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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.3.3] ■■■
[247] 龍池伝説の地
「今昔物語集」には、天竺の竜譚が並んで収録されている。
  【天竺部】巻三天竺(釈迦の衆生教化〜入滅) 《#7-12異類》
  [巻三#_7]新竜本竜
  ⇒玄奘:「大唐西域記」@646年 一迦畢試国カーピシー
  [巻三#_8]瞿婆羅竜
  ⇒玄奘:「大唐西域記」@646年 二那掲羅曷国ナガラハル
  [巻三#_9]竜子免金翅鳥難語 [→金翅鳥]
  [巻三#11]釈種成竜王聟語
うち2つは、「大唐西域記」収録の現地伝説から採取した翻訳バージョン。

迦畢試国は、ほぼ、現アフガニスタン東部のパルヴァーン州[州都チャーリーカール]で、隋・唐と外交関係があり、農産物生産が盛んで名馬産出で知られていた。
那掲羅曷国は、ほぼ、現アフガニスタン東部ナンガルハル州の州都ジャラーラーバード付近。
カブールとペシャワルの交通路上にあたる。温暖気候で果実生産に適す地である。
《玄奘往路》
 ↓アフガニスタン北部
バルフ…縛喝国
 ↓
 =
 ↓アフガニスタン中部
バーミヤーン…梵衍那国
 ↓アフガニスタン東部
チャーリーカール…迦畢試国
 ↓
ジャララバード…那掲羅喝国
 ↓
ペシャワール
 ↓
 =
 ↓
カシミール…迦湿弥羅国

わざわざ、上記のルートを書いてみたのは、何故にこの2国を選んだか気になったから。龍池の本場はカシミールだからだ。("この国の土地はもともと龍池。")それに、現代イスラム勢力に破壊された巨大石仏遺跡のあるバーミヤーンとの位置関係も示したかったし。
⇒玄奘:「大唐西域記」@646年 三 八国 迦湿弥羅国カシミール
一 開国傳説

《国志》曰:国地本龍池也。
”如来寂滅之后第五十年,阿難弟子末田底迦羅漢者,得六神通,具八解脱,聞佛懸記,心自慶悦,便来至此,于大山嶺,宴坐林中,現大神変。龍見深信,請資所欲。阿羅漢曰:“願于池内,惠以容膝。”
龍王于是縮水奉施。羅漢神通廣身,龍王縦力縮水,池漢于此西北為留一池,周百餘里,自余枝属,別居小池。
龍王曰: “池地総施,願恒受供。”
末田底迦曰: “我今不久無余涅槃,雖欲受請,其可得乎?”
龍王重請: “五百羅漢常受我供,乃至法尽,法尽之后,還取此国以為居池。”
末田底迦従其所請。時阿羅漢既得其地,運大神通力,立五百伽藍,于諸異国買粥賤人,以充役使,以供僧衆。末田底迦入寂滅后,彼諸賤人自立君長,隣境諸国鄙其賤種,莫与交親,謂之訖利多。(唐言買得。)今時泉水已多流濫。


このことは、「今昔物語集」編纂者は相当に読み込んでいることを意味していそうである。現代人でも、アフガニスタンからヒンズークシ山脈にかけての地勢についてはわかりにくいが、結構ポイントを押さえていそう。
思うに、竜池の本質はパミール高原こと大雪山辺りの隔絶された高地湖と地形と突然変化する気象では。カシミールよりはアフガン東部が近いと考えたのだと思う。
さらに、玄奘の上記の記載を見ると、上座部仏教(阿難の弟子 末田底迦)が王族とともに渡来して支配権を確立し賎人を移入して使役したような描き様。被支配層は賤種部族ということ。当然ながら、その虐げられた人々は龍族/ナーガ。
初期の大乗は龍信仰を重視したに違いなかろう。
それを踏まえて、編纂者が選んだのが那掲羅喝国譚と那掲羅曷国譚ではあるまいか。
もしもそうだとすれば、そこには鋭い洞察力を伴っていることになる。仏像は龍像の可能性が高いと指摘しているようなもの。要するに、虐げられた龍族は、仏塔と大伽藍には近寄らず、直に触れることができる山岳部洞窟の石仏信仰一色に染まったと見る訳だ。

