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■■■ 「古事記」解釈 [2021.9.4] ■■■
[246] 弟妹の読みは古代母系制の名残
👫現代では使われない用語"郎女[いらつめ]"と、文字が変わったものの未だに用いられている"比賣[ひめ]"が対比的にズラリとの乱でいる<男七女十二>との註挿入の御子リストが並ぶ段を取り上げたので📖阿蘇ピンク石への拘り、ここらの素晴らしき記述についても書いておこうと思う。

その前に一言。
「古事記」フェチではないが、日本語を母国語として大事に思っているなら、古文の文法を習う前に「古事記」を読んだ方がよいと思う。📖日本語文法書としての意義まるっきり日本史を知らないことはなかろうから、その程度でも挑戦することをお勧めしたい。但し、漢文の国史を参照する本を使うなら、止めた方がよかろう。


素人にとっては、イラツメ・イラッコとは語源もわからず、辞書を見てもはなはだわかりにくく、ナンダカナ系統の語彙だが、「古事記」を読めばどうということはない語彙であることがたちどころにわかる。
「古事記」とは、そういう書である。

考えてみれば、それは当たり前である。
上記に示すヒメの場合、現代では姫しか使わないが、古代では比賣 毘賣 日女と書くことができる。
どうせ当て字だからどれでもかまわぬ、などということはピカ一知識人がすることは無い。この、得体の知れぬ書き分けには意味があるのはmな違いないが、確実に分別されている訳ではない。
太安万侶は、稗田阿礼の口誦で、ヒメやヒコ表現の使い分けに気付き、どういうことか考えてそれに合った文字を選んだということ。

どうしてそう思うかと言えば毘女とは書くことはないからだが、こうした血縁関係表現が大事にされているのだから、いい加減な表記にしている筈がなかろう。
どうして、それが郎女にかかわるのかと言えば、イラツメとは、イロ[=之][メ]を意味するのは自明だからだ。
太安万侶がそれを理解せよ、と指示していると言っても過言ではない。

この《イロ》だが、わざわざ割注まで書き加えられ(漢語に対応語彙がある筈がなかろうとの指摘)、以下のように使われている。・・・

《イロセ》
爾 速須佐之男命詔其老夫:
 是汝之女者 奉於吾哉
答白:
 恐 亦 不覺御名
爾 答詔:
 吾者
 天照大御神之伊呂勢者也 <三字以音>
《イロモ》
故 阿治志貴高日子根神者
忿 而 飛去之時
伊呂妹高比賣命
思顯其御名
故 歌曰:・・・
《イロエ》 [1 神武天皇]
神倭伊波禮毘古命 與 其伊呂兄五瀬命 <三字以音>
二柱坐高千穗宮 而 議云・・・
《イロモ》 [11 垂仁天皇]
沙本毘賣命之兄 沙本毘古王 問其伊呂妹曰:・・・
・・・
然 遂殺其沙本比古王
伊呂妹亦從也
《イロト》 [17 履中天皇]
故 上幸坐石上~宮也
於是 其伊呂弟水齒別命參赴令謁
爾 天皇令詔:・・・
《イロモ》 [19 允恭天皇]
天皇崩之後
定木梨之輕太子 所知日繼
未即位之間
姧 其伊呂妹輕大郎女 而
《イロエ》 [19 允恭天皇]
如此歌參歸 白之:
 我天皇之御子 於 伊呂兄王無及兵・・・
《イロト》 [20 安康天皇]
天皇 爲伊呂弟大長谷王子 而
坂本臣等之祖 遣大日下王之許令詔者
《イロエ》 [23 顕宗天皇]
故 欲毀其大長谷天皇之御陵 而 遣人之時
伊呂兄意祁命奏言:・・・

上記の譚の特徴を見ればわかるように、倭国は根っからの母系制であり、それは統治の都合云々の作出されたイデオロギーや統治制度的問題ではなく、精神的な深層に生き続けている観念に他ならない。
太安万侶は、それを忘れるべきでないと、主張しているのである。中華帝国とは全く異なっているからだ。従って、宗族という概念は、倭には入れ込みようがなかろう。氏素性ではなく、"伊呂"一筋だからだ。

この"伊呂"紐帯があるので、命にかけて、互いに守り抜く覚悟ができているということが、示されていると言ってよいだろう。

近親婚禁忌とは、この伊呂関係の話である。同腹の子供同士の男女関係はとんでもないことになる。
一方、近親であっても、伊呂関係でなければ、男女関係はどうということは無い。それどころか、互いに貴種の婚姻なら、皆で寿ぎ、大歓迎となろう。

さて、現代用語の、[おとうと][いもうと]だが、普段、全く考えずに使っているが、両者は対偶語になっていない。両者は、異なる意味の用語だからだ。
おそらく、母系制を敵視し、宗族第一主義導入を図ろうとする宗教勢力の仕業であろうが、それを指摘するのはリスクが極めて高い社会ということになろう。桑原桑原。

太安万侶は、兄弟概念についてわかるように記載してくれたので、そんなことに気付かされることになる。・・・
《名称》 [3 安寧天皇]
●師木津日子玉手見命/[3]安寧天皇
└┬△阿久斗比売(2代神沼河耳命の妃河俣毘売の兄である県主 波延の娘)
├┬┐
○常根津日子伊呂泥←いろね
┼┼●大倭日子鉏友命/[4]懿徳天皇
┼┼┼○師木津日子命
┼┼┼└┬△n.a.
┼┼┼┼├┐
┼┼┼┼(稲寸の祖:伊賀国須知, 名張, 三野)
┼┼┼┼┼○和知都美命@淡路 御井宮
┼┼┼┼┼└┬△n.a.
┼┼┼┼┼┼├┐<二女
┼┼┼┼┼┼△[]蝿伊呂泥/意富夜麻登久邇阿禮比賣←いろね
┼┼┼┼┼┼┼△[]蝿伊呂杼←いろど

現代用語では姉妹だが、古代用語では兄弟になると、はっきり示されている。
音的にネとなっているので、一致してはいないが、エ【兄 or 姉】 v.s. ヲト【弟 or 妹】なのである。これは年齢差、あるいは、先後誕生を意味する言葉ということ。
つまり、オトウトとは年齢が下であるという意味以上ではない。
一方、これとは異なる概念の兄弟が併存している。言うまでもないが、男女の性別であり、セ【兄 or 弟】 v.s. イモ【姉 or 妹】だ。イモウトとは女性というだけのことで、年齢の上下を意味していない。

つまり、こういうこと。
「いろ」は同母の意を表わすが、さらに細かく示したいなら以下の用語を用いることになる。・・・
 イロセ イロモ…男女
 イロト  イロエ…先後
母はイロハとなるのであろうか。
と言うことで、こうなる訳だ。ヒメ・ヒコのヒを母系的紐帯の存在を示す伊呂に替えたことになろう。
 郎女="イロメ"…㊤0箇所 ㊥23箇所 ㊦49箇所
 郎子="イロコ"…㊤0箇所 ㊥9箇所 ㊦2箇所
語彙の定義はさほど明確ではないものの、感覚的には、郎女・郎子、皇女・皇子、(女・男)王、命という貴種のラダーが存在していたようにも見える。

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