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■■■ 「古事記」解釈 [2021.10.23] ■■■
[295] [私説]筑紫〜長門に於ける荒魂の意味
"直霊⇒幸魂 奇魂 荒魂 和魂"とか、"親魄=和魂"という解説を見かけるが、それらは神学の範疇での話。素人読みにとってはたいした意味はないので、気にかけずに通り過ぎた方がよいとの主旨の駄文を書いた。📖神学は峻別する必要がある
ただ、そのような鵺的な態度を取りたくない場合どうするか。

小生の場合、このように考えるという例をお示ししておこう。

さて、その魂の名称だが、以下の2つの文中に著われる。・・・
  墨江大~之荒御魂
  我[大物主神]は汝[大国主命]の幸魂奇魂なり

前者の見方を語れば、後者についても同じようなものとなる。
あくまでも、異端的に、このように考えることもできるというだけの話なので、そのおつもりで。

墨江三柱は、早くから登場する神であるが、荒御魂は朝鮮半島出兵大勝利譚の一環である。
皇后が神懸かりし、そのお告げを否定した天皇はその場で崩御という驚異的な事件発生で始まる話だが、その神が墨江大~なのである。しかし、それは天照大御神の"御心"でもあるとされている。名前を尋ねられた神のお答であるから、本来的には天照大御神だけでよかろうと思うが、どちらかといえば海神の方が重要に映るような書き方だ。
場所は筑紫〜長門域であり、大和ではなく、そこから遠く離れた地に宮が設置されたのである。朝廷を支えているのは、大和に居ついている中央の勢力という訳にはいかないから、地場と、集められた地方勢力が主体と考えて間違いなかろう。

そこで大勝利となった訳だが、それは、摂津に座する墨江大~と、伊勢に祀られる天照大御神のお陰であるということで、大団円で収まるものだろうか。
常識的には、長門〜筑前〜壱岐〜対馬の一大貢献ありきでは。にもかかわらず、はるばる摂津や伊勢からお出ましになった勢力のお蔭ということで、万々歳になるとはとうてい思えない。
天照大御神について云々することは抑え、住吉系列の土着神社に対する賞賛なくしては、おさまりがつくまい。
従って、勝利に導いたのは、長門国に座する墨江大~とするしかない。それを可能にするためには、<荒魂>という概念を持ち込む以外に手はなかろう。難しい話ではなく、単なる分祀と見なすこともできるのだから。
小生は太安万侶はその辺りの事情を百も承知と見る。但し、それをわかるように書く訳にもいかぬから、この辺りに様々な話を入れ込んで📖天津罪と国津罪について、読者に注意を喚起していると思われる。
摂津国住吉大社@大阪住吉
  摂津国菟原郡本住吉神社@神戸東灘住吉宮
播磨国賀茂郡住吉神社@加東上鴨川 加東下久米 小野垂井
長門国豊浦郡住吉荒魂本宮@下関一の宮住吉
筑前国那珂郡住吉神社@福岡博多住吉
壱岐国壱岐郡住吉神社@壱岐芦辺住吉東触
対馬国下県郡住吉神社@対馬美津島鶏知 & 対馬美津島町鴨居瀬
陸奥国磐城郡住吉神社@いわき小名浜住吉

ついでながら、このような見方は内々にすべきもの。
と言いながら書いている訳だが。

どういうことかと言えば、単純そのもの。・・・"倭国は九州にあり。"という説を、成程成程、と聞くだけにしておくようなもの。中央勢力からすれば、盛り上がり大歓迎。それこそが、国家としての姿勢。
要するに、ローカルな一部勢力が中華帝国と勝手に外交していたこともありえるかも、と鵺的な態度で臨むのである。外交とはそんなもの。
お分かりだろうか。
太安万侶にしても、魏志倭人伝を知らぬ筈はないし、史書に倭とは朝貢国であったとの記載があり、朝鮮半島支配云々の外交交渉が行われたことを読んでいない訳はない。
しかし、朝廷の基本方針は朝鮮半島のように、誕生時から属国として始まった"朝貢国"と同類視されたくはないということに尽きる。従って、「古事記」に東シナ海にまつわる対外関係を書く訳にはいかないのは当然と言えよう。
中華帝国の史書記載内容を消し去ることはできないから、朝貢国として存在していた時代については、曖昧にしておくことを選んだに過ぎない。

ご注意頂きたいが、太安万侶は半島の財を得るための侵出を命じた墨江大~についての筆の運びは、極めて冷静そのもの。換言すれば、インターナショナルな政治情勢やパワーバランスをかなりわかっていた可能性が高い。上記の住吉荒魂本宮や博多住吉辺りの話をしている訳ではない。ここらについては、別途稿を改めることにしたい。

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