「酉陽雑俎」だと、ガンダーラの文化に関心がありそうだが、[→ガンダーラの帝]「今昔物語集」は支配被支配の方に目が向くという違いを、なんとなく感じさせる箇所である。

チャーリーカールにあった国の話は、首都ペシャワールの大王国、クシャーナ朝第3代の迦膩色迦王/カニシカ王[在位144-171年頃]のアフガン征服譚の欠片でもある。
この王朝は、夏期はアフガニスタン草原、冬期はインド平原で統治するスタイルと伝えられる。北はネパール、東はサールナート迄、確実に支配下におさめていたようで、ベンガルも影響下にあったようだ。
当然ながら、対ペルシア戦争も熾烈だった筈だが、それについては全く触れられていない。

 大雪山の頂に池があり、一頭の竜が住んでいた時のこと。
    (玄奘によれば、大雪山は迦畢試国の王城の西北二百余里にある。)
 羅漢の比丘が、竜の招請で、供養を受けるため、
 縄床に座したまま空を飛び、毎日、竜の棲処を訪問していた。
 この羅漢の弟子の小沙弥が、師が竜の宮殿に行くのを見て
 「一緒に連れて行って下さらぬか。」と。
 師は、
 「汝はまだ悟りを開いていない。
  竜の所に行けば、必ず悪い事が起きる。
  そういうことで、連れては行けない。」と、
 ところが、密かに、縄床下に取付き、隠れて付いて行ってしまった。
 師は到着し弟子が居たので稀有なことと驚いた。
 竜は羅漢に香味の美食を供養。
 弟子に与えられたのは、普通の人の食物だったが、
 同じと思って食べていた。
 しかし、食後、師の食器を洗った時、
 付着していた粒状の物を食べてみると、
 その味は格段に素晴らしく違うものであることを知った。
 たちまち悪心が起き、師を大いに恨んだのである。
 さらに竜をも憎んでしまい
 「我は悪竜と成り、
  この竜の命を断ち
  この場所に住み
  王と成ろう。」
 と考えて、願を立てた。
 そして、師に従って戻った。
 戻ってから、さらに誠の悪心が生まれ
 「悪竜に成るぞ。」
 と祈願すると
 その夜が終わらないうちに死んでしまった。
 願い通り、即座に悪竜に転生。
 ということで、悪竜は竜の所に行き、制圧し、棲処とした。
 師の羅漢は、これを見て嘆き悲しんだ。
 その国の大王 迦膩色迦王のもとに参上し事態を上奏。
 大王は大変驚き、すぐに、その池を埋めることに。
 悪竜は大暴れしたので、大王激怒。
 悪竜は鎮圧され、池跡に伽藍からなる寺が建立された。
 それを怨む悪竜は寺院を焼いたが、大王は再建。
 塔と卒塔婆を建造し、仏舎利一升を安置し奉ったのである。
 悪竜は婆羅門の姿になり、大王のもとに参上し、申し述べた。
 「私は、悪心を止めました。
  今からは、
  これまでのような心を捨てます。」と。
 そこで、伽藍で椎を撃ち、
 その音を聞いで、竜は、
 「悪心は止めました。」
 と宣言。
 さりながら、その辺りは、常に雲気が生まれていた。

マ、都城は別だが、山岳部は川筋には渓谷も多く地理的に細分化された部族支配地の集合体だから、国家観が定着する訳もなく、面子一つの問題で即戦乱発生の世界。雲気がなくなることは考えにくい。これは現代でもそのまま通用する。[→アフガニスタンのテロ撲滅戦争の見方]

