→INDEX ■■■ 「古事記」解釈 [2021.7.12] ■■■ [192] 竈神はインターナショナルな視点で眺めたい 奥津日子神、次に奥津比賣命、亦の名は大戸比賣神、 此は諸人の以ち拝く竈神者 大戸=大竈であることがわかる。そして、倭の竈神は男女対偶神なのだ。 竈の神といえば、台所(へっつい)に祀る神としてよく知られているが、呼び方としては久度神(クドは五徳の呼称とされているらしいが、奥戸ということになろう。)か釜男が多い。通常は"おくどさん"とか"おかまさま"という愛称が使われているようで、調理が庶民感覚で行われているように見えるが、それは後者が身近な炊飯用具名にしているからで、前者は正式名"おくど神"に愛称的に"さん"をつけているだけ。 家長支配が普通だから、権威主義上、漢語が最優先されるに違いなく、その場合は土公神@陰陽道、荒神@日本密教を使うことになろう。表記名から見て、当然ながら、どちらも竈神と同一概念である訳がなく、その一面とされたことになる。前者はおそらく中華帝国の風水上の宅地の神々の差配神。 上記の記載箇所は、神名が並ぶだけで、読むのが面倒だし、さっぱり面白くない。どうしても、ふ〜ん、で通り過ぎてしまいがちだが、少々検討しておきたい。 と言うのは、唐代の書を読んでいた時に、触れたことを思い出したので。 📖竈君@2016年 [段成式:「酉陽雑俎」前集卷十四諾皋記上] 竈君は、もちろん、道教の神ではあるが、儒教国であるから、神といっても各家庭に出向させられている下級官僚である。住人の生活ぶりを日々監視し帳面に記載し、毎年、お上に報告するのだ。 又月晦之夜,灶(竈)神亦上天白人罪状。 大者奪紀。紀者,三百日也。小者奪算。算者,三日也。 [葛洪:「抱朴子」内篇卷六微旨] 官僚神であるから、竈司が正式名称だと思うが、竈王/竈君/竈王爺と呼ばれるのが普通。(当然ながら男神の筈だが、神火老母で通す例外的な地域もあるらしい。反儒教だろうか。) 中華帝国の民は官僚統制の社会で生きていくことが、ことの他嬉しいことがよくわかる。しかし、諾々と従っている訳ではない。竈司に対しては、第一に、どの程度の賄賂を提供したら、聞き覚え良き報告をしてもらえるか、考えることになる。(実態的には給与無し官が多い社会であり、風習でしかない。見返り無しは許されない社会である。)さらに、隠れて行動する方法がないかとか、官を欺き利用することに頭を使うことに熱心。もちろん、それは生活上不可欠な一部と化しており、おそらく、そこらが楽しいのである。(日本の現状からすれば、当たり前の現象に過ぎない。・・・都会から離れた地域の酒飲み話に参加させられると、なんの意味もないことに、国を利用して金をふんだんに使ったことが自慢げに語られる。上手くやって、大いに潤ったと聴かされる。無関係の外部の人間に教えて、何が愉快で楽しいのか、その心情のほどはわからぬが、褒める必要があるのは言うまでもない。) 現代の王朝も、飽きもせず、そんな仕組みをIT技術を駆使して作り上げようと頑張っているのはご承知の通り。 儒教国である以上、そこらは、いかんともしがたいのである。 但し、注意が必要で、祭祀としてすでに周代に行儀が決められており、火の神である以前に、風水的な宅地神としての位置付けが確定している。書によって、多少の違いはあるものの、基本は五祀としての扱いと見てよいだろう。門神・戸神・井神・灶(竈)神・中溜(霤)である。五官ということになる以上、五官の長も設定されているだろう。 大年神御子16柱には、竈神2柱以外では、庭高津日神と大土神/土之御祖神が含まれており、香山戸臣神と羽山戸神を無理矢理に門と戸と見なすと五祀をカバーしていることになる。調べた訳ではないが。土公神@陰陽道はこの辺りを根拠にしているのかも知れない。 一方、遠く離れているギリシアにも同様な神が存在する。 こちらは、竈君とは違って、思想性豊かでインテリ好み。以下では"家庭の神"としたが、実態としては家屋内に祀られる火の神、要するに竈神である。・・・ 📖神話を参考にするならギリシア ◆[原古]混沌/カオスChaos ↓ ▲大地/ガイアGaia │└┐ ○[子]天空/ウラノスUranus └┬┘母子婚 ┼├─┐ ┼○クロノスChronos ┼│┼△レアーRhea ┼└┬┘ ┼┼├┬┬┬┬─┐[末子 or 長子]全知全能神 ┼┼│││││┼●ゼウスZeus…主神@オリンポス山(≒天界) ┼┼││││▲ヘーラーHera…天界の女王:結婚神 ┼┼││││└┬┘姉弟婚 ┼┼││││ ┼┼▲[家庭]ヘスティア ┼┼┼△[農]デメテル ┼┼┼┼○[冥府]ハデス ┼┼┼┼┼○[海]ポセイドン たかが家庭内と言うなかれ。 