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■■■ 今昔物語集の由来 [2020.7.10] ■■■
[376] 陀羅尼の霊威
巻十四は過半が法華経霊験譚だが、諸経典についても代表例を収録している。[→]そのなかに、陀羅尼の2譚があるので見ておこう。

最初に、陀羅尼の経典分類上の定義を。
あくまでも"咒"であり、意味が全くわからない文言だから価値があるとされているのだろう。唱えることで精神を集中させ、瞑想の世界に没入するということか。

以下のように分類できるようだ。
《非意訳経(音声転写/"真言"》
○種子(字)…1音節
    
e.g."吽"
○陀羅尼
 ・心咒 …10程度の音節の句
    
e.g.「觀音菩薩六字真言」
      吽,
      唄美吽,
      ;麼銘吽

 ・短咒 …数短句
    
e.g.「藥師灌頂真言」
      南無薄伽伐帝。殺社。窶薜琉璃。 鉢喇婆。喝闍也。
      怛他多也。阿喝帝。三藐三勃陀耶。怛姪他。
      殺逝。薩逝。薩社。三沒帝。莎訶。

 ・長咒 …10以上の句。
    
e.g.「尊勝咒」「大悲咒」
《意訳経》

本朝部に収載されている譚でとりあげられているのは、「尊勝咒」と「大悲咒」である。
  【本朝仏法部】巻十四本朝 付仏法(法華経の霊験譚)
  [巻十四#42]依尊勝陀羅尼験力遁鬼難語
  [巻十四#43]依千手陀羅尼験力遁蛇難語

前者の、「尊勝咒」は、87句で、(諸本で異同多し。)「浄除一切悪道仏頂尊勝陀羅尼(仏頂尊勝陀羅尼)@不空[譯] or 佛陀波利[譯]:「佛頂尊勝陀羅尼經」のこと。震旦部では、タイトルでは、"真言"になっている。
  【震旦部】巻六震旦 付仏法(仏教渡来〜流布)
  [巻六#10] 仏陀波利尊勝真言渡震旦語📖仏陀波利三藏 📖文殊化身
譚の内容は、百鬼夜行の御守の話。

 延喜[901-923年醍醐天皇]の代。
  
(↑時代が合わない。…原注は水尾/清和天皇 在位:858-876年)
 西三条右大臣 藤原良相[813-867年]の子
  大納言左大将 藤原常行
[836-875年]
 まだ童として冠も着けていなかったが、
 美麗で好色なので
 毎夜、女のもとに通うのが生業のようなもの。
 父母は、夜行は危ないので、制止していたが、
 小舎人童・馬の舎人を共に、人に知られぬように
 西三条にある家から出かけた。
 二条大路に面する美福門の前まで来ると、
 東の大宮の方から沢山の燃火が、しる声と共に近づいて来た。
 怪しいので、
 神泉苑の北門が開いているので、
 中に入って通り過ぎるのを待つことに。
 つい好奇心から、行き過ぎる集団を門を開けて覗いてしまった。
 すると、それは恐ろしい形相をした鬼共だった。
 肝っ玉を潰していると、
 鬼の一人が気配に気付き、搦めとろうと走って来た。
 これはもう駄目だ、と思ったところ
 近くには寄らずに、走って返ってしまった。
 どうして捕まえないのだと言われ、
 その鬼は、取っ捕まえることはできないと答えると、
 どういうことだ、捕まえろと言われ
 来たが、又、近くには寄らず、走って返ってしまった。
 それなら、我が、と言う鬼がやって来たので、
 常行は、もうこれまでと思ったが、同じこと。
 どうした、という声が聞こえ、
 尊勝陀真言がいらっしゃるので、との声が発せられ
 その途端、燃火は一斉に消えてしまい、
 東西に走り去る音がして、皆消失した。
 それでも、常行は、頭髪が太るほどの恐れよう。
 ともあれ、家に返ったが、
 詰め所に入って、
 気分最悪で、ぐったりし、臥せてしまい、熱も出てきた。
 乳母が様子を見に来て、
 どうしたのかと聞くので、常行は出来事を語った。
 すると、乳母は語った。「奇異なこと。
  去年、己れが兄弟の阿闍梨に頼んで 尊勝陀羅尼を書いてもらい、
  御衣の襟裏に入れておきました。
  もし、それがなかったら、今頃、
  どういうことになっていたか。」と。
 その後、3日ほど熱はあったものの、
 祈祷等、父母が騒いで対処したので、
 3〜4日で元気回復。
 暦を見ると、その夜は忌夜行日
(百鬼夜行)だった。

