→INDEX

■■■ 「古事記」解釈 [2021.3.20] ■■■
[78]表意借字法の元祖かも
借字の話の続きではない。📖借字議論の焦点
お堅い本を題材にしたので、その息抜きに。

"萩ハギ[乎木]"の話。
秋の七草だが、本当は木本。📖秋の草花とされていた木

和名のハギの、大陸での呼称は"胡枝子"。しかし、大陸北部に広範に棲息しているから、歴史年代に胡から渡来したのではなく、厄介な繁茂雑草扱いされたのではなかろうか。
ついついそう思ってしまうのは、中華帝国内では、詩や絵画で見かけるような植物ではないからだ。日本のように、花札知識ではあるものの、すぐに猪鹿狩りの地のイメージが出てくることも無いお国柄。

ハギは、大陸では"胡枝子"と呼ばれることは知られていたらしく、その名称を嫌ったようで、「万葉集」での表記は芽あるいは芽子とされている。もちろん、ご存じのように、数々の歌が収録されている。

ところが、「古今和歌集」は仮名文字なので、表記が変更されてしまいがち。花を惜しむ気持ちや、露が付いた情景を詠うことで、人気がある歌が多いこともあってか定着しているようだ。

普通は、このような場合は、椿のように国字を使いそうなものだが、萩は、すでに違う植物(嫁菜類)を指す文字として渡来していたのである。
にもかかわらず、強引に借字。

そんなことを誰が始めたの気になったが、よく考えれば「古事記」もその手の借字を行っていた。
太安万侶ご推奨の和文字化と言えそう。

と言っても、"萩"がハギとして使われているということではない。よく似た漢字の"荻"が使われている。オギである。しかし、この場面での植物名は明らかに"萩"的。猪鹿が嘉歩する秋の野原に繁茂する草に擬えているのだと思う。もちろん、そこは猪や鹿のお狩場。・・・
[20]穴穂御子/安康天皇を斬頸した7才の目弱王を、大長谷王子/雄略天皇が討伐後、
   韓帒(佐々紀山君祖)曰く:
 @淡海之久多綿之蚊屋野
 多在猪鹿
 其立足者 如 荻原
 指擧角者 如 枯樹

/オギ(見掛けはススキ類似だが別種)の文字を当ててはいるものの、オギの棲息地はもっぱら河川敷の湿地帯だから猪鹿狩猟場の比喩には向かない。常識的にはススキを指すのだろう。萩という文字を使用したかっただろうが、嫁菜類の蓬ではナンダカネになるので、荻にしたのではなかろうか。
しかし、ススキという語彙は別途使われている。
  須勢理毘売が嫉妬したので、日子遲~(=大国主命)が歌う場面。・・・
 大和[≒山跡]の 一本[母登][須須岐] 頂傾し
 汝が泣かさまく 朝雨野霧に立たむぞ

そうなると、「古事記」の荻は、秋の草一般を指すと解釈してもかまわないだろう。それ位なら、荻⇒萩にするかとの流れが生まれていてもおかしくなさそう。
(太安万侶はそこらをわかっていて、わざわざ荻を使ったと見ることもできる。茎がバサバサ動いて目立つのは荻だからだ。一方、萩は古今和歌集ではもっぱら露の情調が詠まれており、薄となれば魅力的なのは穂の姿。秋の草については一家言ありのお方かも。)

 (C) 2021 RandDManagement.com  →HOME