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■■■ 「古事記」解釈 [2021.5.17] ■■■
[136] 産巣日の読み方が気になる
"むすひ"は神道信仰上の極めて重要な概念だろうから、論理的に検討してもたいした意味はなさそう。キリスト教の三位一体と同じで、神学の範疇での議論になるからだ。📖「三位一体」と「造化三神」の類似性
(ただ、経典宗教でないため、聖書の民のような、熾烈な教義論争に陥ることは滅多にないようだ。)

しかし、曖昧な概念で"むすひ"を解釈するのは避けた方がよいと思う。「古事記」を読む価値が無くなりかねないからだ。
そこらをご説明すると、どうしても思弁的になってしまうが、敢えて、書いておこうと思う。

先ず、"むすひ"神の扱いだが、「古事記」の取り上げ方からすると、最古層の最高神と考えてよさそう。だからこそ、宮中祭祀の核となっていたのだろう。・・・
「古事記」成立のずっと後世であるが、平安京大内裏の神祇官西院(斎院)には玉垣に囲われた8祠からなる八神殿があり、天皇の健康に関わる神々として、神産日神 高御産日神 玉積産日神産日神産日神 大宮売神 御食津神 事代主神が祀られていたが[「延喜式」927年]、応仁の乱で廃絶したとされる。

「古事記」では、産巣日神で、1文字多いから厳密には異なるものの同一概念の神名と見て間違いなかろう。

注意が必要なのは、この読み方である。

"むすひ"であり、これは"産む"から来ており、"生む"でもあるといったトーンでの説明を見かける。素人としては、その場では成程とすぐに納得してしまうのだが、その後、時間が経って来ると、この理屈がえらく気にかかってくる。
と言うのは、折角、"成る"と"生む"が異なるとし、原初の神々は自然発生的に登場する点が倭の信仰の特徴とすると、はたして整合性がとれるのか迷いが生まれるからだ。・・・
造化の神"むすひ"は対偶神的に登場し、うち、神産巣日神は事績から見ていかにも地母神的風合いが濃厚。しかしながら、この神は"当初は"あくまでも独神で、かつ隠れ神。従って、人格神でなかった可能性があろう。そうだとするなら、"産む"との用語は合わないのでは。

この様なことをわざわざ書かざるを得ないのは、"むすひ"≒"産む"との解釈が余りに情緒的に映るせいも。
"独神"とは、紐帯のある親神が無く、子神も一切無いことを意味していると考えると、この判断の妥当性がさらに気になってしまうのだ。📖獨~隱身時代から対偶神時代へ
と言うのは、この神を人格神とするなら、中性神、無性神、あるいは両性神のどれかだから。しかし、はたして、そのような現代人的概念が古代に通用するのだろうか。性を隠すことはあっても、男性・女性の他にも性が存在していたとは、小生にはとても考えられない。キメラ体の観念さえ受け入れない風土の社会なのだから。
どうでもよいことに映るかも知れないが、"むすひ"神を語る場合、先ずはこの独神の概念を示してもらわねば、理解のしようがなかろう。

しかし、この決定は簡単ではない。独神だから、子神無しかと思いきや、後から子神が登場してくるからだ。単性生殖の結果とも思えないから、結婚していたとすれば、独神とは、結婚するまでは当座独身という当たり前の話になってしまうし。

もう一つ、素人からすれば理解し難いのは、"産む"という言葉。
一般には、処女懐胎という例外もあるものの、"産む"のは、性行為の結果。お産は女性が行うものであり、地母神に対応する地男神などありえまい。
伊邪那岐命にしても、男神が一日1,500人を生むと宣言してはいるものの、"吾一日立千五百產屋"。
速須佐之男命の誓にしても、天照大御~の物実あってこそ。この場合、"産む"のではなく、"生まれる"のでもなく、"成る(成神)"。
「古事記」は、明示的に、こうした概念を大切にして記述していると見るなら、"むすひ"≒"産む"と考えるのは安易すぎると思う。そのような書き方をしているとはとうてい思えないからだ。
(「古事記」冒頭の記述同様に、倭人社会の観念としては、最初期の神々は自然に"成る"のであって、最初から絶対的に存在している訳でもないし、なにかから生まれた訳でもないと解釈するのなら。)

信仰上そう解釈することになっているなら別だが、このような読み方はできれば避けたいもの。

小生は、"産巣日"という文字表現に、太安万侶流の概念が示されていると見るべきと考える。簡単なことではないが、読者は自分の頭でそれを探るしかなかろう。
思弁的な議論をしたい訳ではないが、さらに付け加えれば、ここらを考える場合、文法用語上でも以下のように明確な仕訳をする必要があろう。
そうでもしないと錯綜はさけられないからだ。
  神が"成る"。…自動詞
  神が("御子"を)"産む"。…主語ありきの他動詞(誕生前)
  (神が)"御子"を"生む"。…目的語ありきの他動詞(誕生後)

太安万侶は、おそらく、"むすひ"神は、普通の"産む"神ではないと判断し、"産巣日"を当てたのだろう。そう想像する理由は冒頭の八神殿の祀られ方にある。
その目的が<健康に関わる>とは言い得て妙。要するに"魂"を再生する力を与えてくれる神ということになるからだ。産むのではないが、古くて力が萎えてしまった魂を新生させるのだから、似たところがあるコンセプトと言えよう。

古代、日々、死と生はまさに紙一重だった筈で、生き抜くための呪術がなされていたに違いなかろうから、それに係わる神々が"むすひ"神ということ。
天竺の古代から綿々と続いて来たコンセプトに似ており、破壊・再生・維持という輪廻観念の一角を占めていると見ることもできよう。

仏教思想に洗われたであろう太安万侶もそこら気付いたのかも。
(ちなみに、黄泉の国は現世の葦原の国の中にあるような雰囲気の場所であり、いかにも死者の地と生者の地の中間的。その気になれば訪問もできるし、戻って来ることもできる。そんな所に、死者が永続的に居るとは思えない。もちろん、そこから戻れば、生き返ることになる訳で。そもそも、高天原から降臨し、死後も葦原の国の近くに骨を埋めるという考え方は馴染まないのではなかろうか。常世の国へ、というのならしっくり来るが。)

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