一方、後者の「大悲咒」は82句で、迦梵達摩/尊法[訳]:「千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼(大悲心陀羅尼)を指す。
譚では、千手千眼觀世音菩薩の咒で蛇難を逃れた話だが、その呪術の系譜を示唆するかのような一行が譚末に記載されている。
 (吉野山の行人)日蔵が語けるとて、
 山階寺の林懐僧都の聞て語けるを、
 永昭僧都の聞伝て

日蔵[905-967年]…金峯山椿山寺で剃髪。如意輪寺@吉野山(開基)⇒東寺⇒室生山龍門寺。
林懐[951-1025年]…師は山階寺喜多院の真喜。維摩会講師⇒法華寺別当⇒山階寺別当。林懐と仲算大徳が那智滝で修行し、仲算が般若心経を誦したところ、滝が逆流し滝の上に生身の千手観音が現れたという話がある。[「撰集抄」巻六#3林懐僧都発心之事]
永昭[989-1030年]…林懐の弟子。1025年山階寺別当。


 吉野の山の行人 日蔵は、さらなる山奥に居る行人が師。
 仏法修行一途で、長いこと山から出ることが無く
 日夜に千手陀羅尼を口誦受持。
 山の南に深い谷が有り
 ある時、聖人は篠原を分け入り下って行った。
 浅く水無しの谷と考えていたら、水が有るようなので、怪しいと思い、
 近く寄って行く、
 峰から谷へとに風が吹き下しており、
 そこには、沢山の大蛇が背を並べて臥せていた。
 それが、遠くから水のように見えたのだった。
 蛇共は、聖人の臭いを嗅ぎつけ、
 皆、鎌首を4〜5尺持上げていた。
 頭上は紺青、緑青を塗っているように見え、
 頸の下は紅の打掻練を押したような模様。
 目は鋺のようにめいていて、下は焔のように霹めいている。
 これを見て、聖人は、
 我が身は今をもってお仕舞いになると思い、
 逃げようとしたが、急峻であり、篠を攫んで登ろうとしてもできず。
 そうこうするうち、
 腥くて煖かな息を散々に吹きかけたられてしまい、
 直ぐに呑まれなくても、
 その息の臭いに酔わされて死んでしまいそうだった。
 そんなことで、篠を攫んで、俯せになっていると
 上の方から下ってくる者がいた。
 蛇の臭いに酔って目も見開けないので、
 何者かはわからなかったが、
 近く寄って来て、肘を攫んだ。
 そして、荒らっぽく肩にひっかけたのである。
 聖人、片手で恐れ乍ら
 どういうことかと思って探ってみると、
 大木の表面の様で煖かい。
 聖人、
 「これは鬼だ。
  我れをおうとして、引き持ち行くのだ。
  これでは、どの道、 今日死ぬことになろう。」と。
 この鬼だが、下り坂は走るが如く、
 上りはまるで飛ぶが如くに走って登る。
 そして、遥か遠くの峰に走りつき、聖人を打ち下ろした。
 聖人、「これで、我はれるのか。」と思ったが、
 はれないようなので、少し心も鎮まり恐々と、誰なのか尋ねた。
 すると鬼は、
 「我れは此れ鳩槃荼鬼也。」と名乗った。
 聖人、「尊きこと。」と感じ入り、
 目を開けると
 そこに居るのは身長1丈ほどの鬼。
 その色は漆を塗ったように黒い。
 頭髪は赤で、上方に立っている。
 裸であり、赤い裕衣を懸けている。
 後ろ向きなので、顔は見えなかった。
 そして、掻き消す様に消失してしまった。
 「真言受持で千手観音にお助けいただいたのだ。」とわかり、
 極めて貴いと、泣々く拝礼。
 その上で、そこから去り、
 丑寅の方向に行くと岩の中から滝が落ちている場所に至った。
 5丈ほどで、岩には木が生えている。その景色が面白いので、
 立ち留まって暫く見ていた。
 滝壺から、三抱ほどの樹木が上方1〜2丈伸び、
 滝が短くなり、そのうち樹木は引っ込む。
 それが度々繰り返されるので、考えてみれば、
 これは蛇の岩壺。頭を水に打たれるとひっこめる訳だ。
 聖人、心疎く怖しくなったが、
 考えて見れば、何たる苦を受けているのか、と悲しくなった。
 蛇の為に、多くの経を読誦し、
 千手陀羅尼を誦してから、去ったのである。

尚、経では、
"我遣○○(千手観音眷属の二十八部衆)、常當擁護受持者。"との文章が並ぶ。当然ながら、鳩槃荼も。
  我遣水火雷電神,鳩槃荼王毘舍闍,常當擁護受持者。

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