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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.4.17] ■■■
[292] "大天五事"削除
大天/摩訶提婆は夢精したことに端を発し、阿羅漢でも以下の5事があると主張。(Wiki)
  余所誘…天魔に誘われた時は阿羅漢も不浄の漏失を免れない。
  無知…阿羅漢には不染汚無知というものがある。
  猶予…阿羅漢にも世間的な疑惑はある。
  他令入…阿羅漢にも聖慧眼を持たぬ者がいる。
  道因声故起…苦しいと叫ぶことから聖道が生じる。
当然ながら、長老は非法にして妄語として大反撥。
上座部と大衆部分裂の引き金を引いた学説と見なされている。

ただ、分裂の始まりは、第2回結集とされており、それは上記のような思想的対立ではなさそう。仏教圏の地理的範囲拡大で生活文化の違いが顕在化してしまい、社会に対応できかねるルール改訂をどうするかというだけのこと。そんなものの線引きなど論議で決まる性質ではないのは当たり前。社会に対応したくない旧態依然としたエリート v.s. 在家の沢山の信仰者を抱える新参僧が対立しただけのことだろう。前者は、社会の実勢に合わなくなった布施を信者に強要しかねないのだから、どの道、駆逐されカルト化するしかない。従って、そんな勢力が現代の上座部に繋がっているとは思えない。この時代の、非上座部勢力でもなったセイロン島の分別説部が、現代の上座部を生み出したと考えるべきだろう。
そんな対立を抱えている時に、新教説が提起されたのだから、思想的袂を分かつしかないとなるのは自然な流れともいえよう。

従って、仏教史では重大な岐路に当たることになる。
にもかかわらず、「今昔物語集」ではこの話は取り上げていない。

というか、大天の出家前の話だけが収載されている。
それ位なら、欠文扱いにしてもよかったのだろうが、後半欠文。
つまりこの話のご教訓を書く気はないが、大天の存在を消す訳にはいかぬ、ということだろう。
  【天竺部】巻四天竺 付仏後(釈迦入滅後の仏弟子活動)
  [巻四#23]天竺大天事語 (後半欠文)

この譚の収載箇所は、巻四の#23-27に並ぶ《後代比丘》の冒頭。いわば、天竺に於ける大乗立ち上がり史を示すところに当たる。・・・
  [巻四#24]龍樹俗時作隠形薬語[→龍樹菩薩]
  [巻四#25]龍樹提婆二菩薩伝法語[→龍樹菩薩]
  玄奘:「大唐西域記」@646年⇒十薩羅国コーサラ
  [巻四#26]無着世親二菩薩伝法語[→無着の神通力]
  玄奘:「大唐西域記」@646年⇒五阿踰陀国アユダー
  [巻四#27]護法清弁二菩薩空有諍語[→弥勒菩薩]
  玄奘:「大唐西域記」@646年⇒十那羯磔迦国ダーニヤカタカ

マ、とんでもない話だけで千切れてしまうのであるが、一応、見ておこう。
尚、年代記述は現代常識とはとんでもなく違っているが、天竺には、輪廻観社会のせいか、史書らしきものが存在していないので、編纂者が成るべく時代的新しさを示す数字を選んだのだろう。大天の大乗仏教史上の意義は、龍樹と比較すればたいしたものではないゾといった程度の意味で。
釈尊涅槃後400年。
 末渡羅国に大天あり。
 父は、大海経由で他国と交易する商人。
 大天は
 「この世で最も美しい女を妻に。」と考えて
 探し回ったが見つけることができず。
 家に帰ってみると、自分の母が端正美麗。
 「世間には母以上の女はいない。」ことに気付き、
 母を妻とした。
 数ヶ月夫婦生活を続けていたが、
 父が長旅を終え、他国から帰国し、船が港に着いた。
 大天は
 「我が母を妻にしたので、
  父が帰って来れば、善くは思う訳がない。」と考え、
 上陸前に、父を殺害。
 その後も母と夫婦生活を続けていたが、
 外出している間に、母は隣の家に行ったりした。
 これは浮気に違いないと見て母を撲殺。
 父母両方を殺してしまったので、
 恥じ、恐れ、家を去り、遠方で隠れて住んだ。
 ところが、そこに、国に居た羅漢の比丘も住んでいた。
 その羅漢が大天の所にやって来たのである。
 そのため
 「我は父母を殺した。
  それを恥じ恐れて、ここに逃げて住んでいる。
  父母殺害を隠し通そうと思っているのに
  やって来たあの羅漢は、我の事を人に話すに違いない。
  そうなると、この羅漢を殺すしかなかろう。」
 と考えてしまい、羅漢殺害。

 然れば、既に三逆罪を犯つ。其の後、大天 (以下欠文)

「今昔物語集」編纂者のこの姿勢が示唆するのは、上記の五事は、大乗の前身どころか、端緒の学説ではないとの見解。

小生は、コレ、なかなかの見識と見る。・・・
一般には、「"大天五事"論派⇒"大衆部"⇒大乗」とされているようだが、現代の大乗仏教は"この時代の大衆部"発祥ではないと見なしているのだから。
現代の上座部仏教(テーラワーダ"長老の教え")にしても"この時代の上座部"発祥ではなく、セイロン/スリランカの分別説部発祥と思われるから。《部派仏教》(大衆部+上座部)"の系譜は途絶えていると考える訳である。

そうは言っても、"大天五事"の1の主旨は、いかにも"ヒト皆凡夫"テーゼに聞こえるし、5は"苦しいことがあっても称名念仏口誦"の根源を示しているようにも思えるから、思想的な類似性は少なくないとは思うが。