続いては、玄奘が見た洞窟の仏像が被抑圧階層の信仰対象だったとの話。場所は、城の西南20里ほどの地で、滝飛沫が当たる東壁の仏影窟。

 国王に乳酪を奉る牛飼人の話。
 ある時、乳酪が絶えて、心外なことに奉ることができなかった。
 国王激怒。使者を派遣し叱責。
 それは堪え難いレベルだったので、大いに怨んだ。
 金の銭で花を買い、卒塔婆供養し 誓願。
 「我には何の罪も無いのに責めを受け堪え難い。
  悪竜となり、国を破り、国王を殺害できますよう。」
 と言うことで、巌から身投げ。
 願い通り悪竜となって、
 寺の南西にある、深い峡谷を棲処に。
 大変恐ろしい場所で
 その東崖に壁を塗った様な断崖絶壁があり
 そこに大きな洞穴。
 入口は狭く、中は真っ暗。常に、湿っていて水が滴っていた。
 そこから遥か遠くの中天竺に居られた釈迦如来は、
 神通力でこの竜の心をお見通しに。
 洞穴にやって来られると
 見奉った竜は毒心が失せて不殺生戒を誓った。
 そして、洞穴に住して欲しいと願ったが
 涅槃に入るのでそれはできないから
 影像を洞穴に残すことで応えた。
 さらに五人の羅漢を派遣するので、供養するようにとも。
 竜の名前は瞿婆羅。

パシーミール風土ズバリ譚と言えよう。「今昔物語集」編纂者のセンスは抜群。
自信を持っているのは、珍しく、出典を記載していることでもわかる。
   "唐の玄奘三蔵の天竺に渡て、此のに行て、其の影像を見奉て、記し置給へる"

これを踏まえて、もう一つの話につながる。これは、天竺の天皇譚になっている。もちろんのこと、"天皇"との用語が使われている。・・・
弱い立場におかれた貴種が、竜宮を訪問し、龍王の娘に見初められ結婚し龍宮にしばらく住むが、権力を握れる土産を頂戴して一人で帰還。そのお蔭で、天皇となり、后を迎えるが、后はどこまでも龍族なので齟齬が生じる。「古事記」のガイストとなんら変わりが無い。
「今昔物語集」の編纂者の知性の高さがわかる収載方針と言えよう。

 舎衛国流離王は釈迦族(王族)500人を殺害し滅亡させた。
 武器使用に熟達していたが、殺戮禁忌なので合戦はなかった。
 ただ、例外的に戦った者が4人おり、国外逃亡し流浪の身に。
    (注意:[巻二#28]流離王殺釈種語の釈迦族滅亡とは数が違う。)
 うち一人の釈種が疲れて休息。
 鴈が現れ馴れ睦ぶことに。
 そして、乗って遠くへと飛んで行き、到着したのは池の辺。
 そこに、池に住む竜の娘が来て、寝姿を見て、夫にしようと。
 人の形になり物語などして馴れ親しむ。
 ただ、娘は、釈種は止事無き身だが、竜種は賤しき身と考えていた。
 釈種はそれは意味ないと、前世の因果応報を説き
 娘は人となり、父母に報告したので、両親は大いに喜ぶ。
 釈種も夫婦になりきろうと、池中の竜宮に入った。
   見れば、七宝の宮殿。
   金の木尻・銀の壁・瑠璃の瓦・摩尼珠の瓔珞・栴檀の柱。
   光を放つ、浄土の如し。
 竜王は後継者にしたかったが、釈種は釈迦族王復活を望む。
 竜王はその願いに応え、
 七宝の玉の箱に錦で包んだ釼を入れ授ける。
 「天竺の王は遠路の貢物なら直接受け取るだろう。
  その際、その釼で突き殺せ。」
 との策。
 そのお蔭で、釈種は王に。
 神のお告げで賜った神刀であると宣言したから皆従ったのである。
 早速、池に大行列で凱旋し、竜王の娘を呼寄せ、后に。
 しかし、竜だったから、
 就寝時や睦む時は蛇頭になり、舌がでてくる。
 天皇たる釈種はそれを疎ましく感じ、頭を切断。
 竜なので死ぬことはないが、
 后が言うように、国の民は頭を病んでしまった。


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