儒教国家は、個人生活の内面まで統制しない限り社会は安定しないと見るから、竈神ネットワークが公安役を務めることになるが、こちらの竈神の役割は全く異なる。コンセプトからすれば、囲炉裏端神と呼ぶべきだろう。火を囲んで物事を取り決める家の仕組みの中心にあるからだ。男系の家長支配下ではないから、男神になろう筈がない。 このことは、倭が進めた方向とは逆ということになる。 考古学的には日本列島に竈が登場したのは5世紀頃らしい。竪穴式住居様式とは開放型囲炉裏形式だから、そこから脱皮を始めたメルクマールである。6世紀には北側あるいは東側に竈が設置されるようになったようだが、大陸では西側が基本らしい。諸人とされる以上、普及は加速度的だった可能性が高い。当初の設計はプリミティブだったろうが、それでも熱効率が飛躍的に向上した筈。神名の"奥"とは、その鍵を握っている煙穴が存在することを示していると見てよかろう。("竈"は、穴から煙となって月に戻っていく生贄[博学者}を意味していそうなので、太安万侶はこの文字を嫌っていた可能性もあろう。) ここで終わったのでは、ギリシア神話と比較する意味はない。ヘスティアは個別の家で祀られるだけの神ではなく、中央の神だからだ。つまり、各ポリスにはヘスティア神殿があり、そこはポリス内での囲炉裏端会議の場だったことになる。言うまでもないが、そのような会議で、竈神がリーダーシップを発揮して方向を決定することは無いし、その状況を上にご報告するような発想など皆無である。 さらに、見ておくべきは、ヘスティアはあくまでも竈の神であって、火の神ではない点。 ギリシア神話紹介に於ける火の神とは、天界の火を盗んだことで有名なプロメテウス/Prometheusだからだ。しかし、この神は火という抽象的な概念を意味している訳ではなく、人々が利用できるように火を持って来てくれた英雄に過ぎまい。自然の驚異としての"火"とは別次元である。なんでもかんでもすべて"火"との考え方をしていないのに、強引にすべてを火神とするのはどうかと思う。 エーゲ海〜小アジア地域は火山帯に属しているから、自然の驚異としての"火"に晒されていた訳で、本来的な火神はヘーパイストス/Hephaestusだろう。・・・とは普通解説されておらず、鍛冶の神とされる。(文明がいち早く開けた地域では、考古学的には鍛冶の神が目立つことになるだろうから、ギリシアにかかわらず、この傾向はあってしかるべきと思う。) どうあれ、ギリシアの信仰は絶滅してしまったから、これらの火神の根底にある思想・信仰を読み取ることは不可能である。 ただ、火神がコンプレヘンシブな体系になっていそう、とは言えるのではあるまいか。 「古事記」は、海人の視点での周囲環境の神々のコンプレヘンシブな体系化をはたしているといえるが、竈神の位置付けから見て、抽象化された火神の存在意識は薄かったように見える。火山はあくまでも具象的な土着の山神であって、火の神とは直接的には繋がっていそうにない。 ここらは別途考えてみたい。 ところで、天竺のベーダも同様にコンプレヘンシブと言ってよさそうである。仏教の火天として本朝に紹介されたアグニ/Agniには付随した2神が存在するからだ。 [聖仙:神と人の仲介]アンギラスAngiras …火の精霊でもある呪術師 [半神半人]マタリスヴァン/Mātariśvan …人間に"火"をもたらした神 「古事記」には、このような火の信仰は全く感じられない。 竈神にしても、位置付けは、大年神の系譜に位置しており、新年を迎えるという祭祀の一部という印象は否めまい。 ただ、<神産み>の初め10神の4番目に登場する大戸日別神が大戸比売神と2文字が共通な点が気にならないでもない。(【1】大事忍男神【2】石土毘古神【3】石巣比売神【4】大戸日別神【5】天之吹男神【6】大屋毘古神【7】風木津別之忍男神【8】[海神]大綿津見神【9】速秋津日子神/水戸神【10】[妹]速秋津比売神) 2〜7は住居関連の家宅6神との解説が多いが、そうなると家屋建築の流れの材料と構造との神ということになり、宅地の五祀とは概念が全く異なる。居所を創った神々と見なすのだから、戸は戸口/門を意味することになろう。 この10神の続きは、(河海持別 8神)⇒(風・木・山・野 4神)⇒(山野持別 8神)⇒(天鳥船・大宜都比売神)⇒(火之迦具土神)⇒(火傷後)。迦具土神以前に火に関係しそうな神は生まれていない。📖 (C) 2021 RandDManagement.com →HOME |