあるまい、
 と思い、さっそくに金杖で打殺し、逃亡。
 一山越えたところで人里に入った。
 日も暮れたので、
 「阿弥陀仏を勧めながら巡行する法師ですが
  一晩、泊めて下さらぬか。」と。・・・


ところが、その家が殺した男の家だったのである。
妻は、法師の衣類の袖口が夫のモノと気付き、
隣人を呼び、殺人者を射殺すことになる。

尚、話のモチーフがほぼ同じ譚が収載されているから、阿弥陀聖であることに意味ありということだろう。
  [巻二十九#29]女被捕乞丐棄子逃語[→毒茸]

「酉陽雑俎」だと、僧形の強盗殺人を生業する者あり、となりそうだが、そのような譚にはしたくなかったようだ。常識的に考えれば、特別のお宝が手に入る訳でもないのに、僧が突然殺人強盗をしようと思う訳がない。この法師は、出家した強盗業者と示唆しているようなもの。
本来的には、男に揶揄され、昔の強盗団の気分に戻ってしまった話だった可能性が強い。そこらは削られたのだろう。
それと、この話を仏教説話にしたいなら、法師の最期を工夫してもよさそうに思う。単純に仏罰を受けるだけでは、説話としては完成度低しでは。

天竺部にも、阿弥陀仏の霊験話がある。仏法無縁の人達に、意味もわからず、「阿弥陀仏」と唱えさせるという《称名》話。結果、皆、浄土に行ってしまったら、その地には誰もいなくなる。

鸚鵡に呼びかける安息国[パルティア]の話。
  【天竺部】巻四天竺 付仏後(釈迦入滅後の仏弟子活動)
  [巻四#36]天竺安息国鸚鵡鳥語
     ⇒非濁[n.a.-1063年][撰述]:「三寶感應要略」上17
     阿彌陀佛化作鸚鵡引接安息國感應 (出外國記)
安息國人不識佛法。居邊地鄙質愚氣。
時有鸚鵡鳥。其色黄金青白文飾。能作人語。
王臣人民共愛。
身肥氣力弱。
有人問曰「汝以何物為食。」
曰「我聞阿彌陀佛唱以為食。身肥力強。若欲養我。可唱佛名。」
諸人競唱。
鳥漸飛騰空中還住地。
鳥曰「汝等欲見豐饒土不。」
答「欲見之。」
鳥曰「若欲見當乘我羽。」
諸人乘其羽翼。力猶少弱。鳥勸令念佛。即飛騰虚空中。指西方而去。
王臣歎異曰。
 「此是阿彌陀佛。化作鳥身。引攝邊鄙。
  豈非現身往生。」
即於彼地立精舍。號鸚鵡寺。毎齋日修念佛三昧。
以其已來。安息國人。少識佛法。往生淨土者蓋多矣。


セイロンの西南沖孤島での《称名》話。
  [巻四#37]執師子国渚寄大魚語
     ⇒非濁[n.a.-1063年][撰述]:「三寶感應要略」上18
     阿彌陀佛作大魚身引接捕漁人感應(出外國記)
執師子國西南極目不知幾里。有絶嶋。編居屋舍五百餘戸。捕鳥為食。
更不聞佛法。
時數千大魚。海渚寄來。一一作人語。唱南無阿彌陀佛。
海人見之。不了所由。唯依唱言。名阿彌陀魚。
有人唱阿彌陀。魚漸近岸。頻唱殺之而不去。
肉甚美。若諸人久唱。所執取者。肉味最上。少唱得者辛苦之。一渚漁人。耽嗜魚肉。唱阿彌陀佛名為業。
初食者一人壽盡。命終三月之後。乘紫雲放光明。來至海渚濱。
告諸人曰。
 「吾是捕魚之中老首。命終生極樂世界。其大魚者。阿彌陀如來化作。
  彼佛哀愍我等愚氣。作大魚身。勸進念佛三昧。
  若不信者。當見魚骨。皆是蓮花。」
諸人歡喜。見所捨骨。皆是蓮花。見者感悟。斷殺生念阿彌陀佛。所居之人。皆生淨土。
空荒年久。執師子國師子賢大阿羅漢。乘神通往到彼島。傳説如此矣。


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