→INDEX ■■■ 「古事記」解釈 [2021.6.2] ■■■ [152] ハイヌウェレ型と安直に考えてよいか (芋食域[バナナ・椰子・果実]の島嶼スンダ〜メラネシア〜ポリネシア中心だが、西はペルシア・インド、東は南米と一部北米まで広がりがあるとされるらしい。しかし、アッサム-ビルマ系・インドシナの大陸系の報告はなさそう。) しかし、その意味のとらえ方が確立している訳ではなさそうだ。 小生は、日本古層文化がスンダ〜南島と共通である可能性が高いとみるが、だからといって「古事記」の大宜津比賣~譚の解説をそれを持って替えるようことはすべきでないと考える。そのような単純なお話とは思えないからだ。 特に、ハイヌウェレ型の源泉は栄養繁殖の芋であり、だからこそ死体をバラバラにすると芋が生えてくるのだが、播種ではそういう訳にいかない。しかも、農耕生産と繋がらない非植物の蠶が入っている。それも、部位は最重要な頭であり、切り離されたということかも知れない。ところが、他は穴からの発生を意味しており、性情が異なる。 種を収集する話が組み込まれているので、採取・狩猟・漁撈の生活から農耕社会への転換を意味するという解釈が当たっていても、同類と考えてよいかは、なんとも言い難い点もあり、注意が必要である。 <「古事記」所殺~(大宜津比賣~)於身"生"物者(一虫五種)> 【_頭_】蠶 【_目_】稻種 【_耳_】粟 【_鼻_】小豆 【_陰_】麥 【_尻_】大豆 と言うのは、穴と言うことなら、大陸側の話が関係しているようにも思えるからだ。7孔と言えば"混沌"だからだ。 《七竅出 而 渾沌死》@「荘子」内篇應帝王第七 ≒天山の神帝江(六足四翼)無面目@「山海経」 📖有識無面目の帝江 7孔が農耕に関係している訳ではないが、死して身体の部位が様々な生物の端緒となるという発想は、この混沌か否かを別として、存在していたのは間違いない。国生み・神生みのレベルではあるもの、"盤古開天辟地"で"盤古化生萬物"があるからだ。 📖虱話の意味 【聲】為雷霆 【左眼】為日 【右眼】為月 【四肢五體】為四極五嶽 【血液】為江河 【筋脈】為地里 【肌膚】為田土 【髪髭】為星辰 【皮毛】為草木 【齒骨】為金石 【精髓】為珠玉 【汗】流為雨澤 これらの観念を食に結びつけた場合も、ハイヌウェレ型として一括するつもりなら、その論理を磨き込む必要があるのでは。もともと、初源の地の推定さえ難しいのだから。 もう一つあげておくべきかも。 済州島は倭人との類似性が高い独自文化の地だったが、半島勢力により一掃させられ、フェイク文化以外何も残っていないので信頼性は低いと思うが、以下のような伝承が存在しているという。・・・ <済州島>["門前ボンプリ"@「世界神話事典」角川選書] 【_頭_】豚の肥料鉢 【_髪_】馬尾草 【_耳_】サザエ 【_爪_】巻き貝 【_口_】魚 【_陰_】鮑 【肛門】イソギンチャク 【_肝_】海鼠 【_腸_】ヘビ 【_足_】踏み石 【_肉_】蚊・蚤 これもハイヌウェレ型とするのだろうか。(形状類似性で並べた後世作品に見えるが、そう見なす根拠はない。) ところで、この7孔だが、その穴から出るものについて、倭人は穢れとして極めて気にかけてきた。だからこそ、大宜津比賣~は殺された訳で。 【_口_】唾液 【_目_】涙 【_耳_】耳垢 【_鼻_】鼻水 【_陰_】経血 【_陽_】精液 【___】尿 【_尻_】糞便 それに、大宜津比賣~はこの場面が初出ではないことも、気にかかる。伊豫之二名の阿波国、つまり水害が多かった粟食の地を統治する神として生まれている訳で、水の少ない瀬戸海側 讃岐の飯依比古と対偶になっていそうだし。ゴチャゴチャしており、よくわからないのである。 この辺りのセンスは、ハイヌウェレ型文化と根が同じとは思えない。倭感覚は豚飼い社会とは違うからでもある。 グダグダ書いたが、この話での一番重要なのは殺しの原因では。 体内から出した食を、穢れていると見なした点こそ肝心要。神饌は清浄が要求されるのだ。そして、それを共食することが倭の特徴。 太安万侶は、これこそ倭人が持ち続けている観念と見たのでは。 コレ、実に、鋭い見方である。 未だに、日本では取り箸と個人別の碗/椀/皿を使用しているし、魚貝藻・野菜の生食を好む風土も保たれ続けているからだ。魏が典型だが、大陸人の眼には動物的食事に映り、未開の地の人々と見なされかねなかった筈。 ところが、倭人の発想だと、新鮮な生モノを食することこそ最高級とみなすのだから、両者の観念はもともと対立的。 常識的とされる人類史を考えると、この対立は驚くべきことでもある。ヒトを峻別する重要なファクターの1つが生食突破だからだ。動物的とは、食餌に当たって、洗浄や食材加工(調理)を一切しない点にあると見るのが普通だからだ。そこには、動物と人を峻別する信仰が隠されているのかも知れないと思ったりもする。 (伊邪那美命の"悔哉不速來 吾者爲黄泉戸喫"は共食社会制度を意味するがヒト以外の動物にも存在することを認めない立場もある。) そんなことを考えると、「古事記」のここらの記述は、熟考の上決定された可能性が高そう。従って、この部分を解釈する際に、類似譚との紐帯ありと単純にみなすのは避けた方がよかろう。 そんな姿勢を取るべし、と言うのは「酉陽雑祖」で学ばされた結果。第一級の知識人の鋭い洞察力が見て取れる書だが、漫然と読めば、そんなことに気付かされることはまず無い。限られた読者を想定して成立した書であり、一所懸命に漢文読みをしたところで解釈可能な訳ではない。広い視野で書かれた註と、書全体における位置付けのヒントを与えてもらわないと、冗談一つさえ全く理解できないのである。 「古事記」も同じことが言えよう。 そこに書かれていることに謎などない。リスクを避けるための潤色はある程度は避けられないものの、そこに創作の意図があるとは思えない。アドリブ的な歌謡でもある叙事詩をベースとした皇統史の形式で仕上げた作品というに過ぎないからだ。倭の社会の本質を抉りだすべく、重要な伝承を取捨選択し、統合整理して書き上げていると考えるのが自然。 従って、難しいことは何も書かれてはいない。しかし、それをどういうつもりで収録したのかがさっぱり読めないのである。 「酉陽雑祖」同様、註の読み物と考えるべき作品。 つまり、"ハイヌウェレ型と見られている。"だけの註ではこまるのである。 換言すれば、「古事記」を解読するとは、重層化して複雑で分かりにくい記述内容を、単純化し、理解できたかのように思うことでは無いと言うこと。 どう解読したところで、複雑さから逃れることはできない。しかし、どうして、どのように複雑なのかはわかるようにはなる。それ以上は高望みである。 単純明快そうなモノの見方が、素晴らしい解釈を意味していることはまず無かろう。それは、議論できる論理性を欠いていることを意味しかねない点にも注意を払う必要があろう。 (C) 2021 RandDManagement.com →HOME |