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■■■ 「古事記」解釈 [2022.9.12] ■■■
[619]古事記仮名を万葉仮名と呼ぶべきでない
v.s. 太安万侶は歌の箇所は、1文字1音の音素文字で記載し、できる限り誤解を与えないように配慮している。これぞまさしく「古事記」<仮名>である。
一方、「萬葉集」は歌集であるが、漢字で記載しているが、歌人毎に用法は違うが、1文字1音の音素文字で記載している場合も多く、用例には事欠かないので<万葉仮名>で文字化されていると呼ばれている。
古事記の歌の量はようやく2桁に達した程度で、4000首を越える歌集と比較にならぬほどの小規模であるので、両書の表記文字を<万葉仮名>としてしまうものの、かなりの違いが存在している。📖「古事記」文字と万葉仮名は方針が異なる

と云っても、「古事記」を読むには、それ以前の資料が無い以上、参考になりそうな情報は「萬葉集」に頼るしかないので(くどいが、「国史」を参考にしてはいけない。)、ある意味、同一基盤で検討している訳だが、ママ信用しては拙い。
そういう観点で、両者の違いについて、自分なりの考えを確立しておくことは、極めて重要である。

ここでは、その一助になるかもしれないということで、わかり易い例を挙げておこうと思う。・・・細かいことをあげつらうつもりはないが、思想性が異なるものを混ぜこぜにするのは止めた方がよいというだけのこと。

しかし、そんな実感がもともと湧かない方にとっては、よくある素人の馬鹿々々しいお話以上ではなかろうから、ちょっとした例をあげておこう。

検討対象は、わ/ワ行の<ゐ/ヰ>。

平仮名は為⇒ゐ、片仮名は井⇒ヰと推定されており、両方とも万葉仮名として使われているものの、代表的なのは<為>の方。
しかし、古事記仮名は全く異なっており<韋>。📖"阿〜和"全87音素設定

もちろん、<韋>文字は「萬葉集」では使われていない。

【韋】
  佐韋賀波用[歌21]狭井川由 …サヰ=植物のヤマユリ
  比流波久毛登韋[歌22]昼は雲と居
  久毛韋多知久母[歌33]雲居騰ち来も
  伊知比韋能[歌43]櫟井の
  登理韋賀良斯[歌44]鳥居枯らし
  韋具比宇知 比斯賀[歌45]堰杙人が
  意富韋古賀波良 意富韋古賀[歌61]大猪子が原 大猪子が
  岐伊理麻韋久禮[歌64]来入り参来れ
  韋泥弖牟能知波[歌80]率寝てむ後は
  多斯爾波韋泥受[歌91]確には率宿ず
  韋泥弖麻斯母能[歌93]ゐ寝て坐しもの
   阿具良韋能[歌96]胡坐居(あぐらゐ)の
  宇受須麻理韋弖[歌102]髻華住まり居て

太安万侶も悪戯が過ぎるが、1首だけ冗談仮名を用いている。流石に韓ではなく、冠(艹)を付けただけではあるものの。
葦は確かに同じ発音だから代替可能だが、植物のアシを意味する文字であるのは誰でも知っており、音素文字としては不適当。こんなことはヨセという訳だ。
それに反撥したのかはわからぬところだが、「萬葉集」では葦も葦も使っていないのが面白い。
【葦】
  和賀葦泥斯[歌9]我が率寝し

歌である以上、「古事記」の"率寝し"とか、"居・坐"という言葉が使われない筈はなく、「萬葉集」ではそれぞれの文字が充てられることになる。本来的には、これは音素文字としての仮名ではなく、倭語の翻訳漢字と言えよう。
もちろん、名詞については、藍・猪・藺が使われることになる。「古事記」では、動物そのものではないが、猪を仮名の<韋>で表記しており、確固たる方針で臨んでいることがわかる。歌集と違って、地文から、猪を意味することがわかるなら、仮名にすべきとなる訳だ。