こんなことを考えてしまうのは、「今昔物語集」全体を、細かくはいい加減にしか見ていないし誤りも少なくないにもかかわらず、アラアラ網羅的に眺めているからだ。俯瞰的に見れば、編纂者が考える仏教徒とは自由な精神とインターナショナル性を志向する交流好きな人々と言えそうで、隠遁者も含めた社会生活に合わせた様々な人々の緩いネットワーク形成を旨としていそう。そこには、観念的な脱身分制思想は皆無。
それは釈尊の時代の説法を彷彿させるものでもある。参集者には外道や畜生も含まれる訳だが、確かに、仏典を見るととてつもない数の参集者だがち、弟子やその周囲の人々はそのなかでは微々たる存在。大半は、非仏教的環境に居る人々。
《部派仏教》の世界は、各宗派が閉じた世界を形成する方向に進んでおり、同質な人々が集うしかなくなり孤立化は避けられない。ここから大乗仏教勢力が生まれるとしたら、とてつもなきカリスマの誕生しかありえまい。
「今昔物語集」編纂者には、大天はそのようなタイプには思えなかったのであろう。
従って、「"大天五事"論派⇒"大衆部"⇒大乗」はあり得ないと判断したのだと思う。"小乗⇒大乗"たる龍樹にしても、大衆部ではなく上座部の出だし。

つまり、「今昔物語集」編纂者的には、大乗仏教は、様々な宗派組織内外の柔軟なネットワークのなかから生まれたことになる。従って、どの時点をも発祥と見なせることになる。ただメルクマールとしては仏像の登場かも知れぬ。(釈尊は葬儀や釈迦像製作を禁じたが、それは天竺内の狭い地域では通じるが、インターナショナルな文化に適応するには棄て去るしかなかったのは自明。)

《部派仏教》
┼┼【上座部】
┼┼├─雪山部
┼┼└─説一切有部
┼┼┼┼┼├犢子部
┼┼┼┼┼├法上部
┼┼┼┼┼├賢冑部
┼┼┼┼┼├正量部
┼┼┼┼┼└密林山部
┼┼┼┼┼├───化地部
┼┼┼┼┼┼┼┼┼└法蔵部
┼┼┼┼┼├──────飲光部
┼┼┼┼┼└───────経量部
┼┼北伝説
┼┼【大衆部】
┼┼┼┼├─一説部
┼┼┼┼├─説出世部
┼┼┼┼├─鶏胤部
┼┼┼┼├多聞部
┼┼┼┼└─説仮部
┼┼┼┼└┬───制多山部/支提山部(大天)
┼┼┼┼┼├───西山住部
┼┼┼┼┼└───北山住部
┼┼【上座部】
┼┼├─化地部
┼┼┼┼┼├法蔵部
┼┼┼┼┼└説一切有部
┼┼┼┼┼┼└飲光部
┼┼┼┼┼┼┼└説轉部
┼┼┼┼┼┼┼┼└説経部
┼┼└─犢子部
┼┼┼┼┼├法上部
┼┼┼┼┼├賢冑部
┼┼┼┼┼├密林山部
┼┼┼┼┼└正量部
┼┼南伝説
┼┼【大衆部】
┼┼┼┼├─一説部
┼┼┼┼├─鶏胤部
┼┼┼┼├説仮部
┼┼┼┼└多聞部
┼┼┼┼└───制多山部
┼┼先上座部
┼┼【分別説部】
┼┼┼┼└─赤銅@スリランカ ⇒現代の上座部仏教

【"大天"出典】
○部派分裂経緯と各派の教理書集
  玄奘[訳]世友菩薩[撰]:「異部宗輪論」・・・
佛、薄伽梵般涅盤後,有百餘年,先聖時淹,如日久没。摩陀國蘇摩城,王號無憂,統攝贍部,感一白蓋,化洽人神。
是時佛法,大衆初破,謂因四衆,共議"
大天"五事不同,分為兩部,一大衆部,二上座部。
 :
第二百年滿時,有一出家外道,捨邪歸正,亦名"
大天"。大衆部中出家受具,多聞精進,居制多山,與彼部僧重詳五事。
因茲乖諍,分為三部:一制多山部、二西山住部、三北山住部。

○上記注釈書。
  窺基[撰]:「異部宗輪論述記」・・・
昔末土羅國,有一商主,少聘妻室,生一男子,顏容端正,字曰"
大天"。
○玄奘:「大唐西域記」@646年
  玄奘:「大唐西域記」卷三 北印度八國]迦濕彌羅國・・・
摩竭陀國無憂王,以如來涅槃之後,第一百年命世君臨,威被殊俗,深信三寶,愛育四生。時有五百羅漢僧,五百凡夫僧,王所敬仰供養無差。有凡夫僧"摩訶提婆"(唐言"
大天"),闊達多智,幽求名實。潭思作論,理違聖教。凡有聞知,群從異議。無憂王不識凡聖,同情所好,黨授所親。召集僧コ赴伽河,欲沈深流,總從誅戮。時諸羅漢既逼命難,咸運神通,凌虚履空。來至此國,山棲谷隱。時無憂王聞而懼,躬來謝過,請還本國。彼諸羅漢確不從命。無憂王為羅漢建五百僧伽藍,總以此國持施衆僧。
○説一切有部の教説「阿毘達磨発智論」注釈書
  玄奘[訳]「阿毘達磨大毘婆沙論」卷九十九・・・
昔末土羅國有一商主,少娉妻室,生一男兒,顏容端正,與字大天。・・・大天雖犯三逆罪,然善根未斷,深生憂悔。

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