「万葉用字格」はそこらの用法をとらえている。・・・
井・居・座・坐・率は一群の翻訳文字[正訓]であって、音は同じだが文字の印象から来るニュアンスは変ってくる。多義である倭語での表現したい情感に合わせて選べばよいことになろう。単純な音素文字[正音]は位・謂・為である。ただ用例数からすると、ほとんど為と云ってよさそう。地文だとそれぞれ意味が生じてしまうが、歌ならかまわぬということだろうが、当時の歌人好みの文字だったのだろう。
[正音]位  跡位浪立[#220]とゐ波立ち
[正音]謂  狭藍左謂沈[#503]さゐさゐしづみ
[正音]為  多奈引田為尓[#4224]たなびく田居に
[正訓]井  所聞田井尓[#2249]聞こゆる田居に
[正訓]居  多奈引田居尓[#2250]たなびく田居に
      二人雙居[#466]ふたり並び居
      出居而嘆[#3274]出で居て嘆き
[正訓]座  出座而嘆[#3329]いでゐてなげき
[正訓]坐  布多理雙坐[#4106]ふたり並び居
[正訓]率  吾率宿之[#3822]我が率寝し
[正訓]藍  韓藍種生之[#384]韓藍蒔き生ほし
      狭藍左謂沈[#503]さゐさゐしづみ
[借訓]猪  猪養乃岡之[#203]猪養の岡の
[__]藺  荒藺之埼乃[#3192]荒藺の崎の

同じく、わ/ワ行の<ゑ/ヱ>でも同じようなもの。参考迄。
【恵/惠】
恵美佐加延岐弖[歌4]笑み栄え来て
許紀志斐惠泥・・・許紀陀斐惠泥[歌10]こきし聶ゑね・・・こきだ聶ゑね
宇惠志波士加美[歌13]うゑしはじかみ
和禮波夜惠奴[歌15]吾はや飢ぬ
宇惠具佐[歌37]植ゑ草
邇具漏岐由惠[歌43]に黒き故
須惠布由[歌48]末ふゆ
和禮惠比邇祁理・・・惠具志爾 和禮惠比邇祁理[歌50]我酔ひにけり・・・笑奇酒に 我酔ひにけり
須惠幣波[歌52]末方は
須惠幣爾波[歌91]末方には
[正音]惠/恵
[正音]
[借訓]
---よしゑやし
能咲八師 浦者無友 縦畫屋師[#131]よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし
吉咲八師 浦者雖無 縦恵夜思[#138]よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし
吉哉 雖不直[#2031]よしゑやし 直ならず
忍咲八師[#2301]よしゑやし
吉恵哉 不来座公[#2378]よしゑやし 来まさぬ君を
縦咲八師[#2659]よしゑやし
縦恵也思[#2800]よしゑやし
縦咲也思[#2873]よしゑやし
不欲恵八師[#3191]よしゑやし
吉咲八師 浦者無友 吉畫矢寺[#3225]よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし
縦恵八師[#3298]よしゑやし
縦恵八子[#3317]よしゑやし
与之恵也之[#3662]よしゑやし
与思恵夜之[#3978]よしゑやし
---
畫尓可伎等良無[#4327]絵に描き取らむ
---植ゑし
奈泥之故宇恵之[#4070]なでしこ植ゑし
宇恵之田毛[#4122]植ゑし田も
宇恵弖家流伎美[#4481]植ゑてける君
  殖之梅樹[#453]植ゑし梅の木
  妹之殖之[#464]妹が植ゑし
  伊許自而殖之[#1423]いこじて植ゑし
  殖之藤浪[#1471]植ゑし藤波
  殖之芽子尓也[#1633]植ゑし萩にや
  殖之田乎[#1634/1635/1710]植ゑし田を
  殖木[#1705]植ゑし木の
  殖之名知久[#2113]植ゑしなしるく
  殖之秋芽子[#2119]植ゑし秋萩
  殖之芽子[#2127]植ゑし萩
  殖松木[#2484]植ゑし松の木
【上】   弓上振起[#364/1070]弓末振り起し
【徊】   山澤徊具乎[#2760]山沢ゑぐを

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